第32話 帰り支度すんの早くない?
「ちょっと散歩しない?」
朝食の後、トワからそう提案があった。オレも昨日はこの街をあまり見てるヒマがなかったので丁度いいと了承する。
一応部屋に書き置きを残してから出発した。アインを残すのが少し心配だったが、ジン相手なら随分馴れたし大丈夫だろう。
「ん~、いい天気だなぁ」
「ホントね」
トワと二人、歩きながら色々と見て回った。さすがに何度も来ているだけあって、トワは色々なところを案内してくれる。
料理の美味しい店。新鮮な食材を売ってるお店。可愛い小物も取り扱ってる雑貨屋。魔法薬の材料も揃う薬屋。自分たちには『千変万化』があるからほとんど行かないと言っていたが、武器屋にも顔を出した。
途中で一瞬、何だかこれってデートみたいなんじゃ?と考えそうになったが、瞬時に考えるのをやめた。そういうのは主人公が考えるものだし?オレってばモブの似合う一般人ですから。純粋に、可愛い女の子の隣を歩けて役得だな、くらいに留めておいた。
不思議だったのは、朝食の時みたいにオレに声をかけてくる人が何人もいたことだ。
幾人かは見覚えがあったが、全然覚えてない人もいた。というか覚えてない人の方が多い。「誰?」って何度言ったかもうわからん。
けれども、そんなオレの態度に腹を立てることなく、みんながみんな気さくに話しかけてきて、時にはリンゴなどの果物や、屋台の串焼きなんかをご馳走してくれた。
「いい奴が多いんだな、この街は」
「それだけじゃないよ」
「え?」
「昨日、酒場でイチがみんなに振る舞ったでしょ。あれはね、ちゃんと意味のある行為だったんだよ」
「意味が?」
「うん。新人冒険者が初めて成功したクエストの報酬でみんなにお酒を振る舞うのはね、これからよろしくお願いしますっていう意味が込められてるの。みんなもそれがわかってるからイチの顔と名前を覚えたし、こうやって気にかけてくれるんだよ」
「……そうだったのか」
突然ジンが言い出した時には何の嫌がらせかと思ったが、ちゃんと理由があったとは。確かに昨日の酒場でも周りと一気に打ち解けることが出来た気がする。オレはよく考えもせず疑った己の迂闊を恥じた。すまん、ジン。
「あれ?そういえば昨日の支払いってどうなったんだ?」
アルコールで記憶が全くないとは言わないが、それでも細かい部分では覚えてないところだってある。そしてオレには昨日のばか騒ぎの代金を支払った覚えがなかった。
もしかしてジンたちが立て替えておいてくれたのだろうか?
「ツケにしてもらったよ」
「……ツケ?」
「うん。さっきの話だけど、続きがあってね。新人の報酬程度じゃ当然みんなの食事代を賄うことなんて出来ない。それはみんなもわかってる。だからツケにしてもらって、いつかこのツケを支払えるようこれから頑張りますって意味もあるの」
「…………」
やっぱ嫌がらせじゃねぇか!なんだよツケって!そこは実はオレの代わりに払っていて、やばいジンかっこいいキュン、ってさせてくれるところじゃねぇのかよ!この歳で借金背負うことになるなんて夢にも思わなかったよ!いくら意味のある行為だからって借金はひどいよ!さっきの殊勝な気持ちを返してくれ!
「あの~……」
「なに?」
「ちなみにツケの代金は
「えっと、キリのいいところで120万ルインだって言ってたよ」
「ひゃっ!?」
終わった。グッバイ楽しい冒険者生活。こんにちは退屈な労働の日々よ。一途先生の次回作にご期待ください。
心の中に第一部完!の文字がのしかかる。第二部も次回作もないけどな!
しかし120万か。昨日の稼ぎの百倍の金額とは。
単純に考えれば100時間働けば返せる計算になるが、毎回同じ量のヒール草が採れるとは限らないし、需要と供給の関係で値段が変動することだって考えられる。下手をすれば依頼そのものがなくなる可能性だってあるのだ。
だからと言って迂闊に討伐依頼に手を出すのはリスクが高い。命懸けなのは当然のこと、道具を揃えるのにだってお金がかかる。武器や防具だって消耗品だ。一つのミスで借金も増えるかもしれない。
そもそも生活するのにだって金はかかる。
つまるところ、オレにはこの借金を返済できるビジョンが浮かばないのだった。
「大丈夫よ。イチならすぐに返せるって」
「そうかな~……」
一体何を根拠に言っているのか小一時間問い詰めたい気分だったが、言葉に嘘はなく、何故か楽しそうな笑顔を浮かべているトワを見ると不思議となんとかなるかとそんな気分になった。
「おっ、帰ったか」
「クピルピ~」
宿に戻るとジンたちはすでに起きていて、何やら荷造りをしていた。
「あれ?どっか行くのか?」
「何言ってんだ。今日はもう帰るんだぞ」
問いに、事も無げに答えるジン。
「……聞いてないんだけど?」
「あれっ、言ってなかったか?」
そう言ってジンはトワの顔を見る。トワも言ってないと首を振る。
「悪い悪い。まあ元々長くいるつもりはなかったんだ。村もそんなに長く空けられないしな。本当なら登録だけして帰るつもりだった」
「そうなのか?」
「ああ。村を守れる人も少ないからな。ジローが村にいるならもう少しゆっくりしてもよかったんだが、タイミング悪く用事ができたらしくてな」
なるほど、ジローはその用事とやらで一緒に来たわけか。
「というか、ジローって戦えるのか?」
「ん?まあな。現状のイチよりはまだ戦えるな」
ジンの話ぶりから気になったのでそう聞いてみると、からかうような笑みで返された。
はいはい、どうせオレは弱いですよ。
「けど、そうなるとオレの借金はどうするんだよ?村まで取り立てに来られるのも嫌なんだけど」
「借金?」
村に帰れば、次この街に来るのがいつになるかわからない。額も額だしそんなに待ってくれるのだろうかと心配になり口にすると、ジンは何だそれは?という表情で聞き返した。
ちょっとイラッとしたのはしょうがないよね?
