第25話 殴られて、置いていかれて、ご登録

 しばらく歩いていると、街の中央辺りに周りに比べ一際大きな建物が見えた。

 聞かずともわかる。あれがギルドだ。遠目にも冒険者風の姿をした者達が中に入っていくのが確認できた。


 スイングドアを押して中に入ると、途端に響いてきた活気に気圧されそうになった。

 中は吹き抜けの二階建てになっており、どうやら一階がギルド、二階が酒場になっているようだ。まだ昼間だというのにも関わらず、景気のいい馬鹿騒ぎが上から聞こえてくる。

 入り口をくぐるまでこの騒ぎが聞こえてこなかったことを不思議に感じたが、こちらの世界では建物に防音の魔法をかけて、中の音を外に漏らさないようにすることが出来るんだとか。これが異世界のとんでも技術か。

 と、一人感動していると、ジン達がさっさとカウンターに向かっていたので慌てて追いかけた。寂しいので置いていかないで下さい。


「ギルドへようこそ。ってジンさんとトワさんじゃないですか。こちらから来るなんて珍しいですね?」


 カウンターでは女性の職員が二人を珍しそうに見ていた。


「ああ。今日は友人の登録に来たんだ」

「そうなんですね。初めまして受付をしているエリセリアって言います。お気軽にエルとお呼びください」


 そう言って受付の女性、エルさんは自己紹介してくれた。


「あ、よろしくお願いします。一途って言います」


 名乗られたからにはこちらも名乗らなければいけないだろう。

 こちらに来てから誰も彼もがオレのことをイチと呼ぶので、もう自己紹介もイチでいいかなとか自分でも思わなくもないが、そこは親から貰った名前。きちんと伝えておいた。

 まあけど、この人もきっとイチと呼んでくるんだろうな。


「イチズさん、ですか。変わってますけど素敵なお名前ですね」


 ニコッ、とエルさんはとても綺麗な笑顔でそう言ってくれた。


「エルさん!」


 ガシッ!


「はい?」

「ありがとうございます」


 オレは勢いよくエルさんの手を握り礼を言う。まさかこんなにもしっかりと返してくれるとは思わなかったのだ。社交辞令でも構わない。全くもって今までの奴らときたら、上げて落としたり、変な名前だとか、女みたいだとか、本人目の前にしてろくなことしか言わない連中だったからな。この普通のやり取りが、傷ついたオレの心を癒してくれるようだ。

 だが、


「こらっ」

「いたっ!いだだだだだだだっ!」

「何いきなり手なんか握ってんのよ。なんだかわたしの時と反応が違いすぎない?」


 オレが感動にうち震えていると、横から耳を引っ張られた。見ればトワが頬を膨らませている。


「え~い離せ!お前のは自業自得だろうが。上げて落とすとか男心を弄びやがって!」

「なっ!あれはイチがこっちに来たばかりで不安そうな顔をしてたから和ませてあげようとしたんじゃない!」

「い~や、あれは素だったね!その証拠にジンだって似たようなこと言ってたじゃねぇか!」

「……俺を巻き込むなよ」

「クピ~……」

「百歩譲ってそうだったとしても、エルさんの手を握る理由にはならないでしょ!いやらしい!」

「うっさい。お前にはわからんだろうな。傷ついたオレの心がエルさんの優しい言葉と笑顔でどれだけ癒されたのか!例えそれが不特定多数に向けられる営業スマイルであっても!」

「……私の笑顔ってそんなに営業っぽいのでしょうか……」

「な、なによそれ!私の笑顔なんかじゃ癒されないって言うの!」

「アホか!お前の笑顔なんてまぶしすぎて、見たらオレの体が溶けるわ!……ん?」


 あれ?今何かおかしなこと言ったか?何だか聞きようによってはとても好意的に聞こえるようなことを口走ったような……と変な思考にハマりそうになったが、幸いと言っていいのか、この後すぐオレの考えはぶっ飛ぶこととなった。


「イチの……イチの……!」

「げっ!?」

「バカ~~!!」

「ぐふぉっ!!」

「「 おお~ 」」

「クピッーー!?」


 後から聞いた話、それはもう見事なアッパーカットだったらしい。オレにとって幸いだったのは吹き抜け構造のため天井が高かったこと。普通だったら天井に突き刺さって、首から下だけぶら下がるオブジェとなっていたことだろう。あとは、アインが身を挺して落下するオレを助けてくれたようだ。まああんな小さな体でキレイに助けられるはずもなく、「ぴぎゅ!!」と潰れてしまったそうだが。ホントすまん。


「イチズさ~ん?登録出来そうですか?」

「……ダメだ。しばらく目を覚まさないなこれは」

「ふんっだ!」





 30分後、ゆっくりと目を覚ますとトワとジンの姿はなく、側ではアインがぐったりとしていた。


「あれ?……いててて」

「あっ、イチズさん、気がつきましたか」

「エルさん……えっと、一体何が?」


 なんだがトワと言い争ってた記憶はあるのだが、起きたばかりのせいか最後のところがはっきりしない。


「覚えてないんですか?」

「ええ。何故かあごがすごい痛いです」

「あはは……」


 エルさんは乾いた笑いを浮かべていたが、何があったかを教えてはくれなかった。ただ、あれは悲しい事故だったんですとだけ答えた。ホントに何があったんだ?


