第31話 お酒はほどほどに

「はあっ?全部嘘!?」

「その通りだ」


 あれから少し経ち、意識を取り戻すと目の前にはマンガみたいなでっかいたんこぶを作ったジンと、バツの悪い顔をしたトワがいた。

 今度は置いていかれなかったようで、目を覚ました時にはちゃんと二人とも側にいた。そして記憶も飛んでいない。かろうじて見えた程度だが、かかと落としがキメ技だった。


 問題は、どうして謝っていたオレがこんな目に遭わなくてはいけないのかということだが、事情を聞いたところ現在に至る。


「……なんだってそんなことしたんだよ?」


 おかげでひどいことになった。何故1日に2回も気絶させられなければならないのか。

 ちなみに、最初の件についてはすでにわだかまりは解けている。オレも正確な事情を聞いて改めて謝ったし、トワもオレの記憶が曖昧だったことを知ると、やりすぎだったと謝ってくれた。なんだかやけにホッとしてた気がする。


「悪かったとは思ってるよ。だがな、俺も時々無性にストレスを発散したくなるんだ。もうこれは病気だな」

「……」

「……」


 こいつは一体何を言ってるんだ?そんなでっかいたんこぶ作って、キリッとした顔で言うことじゃないだろうに。

 恐ろしいのはその言葉に『ダウト』が反応しないことだ。つまりこいつは、本心から言っていることになる。


「けど、イチもイチだよ。『ダウト』があるんだから兄さんの言ってることなんて嘘だって、わかるはずでしょ?」

「いや、そうなんだけどな……」


 そう。わかっていた。ジンが話してくれた内容のは嘘だということが、オレにはちゃんと見えていたのだ。

 にもかかわらず騙された。そこがジンの凄いところだと思う。


 オレは、オレの名誉を傷つけたくないというジンの言葉を信じてしまい、ジンが吐き出した嘘は全て、オブラートに包んだがゆえの言葉だと思ってしまったのだ。

 結果としてはこのとおり。こいつには詐欺の才能があると思う。


「だけど、気遣うような表情で『大丈夫。大したことない』なんて嘘を言われたら、誰だって悪い方を想像すると思わないか?」

「それはっ……そうかも……」


 しかもこちらには記憶がなかったのだから尚更だ。


「まあ、もう過ぎたことだ。このことは水に流してさっさと飯を食おうぜ」

「「お前が言うな兄さんが言わないで!!」」


 オレとトワに突っ込まれても平然としながら料理をつまみ始めるジン。こいつの悪癖についてはトワから聞いたが、まさかこんな奴だったとは。


「そんなことよりどうだったんだ?依頼を受けてきたんだろ。冒険者になって初めてのクエストだ。うまくやれたのか?」


 そう言って無理矢理に話題を変えてくる。

 まだ若干気の収まらない部分はあるが、それでも確かにトワとの気まずさは綺麗さっぱりなくなったので、これ以上引っ張ることはないか。そういう意味ではこの騒動も無駄ではなかったと言えるかもしれない。絶対狙ってやったわけじゃないだろうが。

 あっ、この野菜炒めみたいな料理うまいな。


「ったく。ちゃんとやれたよ。アインのおかげでな」

「クピー♪」


 オレの言葉に胸を張るアイン。逆にアインのおかげで被った面倒もあったのだが、そこは言わぬが華というものだ。決して説明するのがめんどくさい訳ではない。


 そして、うまくいったとの報告を聞いたジンは 「そうか、そうか」と言うと、続けてニィと笑い突然爆弾を降らせた。


「おーい野郎ども!今日はこいつの奢りだ。好きなだけ食ってくれ!」

「はぁっ!?」


 いきなり何を言い出すのだコイツは!?全然反省してないのか、これ以上おかしな展開にするのは勘弁してくれ!


 ジンの言葉に、酒場にいた客たちの歓声が上がる。騒がしかった店内がさらに喧しくなり、昼間だというのに面白いように酒が流れていく。今さら冗談でしたなどと言えば暴動が起こるだろう。


「ジン!お前いったい何を!?」

「大丈夫だって」


 何が大丈夫だというのか。こいつまさかオレが何の依頼を受けたのか知らないんじゃないだろうな。オレが討伐依頼で稼いだとでも思ってるのか?


「こんな人数の会計なんて払える訳ねえだろ!」

「いいか野郎ども!今日お前らに酒を振る舞ってくれる気っ風きっぷのいい男の名前はイチだ!よく覚えとけよ!」

「聞けよ!!」


 だが、オレの言葉などもはや誰も聞いていない。周りの客どもは口々に「ありがとよ、イチ!」だの「太っ腹だな、イチ!」だの「ご馳走さま、イチ!」だの言って、オレの持ってたグラスにジョッキをぶつけにくる。

