第26話 もうお前が主人公でいいよ
さて、依頼を受けることにしたのはいいが、どんな依頼を受けようか?いや、まずはどんな依頼があるのかを確認しないとな。
「ふむふむ、結構残ってるんだな」
依頼内容の書かれた依頼書の貼られた掲示板、その前まで来て見れば、想像より多くの依頼が残っていた。今はもう日も高く登り、多くの人が昼食を終わらせている頃だろう。
以前少し触れたが、依頼は基本的に早い者勝ちだ。つまり朝方がピークであり、それを過ぎればほとんど仕事が残っていないのが通常なのだ。残っているとしてもほぼほぼ雑用依頼だけだろうと聞いていたのだが、
「討伐依頼がこんなに……しかも、やけにフォレストウルフが多いな」
そこに残っていたのは大半が討伐依頼。それも普段は人里に下りることの少ないフォレストウルフの討伐がほとんどだった。
「エルさん、これって?」
「ええ。ここ最近の話なんですけどフォレストウルフ達が森から出てくることが多くなったみたいでして。それで畑が荒らされたりする案件が頻発してるんですよ。どうも北の森から流れてきてるみたいですね」
オレも数日前に狩った獲物ではあるが、奴らは本来森から出ることがほとんどない。人間との住み分けがきちんと出来てる生き物なのだ。時折人里に迷いこむこともあるがわずかなものだ。
これほど多くの依頼が出されるのは何かの前触れではなかろうか。と、マンガ脳によるテンプレ展開を推理してみたり。
「一応は王都の騎士団や信頼の置ける冒険者に調査の依頼も出てるそうですし、前列がないわけではないんですけどね」
おっと、さすがにそうマンガみたいなことは起こらないか。まあ問題なんてのは起こらないにこしたことはないけどな。マンガ家や小説家が聞いたら「それじゃお話にならない」と言いそうだ。あの方々は人の不幸で飯を食ってる(偏見)からしょうがないけど。
とにかく、こんなに討伐依頼が多いなら仕方ない。オレは依頼書を一枚取り、エルさんに手渡した。
「決まりましたか?」
「ええ。こいつをお願いします」
「はい。ヒール草の採取ですね。では10束が規定の数。それ以上お持ちいただいた場合は買い取りとなりますので頑張ってくださいね」
そうしてオレは冒険者としての初仕事、ヒール草の採取へと向かうのだった。え?討伐?無理無理。こないだ見ただろ。一匹狩ってくるだけでひーこら言ってたじゃん。そんなオレに討伐依頼なんて十年早いね。
それに何度も言ってるだろ。オレは主人公じゃないんだよ。
そんな訳で街を出て、やってまいりました採取クエスト。現在は近くの森に入りヒール草というポーションの原料となる草を探している。
事前にエルさんから見本を見せてもらいどんな草かは確認している。葉の形に特徴があり、まるでノコギリのようにギザギザしているのだ。葉が固いため摘む際に怪我をする人間もいるらしい。ポーションの原料のくせにと思わないでもない。
また、根っこごと引き抜かないと効果が落ちるらしい。なので途中で折れたりちぎれたりすると価値が下がるそうだ。
「さて、すぐに見つかるといいんだけどな」
とは言っても主人公属性皆無のオレである。そううまくいくとは思えない。それに期待すると見つからなかった時のダメージがでかいからな。
ジン達が戻ってくるまでおよそ一時間。ここから街まで15分くらいかかるから、そうだな、30分ほど探して見つからなければ諦めてさっさと帰ろう。そう目標を決めることにした。
そして探しだすことわずか5分、オレの両手にはすでに規定の数、ヒール草10束があった。
別にオレに物探しの才能があったわけではない。
「クピッ、クピ~」
「おっ、次はそっちか」
流石は『幸運を運ぶ鳥』と言うべきか、先程からアインがすごいペースで見つけるのだ。おかげで早くも依頼は達成された。
ギルドから借りた袋にヒール草を入れ、この後どうするかを考える。このまま帰っても依頼は完了な訳だが、いかんせん早く終わりすぎた。これでは結局ジン達をしばらく待たなくてはならない。
ただ待つだけでは退屈だし、だからと言って街を散策するには中途半端な時間だ。最悪ギルド二階の酒場で飯でも食べてようかと思ったが、無駄遣いはなるべくしたくない。村での仕事の報酬や二人から小遣いとして少しずつ貰ってはいるのだが、だからこそ大事に使いたい。
「うーん」
「クピ?」
一人悩んでいるとアインがヒール草を手(?)に戻ってきた。
「……うん、そうだな」
アインからヒール草を受け取り、これからどうするかが決まった。
せっかく時間もあるし、規定数以上のヒール草は買い取りだって言ってたしな。こちらにはアインもいるのだから、この際採れるだけ採っていくことにした。
「よし、じゃあこの袋がいっぱいになるくらい摘むか。アイン、その調子で頼むぞ」
「クピッ!」
そう頼むと、アインは敬礼で応えた。そしてズンズンと奥に向かって歩きだす。その迷いのない足取りは早くも次の標的の気配を感じ取っているのだろう。前を進む小さな背中が頼もしく見えた。
