第28話 わたし、怒ってます

「ただいま~……」

「クピッピ~」


 森での騒動から全力で逃げ帰ったオレは、無事にギルドまで戻れたことに安堵しながら扉をくぐった。


「あ、イチズさん。お帰りなさい。どうでした?たくさん採れましたか?……って、なんだかよく見たら濡れてますけど、何かあったんですか?」


 中へ入ると、オレの姿を認めたエルさんが早速声をかけてくれた。


「ただいまエルさん。時間の割には結構取れたんじゃないかと思います。濡れてるのは……ちょっと汚れてしまったので軽く洗濯したんですよ」


 エルさんの疑問に、一瞬起こったことを正直に言おうかどうか迷ったが、めんどくさかったので端折ることにした。


「くすっ。それは大変でしたね。それでは確認しますのでこちらへどうぞ」


 どうやらエルさんは、オレが採取で頑張りすぎて汚れたと思ってくれたみたいだ。なんだか目が『頑張った弟を微笑ましく見守る姉』のようになっている。いや、姉はいないので想像でしかないが。

 これは、狼を殺した際に血だらけになったので、とは言わない方がよさそうだ。ちなみに怪我はポーションを飲んで治しました。


 見ると、ギルドの中はオレがいた時よりも人が増えているようだ。オレのようにクエストから帰ってくる人間が増え始める時間帯なのかもしれない。

 カウンターまで来ると、採取したヒール草の袋を見せて尋ねる。


「採取した物はここで見せればいいの?」

「ええ。大丈夫ですよ。討伐クエストなどで獲物の数が多い場合や大きい場合は、裏に買取・解体受付がありますので、そちらへ持っていっていただけると助かります」

「なるほど」


 ジン達がいつも利用してるのはそっちか。まあそうだな。袋に入りきるくらいならまだしも、狼の死体の山なんかこっちに持ってこられても困るだけだしな。掃除も大変そうだし。

 一人納得しながら袋を渡す。


「では拝見します。……わっ、すごい!この短時間でよくこれだけ集められましたね」

「ええ、アインが手伝ってくれたんで」

「クピ~♪」


 エッヘンといった感じで胸を反らすアイン。落ちても知らないからな。


「ふふ。さすがアイン君ですね。では査定を行いますので少々お待ちください。その間に、先ほど作りましたパートナー識別用のアクセサリーが完成してますのでお渡ししますね」

「お、ありがとうございます」

「クピッ、クピ~」


 そう言ってエルさんが取り出したのは小さなリングだった。


「アイン君の体型ですと、チョーカーなどはすっぽ抜けてしまう可能性がありますので、リング型でご用意しました。ピアスのように体のどこかにつけることも出来ますし、足首に嵌めれば簡単に外れることはないと思います」

「じゃあ足でお願いします」


 体に穴を空けるのは怖いからな。


「はい。ではつけますね」

「クピ~」


 すると、エルさんは突然リングを真っ二つにした。えっ?何それ。しかし疑問をはさむ間もなく、慣れた手つきでアインの足にリングを近づけると、またカチリと嵌める。そこにはしっかり嵌まっているリングの姿があった。

 聞けばこのリングは半円状の二つが微弱な魔力でくっついてるのだそうだ。磁石みたいな感じだな。つけた後は装着者の魔力でくっつき続けるらしい。

 いきなり割るからびっくりした。


「キュルルル~♪」

「良かったですね」


 何はともあれ、これでオレの冒険者登録とアインのパートナー申請が完了した訳だ。特に絡まれることもなかったし、無事に済んでなによりだ。


「では査定も済んだので報酬をお渡ししますね。まずこちらが依頼達成の報酬5000ルインになります。そして、残りのヒール草の買取額が7000ルインとなりますので、しめて1万2000ルインのお渡しですね。ご確認ください」


 おお~。わずか一時間そこそこでここまで稼げるとは。これはちょっと勘違いしそうになるな。

 この世界、勿論程度の差はあるが、1万あれば二日は過ごすことが出来る。おっと、今たいしたことないと思ったか?それはちょっとチートものの読みすぎだな。

 さっきも言ったが、これはわずか一時間の成果だ。時給である。それで二日分の生活費が手に入るのはすごいことなのだ。


 昔、小遣い欲しさに商売をやってる親戚の家でバイトさせてもらったことがあるのだが、その時にもらった金額が一週間で5万円(親戚価格)だった。朝9時から夕方18時まで働いてそれなのだ。日当で言えば7000円程度。学生の身には確かに大金だったが、それでも世の中の厳しさというものを多少勉強した。