「それじゃあ起きたので、イチズさんの登録を済ませちゃいましょうか?」

「あ、はい。……えっと、二人は?」

「ジンさんとトワさんでしたら、イチズさんが目を覚ますまで時間がかかりそうとのことで、討伐依頼に向かわれましたよ」

「は?」


 まさかの置いてきぼりだった。いや、そりゃまあ二人なら30分もあればその辺の害獣討伐ぐらいはこなせるだろうけど。


「だからって置いてかなくてもいいんじゃないか?」

「ク、クピ~……」

「まあ仕方ないですよ。トワさんも頭を冷やした方がよさそうでしたし」

「え?」

「いえなんでもありません。さ、それでは登録しますのでこちらへどうぞ」





 エルさんの案内でカウンターまでやってくる。何故だろう、あごが疼くな。


「ではこちらが登録用の用紙となります。こちらに必要事項をご記入ください。失礼ですが文字の読み書きは問題ありませんか?」

「ええ、大丈夫です」


 なんてったって神様からいただいた翻訳能力ですから。オレには日本語で書いてあるようにしか見えないし、日本語で書いてるのにちゃんと相手に伝わるのだから、この能力も大概にしてチートである。


「と言っても基本的に必要なのは名前ぐらいですけどね。他は書けるところは書いてくださいってくらいです。スキルや魔法を使える方はそれが生命線、飯の種ですからね。おいそれと情報を安売りする必要はありませんから」

「ふーん。聞いてた通り簡単なんだな」

「ええ、お金さえ出せば誰でもなれるお仕事。それが冒険者です」


 エルさんがなんだかブラックジョークっぽいこと言ってるけど、これは反応した方がいいのかな?


 とりあえず名前は書いた。スキルは言う通り書かない方がいいだろう。オレのスキルはタネがバレると対策されやすいものばかりだ。どこから情報が漏れるかわからないから、晒すのは得策じゃない。商人グスタの件もあるし、今さら感は否めないが。

 使える武器に関してはナイフとだけ書いておく。いくつも書くのはめんどくさい。

 タイプに丸をつける欄があった。前衛、後衛、回復、支援、斥候、壁、その他だ。パーティーを組む際の役割だな。


「――!(ぷるぷる)」


 ……壁って。いや、わかるけど。わかるけどさぁ。他に言い方なかったのかよ。危うく吹きそうになったぞ。

 気を取り直して前衛に丸をする。やっと少し落ちついた。


 大体こんなものだろうか。ん?


「エルさん、このパートナー申請って言うのは?」

「ああ、それはテイマーやエレメンタラーの方のためのものですね。中には魔獣や精霊といったものと契約をして戦う方がいるのですが、他の人からすれば危険かどうかの区別がつきませんから、そういった場合に申請してもらっています」

「申請するとどうなるんですか?」

「契約相手に契約者の血を混ぜて作ったアクセサリーを着けていただきます。首輪だったり、指輪だったりですね」


 アクセサリーの作成に血を混ぜるのは、そうすることによって互いに魔力による繋がりパスが出来るのだそうだ。

 繋がりパスが出来れば互いの状態を感知することが出来るようになるらしいが、これに関してはよくわからないらしい。まあ、実用的なことよりも儀式的な意味合いの方が強いのだろう。あとはさっき言ったように、無害だと知らせるための標識の意味だな。

 とにかくどんなものかはわかったので、


「どうする?」

「クピ~?」


 と、頭の上でへばったまま回復していないペンギンに聞いてみた?


「だからパートナー申請。やっとくか?」

「クピっ!?クピッピー♪」


 まあ、アインの場合どっから見ても危険には見えないし、幸運の象徴らしいから間違って倒されることはないだろうが、せっかくなのでどうかと思ったのだ。

 すると、先程までぐったりしてたのが嘘のようにはしゃぎ始めた。余程嬉しかったのだろう。この程度で喜んでもらえるなら安いものだ。こちらも悪い気はしない。


 その後、記入も終わり登録料を支払い、ギルドカードとアクセサリー作成のために血液を採取する。

 カードの方はすぐ出来るようで、数分もしないうちに持ってきてくれた。


「お待たせしました。これがイチズさんのギルドカードになります。イチズさんは現在Fランクです。頑張ってランクを上げてくださいね」

「このカード、もしもなくしちゃった場合ってどうなります?」

「その場合は再発行の手続きと手数料をお支払いいただければ大丈夫ですよ。ただDランク以上の場合、冒険者としての意識が低いと見なされてランクダウンさせられることもあります。よっぽどの場合ですけどね」

「わかりました。気をつけます」

「あと、アクセサリーの方は完成までに少々お時間をいただきますので、また後ほど取りに来ていただけますか?」

「大丈夫です。了解しました」

「クピルルル~」


 そう言ってオレは出来たばかりのカードを受け取る。これがギルドカードか。今までマンガやラノベフィクションでしかお目にかからなかったある意味伝説のアイテム。あ~、オレは本当に異世界に来たんだなと、もう何度目になるかわからない感動がこみ上げてきた。


「さてカードも作ったし、どうするかな?というかジン達はいつ戻ってくるんだ?」

「お二人でしたらあと一時間くらいかかると思いますよ」

「マジで?」

「ええ。イチズさんが起きるまでどのくらいかかるかわからなかったので、二時間くらいで帰ってこれるやつにするか、と選んで行きましたので」

「中途半端に時間が空いちゃったな。ホントにどうしようか」

「でしたら、せっかくなので何か簡単な依頼を受けていきませんか?いい時間潰しになってお金も手に入りますし、その頃にはアクセサリーも完成してるはずですから」


 なるほど。それはいい考えだ。というかエルさん勧めるのが上手いな。もしもエルさんが通販の案内とかしてたらつい買ってしまうかもしれん。


「じゃあそうします」

「はい」


 ということで、オレは異世界に来て初の冒険者としてのお仕事に向かうのだった。

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