それからも採取は恐ろしく順調に進んだ。袋も半分以上がヒール草で埋まっている。これは結構な稼ぎになるんじゃないかとつい顔がニヤけていると、ふと奥の方から何かの争うような音が聞こえてきた。
「なんだ?」
誰かが何かと戦っているのだろうか?一瞬初日に出遭ったモンスターを思い出した。さすがにあの時のように好奇心で近づいたりはしないが、それでもやはり確認ぐらいはするべきだろう。何らかの異常事態であれば確認し、報告するのも冒険者の務めだ。成り立てとは言え、冒険者である以上は貢献すべきだ。
「クピュル!」
と、うだうだ考えていると、すでにアインが駆け出していた。持っていたヒール草を放り投げ、一直線に音のした方角へと向かう。
(あいつ、人間だったら絶対主人公だよな)
そんなどうでもいいことを思いつつ、アインを見失わないよう追いかけるのだった。
音のした場所はすぐ近くのようで、少し走ればすぐにアインの姿を確認出来た。
どうやら地形が断層になっているみたいで、件の現場はこちらよりも若干低い位置にあった。アインが縁に立って見下ろしているのがわかる。
オレも万が一に備え、見つからないように身を低く屈めながら覗きこんだ。
果たしてそこにあったのは、ある程度予想してた通り、冒険者のパーティーがフォレストウルフと戦っている姿だった。
女性だけで構成されたパーティーのようで、人数は四人。前衛として三人が戦っているが、後衛の一人は疲労か怪我かそれとも魔力切れか、戦闘に参加することなく壁に背中を預けてしまっている。
「クエスト中か?」
ギルドの掲示板には、残るくらいフォレストウルフ討伐の依頼があった。彼女たちも恐らく依頼を受けた一組なのだろう。
「まずいな」
フォレストウルフはそこまで危険な生き物ではない。それこそ地球の狼と大差ない動物だ。異世界だからって火を吹いたりする訳じゃない。強化が使えるならば簡単に倒せるだろう。
ただし、それは相手が一匹の場合に限られる。
奴等は必ず群れで行動し、二匹以下になることは基本的にない。さらに厄介なことに、フォレストウルフは個体同士の位置や状態を感知することが出来るらしく、獲物を見つけた時や仲間の危機の時はどこからか駆けつけてくるのだ。
つまり、時間をかければかけるほど増える。今まさに彼女たちの陥っている状況がそれだった。
周りを取り囲む数はすでに30を下らない。周辺にいた奴らは粗方集まったのかこれ以上増えていないようだが、それも時間が経てばわからなくなる。
はっきり言ってピンチだった。
(どうする?)
幸い、今自分たちがいる場所は崖状になっておりフォレストウルフたちがこちらに登ってくることはないだろう。安全だ。
しかし、それは逆に彼女たちにとって逃げ場がないことを指す。怪我人(?)を抱えた状況では振り切ることも難しいだろう。彼女たちが助かるには、ここにいるフォレストウルフを倒すしかない。
しかし、ここまで増えた群れを相手にするだけでも厳しい上、奴等は弱った獲物から先に狙う習性がある。仲間を庇いながらでは至難の業と言わざるを得ない。
ここで助けに入れば多少は事態が好転するかもしれないが、オレの実力では逆に足を引っ張ってしまう可能性もある。かと言って助けを呼びに行くほどの余裕はなさそうだ。
一番いいのは見なかったことにすることだろうか。例え彼女たちがやられてしまってもここにいれば襲われることはないだろうし、生き延びてもオレの存在は気づかれていないので余計な恨みを買うこともないだろう。あとは罪悪感に耐えられるかどうかだが……正直そこは心配していない。人でなしと言われるかもしれないが、知人ならともかく赤の他人がどうなろうとオレにとってはフィクションと変わらない。多少の同情心が湧くだけだ。
申し訳ないが人間一番大事なのは自分の命である。それに彼女たちも冒険者。覚悟は出来ているはずだ。
もはや脳内会議満場一致で見なかったことにするに決まりそうであったが、その時オレにとっての誤算が起きる。
そう。ここにいるのはオレだけではなかったのだ。
「ピッ、ピキュルルルル~!!」
「はっ?」
「何この音!?」
「今度はなに!」
「一体どこから……?」
「あ、あそこ……」
敵の気を引こうとしたのか、アインが叫び声を上げる。
突然響いたその声に驚く冒険者とフォレストウルフたち。後ろでぐったりしていた女の子が気づきこちらを指さしてくる。
まずい、ばれた。
いや、まずくはない。ちょっとめんどくさいことになっただけで最悪ではない。
しかしこうなったからには助けに入るしかないだろう。ここで逃げ出せばそれこそ後から何て言われるかわからない。
腹をくくり、この状況からどうやって勝ち筋を見つけるか考える。とにかくこの場所は安全なのだから、その
「クピッピ~~!!」
「ちょっ!?」
そう。オレは忘れていたのだ。こいつは誰かがピンチの時、咄嗟に助けに入らずにはいられない漢気溢れるペンギンだということを。
思い出した時にはすでに、アインはフォレストウルフの群れに向かって飛んでいた。
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