 わかっていただけただろうか。オレの一週間がわずか4時間ほどの労働と一緒なのだ。これはボロい商売だと勘違いしそうになるのも仕方ないというものだ。


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


 そういった諸々の思いを一切顔に出さず、報酬を受け取る。

 勘違いをするな。これは運が良かっただけ。アインがいたからこそだ。アインだって毎回とは限らないし、今日みたいなアクシデントに巻き込まれることだってあるかもしれない。

 オレは今まで見てきた様々な作品マンガやアニメを思い出す。そうだ。付け上がった奴は大抵死ぬのだ。オレは彼らを反面教師として、慎ましく頑張っていこうと思う。

 やはり二次元は最高の教科書だな。


「それで、ジン達は戻ってきてますか?」

「ええ。今は二階の酒場で食事していますよ」


 オレはエルさんにお礼を言って二階へ向かった。



 酒場へ入ると、まだ夕方にもなっていないのに随分と繁盛しているように見えた。やはり、依頼を完了した冒険者の多くはそのままここで飲み食いしていくのだろう。

 酒を飲んでる者もいるが、多くは食事の方がメインのようだ。酒場というよりも食堂と言った方が近いかもしれない。

 店内は人は多いが、探していた人物はすぐに見つかった。周りの男どもの大半が同じ方向を向いているのだ。つられて見てみれば、そこには男どもの視線を独り占めにする美少女と、それに対して本気の殺気で牽制する大人げない兄の姿があった。


 あそこに行くのかと思うと気が進まないが、それでも行かないわけにはいかず、意を決して二人に近づいた。


「ジン、あまり威嚇するなよ。喧嘩になるぞ」

「……イチ、遅かったな」


 声をかけるとジンは剣呑な目付きをオレに向けてきた。随分と気が立っているようだ。もしかしたらすでにトワに声をかけた命知らずが何人かいたのかもしれない。


「ごめんごめん。初めてのクエストに浮かれちゃってさ。けどお前らも置いてくなんてひどいじゃん」

「お前が目を覚ます前に戻る予定だったんだ」

「そうそう。それで聞きたかったんだけど、何でオレ――」

「イチ!」

「――えっと、なに?」


 席について、ピリピリしているジンをなだめようと話していると、隣からトワに強く呼ばれた。

 視線を向けると、何故か頬を膨らませているトワがこちらを可愛く睨んでいた。うん。本人は厳しい目付きのつもりかもしれないが、普段人を睨んだりしないからよくわからないのだろう。全然怖くなかった。


「わたし、まだ怒ってるんだからね」

「え?」


 そして言うだけ言うと立ち上がり、どこかへ向かって歩きだした。ジンが尋ねる


「トワ、どこ行くんだ?」

「食事を注文してくる。遅めの昼食にしましょう」


 そうぶっきらぼうに答えて、厨房のカウンターへと向かっていった。


「なあ、何かあったのか?」

「はぁ?」

「いや、何だかトワが怒ってるみたいだけど」

「……待て、お前覚えてないのか?」

「覚えてないって何が?あっ、もしかしてオレが気を失ってたのと何か関係があるのか?」


 オレがそう聞くと、ジンは何故か呆れたような目を向けてきた。


「……気を失う前のことはどこまで覚えてる?」

「えっと、たしかトワと何か話した気がするな。何を話してたかは覚えてないけど。その後の記憶がなくて、起きたらあごがすげぇ痛かったんだよ」

「……」

「なあ、何があったんだ?」


 何だか話してる内に不安になってきた。もしかしたらトワが怒ってるのは、オレと話してたのが原因かもしれない。もしもそうなら謝らなくては。

 気絶した理由とあごの痛みの原因はわからないが、そんなのは些細なことだ。


「……」

「ジン」


 難しい顔をして、重く口を閉ざすジン。言うべきかどうか迷っているのか、それほどの内容なのか。

 やがて、考えがまとまったのか、その重い口を開き始めた。


「実はな……」


 そして、オレは驚愕の事実を知らされることとなった。

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