 さらに、今この場にいた客だけでは飽きたらず、話を聞いた他の冒険者たちまで雪崩れ込んでくる始末。

 椅子の数も当然足りず、立ち食い立ち飲み当たり前。誰も彼もが現実を忘れ、享楽の世界へと旅立っていく。


「どうすんだよコレ……」

「ク、クピ~……?」


 今さら止めることも出来ないほどに大きくなった乱痴気騒ぎに途方に暮れる。何故ジンはいきなりこんなことをしでかしたのか。聞こうにも本人もすでにこの狂乱の渦に巻かれて、様々な場所でジョッキをぶつけ合っている。

 そして、何故かトワも今回は止めに入ることがなかった。助けを求めて顔を向けた時にはすでに姿はなく、厨房の方で料理人らしきおばちゃんに「手伝いますよ」とか言っていた。


「……なあ、これ1万2000ぽっちでどうにかなると思うか?」


 オレは唯一の味方であるアインにそう尋ねてみた。アインはとても悲しそうな顔で首を振ったのだった。











 チュン、チュン――


「……ん、あぅ、うぁ~~……」


 窓から差し込む光にまぶたを焼かれ、泥沼のような夢の世界から意識が這いずりあがってきた。


「……気持ちわりぃ」


 まだ昨日の酒が体に残っているようで、ダルさを訴える体を引きずり洗面所まで行くと、酒と一緒に体の中の不快なものも全部吐き出した。

 頭痛とかは特にないので、噂に聞く二日酔いというものではないと思うが、それでも二度と酒には手を出さないことを心に誓う。どれくらい守れるかはわからんけど。


「イチー、起きたの?わたしこれから朝ごはん行くけど、イチはどうする?」


 ドアがノックされ、トワの声が聞こえてくる。

 ドアを開けると、当然ながらそこにはトワが立っていた。


「おはよう。ふふ、ひどい顔ね。大丈夫?」

「……死にたい」

「ダメよ。兄さんとアインは?」

「さあ?」


 そう言ってトワと二人で部屋の中へ戻る。改めて部屋を見れば、ジンとアインはまだ夢の中だった。オレとは違い幸せそうだ。


「まだしばらくは起きなさそうね。二人で行こっか」

「ああ……」


 本音を言えばオレもまだベッドの中でぐで~っとしていたかったが、トワの笑顔を見たらNOと言うことなど出来なかった。




 昨日の騒動の後、オレたちは宿を取って休んだ。

 最初は唖然としていたオレだったが、途中からもうどうでもよくなって自身も騒動の波に呑まれることにした。

 酒を飲み、料理に舌鼓を打ち、冒険者たちと笑いあった。

 どうもオレは酒にあまり強くないようで、少し飲んだらすぐにいい気分になり、世界が回りだしたのを覚えている。

 そのまま夜まで騒ぎ、お開きになった後トワたちにこの宿まで連れてきてもらったのだ。ここは以前からよく使ってる宿なのだそうだ。


 そんなに大きくはないが、一階に食堂があり、格安の値段で質のいいサービスを提供するため、冒険者からの評判は高い。


「よう、イチ。よく眠れたか?」

「え、ああ?」


 食堂に入ると、すでに朝食を食べていた男性から挨拶をされる。

 誰だ?昨日の騒ぎに参加してた人かな。


「おはよう、イチ。昨日はご馳走さま」

「お、おはようございます。どういたしまして?」


 別のテーブルの女性からも声をかけられる。この人も見覚えがないけど、言葉からあの場にはいたようだ。


「ふふ。人気だね」

「酒のせいか細かい部分が思い出せねぇ。誰だよあの人たち?」

「さあ?」

「さあ、って……」


 そのまま二人、テーブルにつく。

 少しすると10歳くらいの小さな女の子が料理を運んできてくれた。

 この宿屋の娘さんだろうか?トワとも顔見知りのようだ。頬に残るそばかすがチャーミングだった。


「ん?」


 料理を見ると、オレの方にだけスープが付いていた。トワの方には付いてない。注文ミスか?


「これは?」

「うちの特製スープ。二日酔いの人にお出しするんです。お兄さんはそこまでひどくなさそうだけど、お父さんが持ってけって」


 オレが尋ねると、女の子は慣れない敬語でそう答えた。

 確かに起きてから一度戻したとはいえ、食欲が戻るほどではない。オレは素直にお礼を言って、スープに口をつけた。


「ズズ……はぁ~」

「美味しいでしょ?」


 向かいからトワが聞いてくる。驚くほど美味しかった。

 いや、こういうのは失礼だが味自体はそんな大層なものではない。普通だ。だが、染み渡るというのか、酒のせいで疲れた体が一気に回復するような、そんな優しい味だった。


「すごいな」

「わたしも何度か挑戦したんだけど、どうしてもここまでにならないんだよね。作り方を聞いても秘密だって言うし。ソフィアちゃんにしか教えないんだって。あ、ソフィアちゃんっていうのはさっきの子ね」

「へ~」


 いや、けど本当にすごい。昨日の酒場でもそうだが、冒険者ってのはばか騒ぎする奴が多い。必然的に酒の量も増えるだろう。そんな奴らからすれば、このスープだけでもこの宿に泊まる価値はある。レシピを一子相伝にするのもわかるというものだ。


 食欲の戻ってきたオレは、そのまま朝食をいただくことにした。残念ながら味は普通だった。

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