「お前がこさえたオレのツケのことだよ!」
「あ、あ~。昨日のな」
胸ぐらを掴んで低い声でそう言うとヤツもはっきり思い出したようた。
「そいつは大丈夫だ。昨日のは冒険者の洗礼っていう風習なんだが、みんな新人がすぐに返せるとは思ってないから長い目で見てくれるし、しばらく街を離れることになっても事前に言っておけば問題ない」
「大丈夫なのかそれは?ばっくれるやつとかもいるんじゃないか?」
「ギルドのネットワークは甘くない。そんなことをすれば世界中のギルドから支援を受けられなくなるし、ギルド自体が冒険者に借金回収の依頼を出すだろう」
それは確かに怖い。
「それならまあ大丈夫なのか?とにかく、それじゃあ今からギルドに向かうんだな?」
「ああ。そうしよう」
「……」
コイツ、この話が出なければ絶対そのまま帰ってたな。
「そうなんですか。村に戻られるんですね」
「はい。なので、申し訳ないんですけどツケの支払いを少し待っていただけると……」
「ええ。大丈夫ですよ。イチズさんの冒険者人生はこれからなんですから。コツコツ返していきましょう」
「はは……」
その後ギルドに向かい村へ帰る旨を伝えると、ジンの言うとおり返済を待ってくれることになった。
よかった。この年で借金の取り立てとか経験したくない。日本とは違い、剣とかナイフとか目に見える武器で脅されそうだし。危険物所持とか銃刀法とかないもんね。
「あ、そうだ。イチズさんたちの村って西にあるユルグの村ですよね。もしよかったら一つ依頼を受けていただけませんか?」
「依頼?」
「ええ。昨日もお話した通り最近フォレストウルフが頻繁に人里に下りてきてるので調査してるのですが、生憎と西側の調査が進んでないようでして」
以前この国の地図を見せてもらったのだが、この国は北側に大森林と呼ばれる大陸を二分するような巨大な森が広がっている。
今回この森からフォレストウルフが出没するようになったので原因を調査しているのだが、あまりに広大なためあまり進んではいないらしい。特に西側は交易路という訳でもなく拠点となる村がユルグしかないため、そちらへ向かう冒険者もおらず困っていたそうだ。
「もし引き受けていただければ、報酬は色をつけさせていただきますし、原因を解明できればさらに上乗せいたします」
「これって個人に対する依頼なんですか?」
だとすると新人冒険者には荷が重すぎる気がするが。
「いえ、イチズさんたちパーティーに対する依頼です。登録の方は昨日ジンさんが済ませてます」
「いつの間に……」
ジンの顔を見るとニヤニヤしていた。ちょっとしたサプライズのつもりだったのだろう。
「えっと、どうする?」
とりあえず経緯はわかったのでジンに確認を取る。居候に決定権はないのです。そう考えたのだが、
「別に確認なんか取らなくても受ければいいじゃねえか。借金返済の足しにもなるし」
「そりゃ、そうだけど……」
「小さいこと気にしなくていいんだよ。お前は自分の判断で決めていいし、それがヤバければ止めるし、問題なければ協力する。それだけだろが」
気を遣いすぎなんだよ。と、こちらの思いを蹴りとばした。
確かにそうかもしれない。いつまでも居候だなんだとジンたちの顔色を伺っていたら逆に失礼かもしれない。
対等でいい。そう言われた気がした。仲間だろ、と。
「ジン……わかった、ありがとう。エルさん、その依頼受けます」
「本当ですか!ありがとうございます。では依頼内容を簡単に説明しますね」
こうして調査依頼を受けることになった。
まあ、借金の件もあるしな。稼げる時に稼いでおかないと。
今思えば、多分ここが分岐点だったんだ。何度も考えた。もしもこの時依頼を断っていれば、あんなことにはならなかったんじゃないかって。
いや、状況を考えれば多分もっとひどい結果になったと思う。人もたくさん死んだだろうし、国ですら一つ二つ滅びたかもしれない。そう思えばあの結果はむしろ最上と言えたかもしれない。
オレ以外には。
例え国が滅びようと、罪のない人がどれほど犠牲になろうとも、オレは別の選択をするべきだったんだ。そうすれば、あれほど後悔することもなかっただろう。
なんて、全部後の祭りか……
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