第30話 仲直りとイタズラ

 オレが気を失ってる間に起こった出来事。ジンの口から語られるそれは、普段のオレからは考えられないようなとんでもない内容だった。


「実はな……お前がいきなりエルさんをナンパしだしたんだ」

「……」


 こいつはいきなり何を言っているんだろう?

 普通なら、自分がそんなことする訳がないと思っていても、記憶がないためにほんの少しくらいは可能性があるかもしれない、と思うのかもしれない。

 だがオレには『ダウト』がある。

 今目の前の男が放った言葉が、真っ赤な嘘としてオレの目に映っていた。


「ダウ――」

「待て待て冗談だ!悪かった、悪ノリが過ぎた。だからそれはやめてくれ」


 オレがペナルティの呪文を唱えようとすると、ジンはすぐさま自分の非を認めた。まったく、冗談が過ぎる。まあ、オレも本当に唱えるつもりはなかったが。


「確かに今のは大げさに言い過ぎたが、それに近いことはしたんだぜ。お前、エルさんの手を握ったのは覚えてるか?」

「あ、ああ。そういえば……」


 そんなこともしたような?確かそれが原因でトワと言い争いになったんだったか。

 まだ色々曖昧だが、少しずつ情景を思い出してきた。やはりトワが不機嫌なのはオレのせいだったようだ。

 すぐにでも謝りたいところだが、はっきりとした理由もわからずに謝るのは失礼だ。火に油を注ぐ結果になりかねない。


「エルさんの言葉に感激したお前は、エルさんの手を握りしめ熱い視線を送っていたんだ。だけど、ちょっと無遠慮に触りすぎたんだな。そこをトワに咎められて、そして……」

「ど、どうなったんだ?」

「……いや、やはり俺にはこれ以上伝えることは出来ない」


 しかし、突然ジンはこれ以上話すことはないと打ち切ってしまう。


「待て!それじゃあ原因が全くわからないままじゃないか!何で言えないんだよ」

「……俺にだって、友人の名誉を守りたいと思う感情くらいあるさ。流石にアレをありのままに伝えることは俺には……」

「えっ、なに?オレそんなひどいことしたの?」


 その疑問にジンはフッと目を逸らす。

 マジか!?一体何をやらかしたんだ気絶する前のオレは!!


「まあ、トワには俺からもフォローしておく。もう気にする――」

「頼む!」

「……イチ?」

「頼むジン、教えてくれ。このままじゃオレはトワと真っ直ぐ向き合うことが出来なくなっちまう。そんなの嫌なんだ!オレはこんなことでせっかく出来た友人とギクシャクしたくない!」


 そうだ。この世界で初めての友人。いっぱい助けられた。今も世話になってる。全然恩返し出来てない。これからなんだ。

 冒険者になって多少稼げる目処がついた。金で返したい訳ではないが、まず自分の食い扶持ぐらいは自分で稼いで、それから二人に貢献していければとそう思っている。

 オレはこれからも二人と一緒にいたいんだ!


「イチ……わかった。だが、聞いても絶対に自分を責めるなよ。あの時のお前は頭に血が上っていただけなんだからな」


 ジンの優しい言葉に、不覚にも涙腺がゆるみそうになった。鼻の奥がツンとする。


「ああ。ありがとう」


 オレはそんな顔を見せたくなくて、つい顔を伏せて礼を言った。


 だから気づかなかったんだ。

 この時、ジンがとても悪どい笑みを浮かべていたことに。






 テーブルに戻ってくると、イチと兄さんが何かを話しているようだった。

 何の話をしているんだろう。やっぱりさっきのわたしの態度があまりよくなかったから文句を言ってるのかな。もしそうならどうしよう……

 いや、弱気になっちゃダメだ。おばちゃんに相談に乗ってもらったではないか。まずは謝るんだ。


 萎えそうになる勇気を奮い立たせ、なるべく不自然にならないようテーブルに近づく。イチは話に集中しているのか、こちらに背を向けていることもあって、わたしが戻ってきたことに気づかない。

 自然に……自然に……


「お、おまてゃせ~」

「(ビクッ!)」

「……」

「……」


 噛んじゃった!おまてゃせって何!?

 ほら、イチもわたしが急に変なこと言うからビクッとしたし、気を使ってるのか目も合わせようとしない。


 やっぱりダメなのかな。いや、諦めちゃダメだ。このままじゃおばちゃんに合わす顔がない。挫けそうになる心に活を入れて気を取り直す。

 テーブルに料理を置き一呼吸。大丈夫、大丈夫。


「えっと、イチ。その……さっきは言い過ぎたわ。イチにだって言い分くらいあるだろうに、わたしばっかり文句を言って。あの、ホントにゴメ――って何やってんの?」


 たどたどしくはあったがなんとか言葉を紡いでいき、ようやく謝罪の言葉を述べようとイチの方を向くと、そこには椅子から立ち上がり、酒場の床に土下座をしているイチの姿があった。


「あの、イチ?」

「トワ、ごめん!」

「え?」


 そして唐突に謝ってくる。何なのこれは?

 いや、やってることはわかる。けれども先ほどの態度と180度違いすぎてさっぱりわからないのだ。


 考えられるとしたら、わたしがいない間に兄さんから話を聞いて、謝った方がいいとでも諭されたのかもしれない。そう思い兄を見ると、ニヤニヤと人の悪い顔をしてイチの土下座を眺めていた。


「……」


 はダメな顔だ。

 兄さんは普段はとても理性的で頭がいい。イチが星渡りなこともすぐに気づいたし、村の人達から相談される姿も度々見かけている。

 だけど時々ひどく子供っぽくなるというか、わたしや仲のいい友人に対して、普段の兄からは想像出来ないようなをすることがあるのだ。

 嫌な予感がした。


「イチ、あのね、兄さんに何を聞いたかわからないけど、多分それは――」


 間違いだと、そう伝えようとしたのだが、


「謝っても許されることじゃないのはわかってる!いくらとはいえ女の子に対してあんなことしてしまうなんて、殴られても文句を言えない」

「――事故?」


 なんだか話がおかしいことに気づく。わたしとイチの認識が違う。多分そこが兄さんの仕掛けたイタズラなのだろう。そうなると、イチにこのまましゃべらせるのは危ないかもしれない。仲直りどころか、下手をすると傷口をこじ開ける行為になりかねない。

 というか、一体何を吹き込んだの兄さん!


「実際にラッキースケベなんてものが本当にあるなんて思わなかったんだ!というかオレに起こるなんてあり得ないと思ってた。だってオレは主人公じゃないから!」


 イチの謝罪が止まらない。意味不明なことを呟いている。

 いけない。まずはイチを止めて話を聞かないと。


「ちょっと待って。一体何を――」

「だから、なんて思ってもいなかったんだ!」

「……は?」


 イチの告白に一瞬思考が停止した。

 心なしか酒場の喧騒まで止まった気がする。


 イチは今何を言ったの? 胸をつかむ? 誰の? 女の子? わたし? わたしの何? 触った? 誰が? どこに?

 …………イチが?


「ふぇ――!?」


 止まった思考が現実に追い付いた瞬間、わたしは咄嗟に胸を押さえた。まるで隠すように。

 頬が熱を持つのがわかる。何故かはわからない。混乱している。

 兄さんを見たら、テーブルに額をつけてプルプル震えていた。よし、殴り飛ばそう。


「だけど安心してくれ。殴られた衝撃でその時の記憶がオレにはない!正直、思春期男子としては残念なことこの上ないというか、もっと揉んどきゃよかったと思わなくもないが、とにかく記憶にはないので安心してくれ!」


 そう言って顔を上げるイチ。何か色々気になることを言っていたような気もするが、脳がパンク寸前で何を言ってるのかわからない。

 正直、今この場にいる男全員ぶっ飛ばしたい。


「一体何を安心すればいいのよ!?」

「え?そりゃあ記憶にないわけだから、感触を思い出して自家発電に使ったりは出来な――ぶぁ!!」


 ……イチに最後までしゃべらせることはなかった。この男は思ったことを正直に出しすぎる。


 今度は間違いなく酒場の喧騒が止んだ。

 イチの顔面を床にめり込ませた快音は店中、下手をすれば下のギルドまで響き、周りの騒音を打ち消した。

 後に残るのは、結果としてもう一度気絶したイチと、その頭に蹴りを落とした張本人わたしと、もはや我慢の限界と腹を抱えて笑っている愚兄の姿だった。

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