第24話 街へ来ました

「おー、すげぇ!」


 いきなりなんの捻りもない感想で申し訳ない。しかし日本人の九割は感動した時に出る言葉はこれだと思う。


 翌日の午前中、馬車は無事街に到着した。まだ外観が見えただけだが、これまでの道中が平和すぎたためオレの心は早くも街の中へと思いを馳せている。


 この世界に来てからずっと村の中で生活していたので、こちらの街というのがどれほどの規模なのかは想像することしか出来なかったが、実際に見てみると自分の想像力がちっぽけなものだと実感できた。

 広さ自体はそれほどでもない。上から見れば長方形に近い形をしており、端から端まで一番長くても2㎞ないくらいだろう。

 だが、それでも街をぐるりと覆う高い塀、いや、壁を見ると、こんなものどうやって建てたんだろうと思えてくる。ファンタジーもののマンガなんかではよく見る光景だが、まさかここまでとは思わなかった。

 万里の長城とか見てればここまで驚かなかっただろうか。


「もっと大きな都市だと結界を張る装置があってそれで街を守るんだが、この規模の街では基本的にあんな感じの城壁だな。結界に比べりゃ防衛面で不安があるが、あれはあれで便利なんだぜ」


 オレが壁を見てるのを不安からだと勘違いしたのか、ゼノが街の守りは十分だと教えてくれた。

 なるほど。結界で護られてる街もあるんだな。どっちがいいのかはわからんが、知識として覚えておこう。いつか訪れることもあるだろうし。





「じゃあ世話になったな。またどっかで会おうぜ」


 無事街に入り、それぞれが別れる場所まで来て、オレは一応の感謝と多少の嫌がらせの意味を込めて商人グスタに手を差し出した。彼はとても嫌そうな顔をしたが、商人としてのプライドかきちんと握り返してきた。


「絶対にごめんですな。あなたには二度とお会いしたくない」

「つれないこと言うなよおっさん」

「本心ですよ」


 まあ、そうだろうな。自分を殺しかけた相手と誰がもう一度会いたいと思うだろうか。赤字にもされたしな。


「ただ……」

「ん?」

「いい勉強をさせてもらいましたよ。私もね」

「……」


 オレは言葉を失った。まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだ。

 正直な話、オレがこのおっさんを《ダウト》の実験台にしたのはおっさんの自業自得だと思う。オレ達を食い物にしようとした結果の報いだ。だが、それとオレのおっさんに対する仕打ちは。被害者でもないオレに誰かを罰する権利などないのだから。

 はっきり言えば、何かしらの形でやり返されるかもとすら思っていた。


「どうしました?ガンダが流れ弾を喰らったような顔をして」


 ハトが豆鉄砲じゃないのかよ。というかガンダって何だ?


「あ、いや、思ってもないことを言われてびっくりした……」


 オレが素直にそう言うと商人グスタはニヤリと笑った。意趣返し出来て嬉しかったのだろう。


「覚えておくといいですよ。我々商人はこの程度で潰れるほどヤワじゃない。今回のことは確かに損でしたが、。この情報を手に入れることが出来ただけでもプラスマイナスゼロと言ってもいい」


 商人にかかれば全てが商品となりうるのだから。

 そう言わんばかりの笑みを残し、商人グスタは馬車へと戻っていった。


 何だろう。終わってみれば相手の方が一枚上手でしたみたいなこの感じは。こっちの方が得したはずなんだけどな。

 やはりフィクションの主人公のようにはいかないか。


「俺達も依頼人を送っていった後にギルドに顔を出すから、もしかしたらまた後で会うかもな」


 ゼノ達ともここでお別れだ。店に無事たどり着いて完遂ということだろう。遠足は家に帰るまでが遠足ですってやつだな。ちょっと違うか?


「またね。イチにはホント感謝してるわ。おかげで少しは贅沢出来そうだし♪」

「そうだな。もしも助けが必要だったらいつでも声をかけてくれ。出来る限り力になる」


 オレが賭けの負け分を取り返したからだろう。ミラとハッターはそう言ってくれた。


「……(ヒラヒラ)」

「クピ~」


 そしてシアンはアインに手を振って、別れの挨拶をしていた。

 しかしホント仲良くなったな。旅の間も基本的にオレかシアンの側にいたし。おかげでトワが落ち込んでなだめるのが大変だった。アインのやつもいい加減トワになついてやって欲しいぜ。


 オレ達はゼノ達と別れ、いよいよギルドへと向かうこととなった。


「さて、じゃあ俺も行こうかな」

「あれ、ジローまだいたのか?」

「だからイチは俺に対して冷たすぎない!?」

「全くもってその通りだ」

「少しは否定しようよ!!」


 もうカカの実分けてやんないからなー、と言ってジローは去っていった。

 別にいらねぇし。相手もいないのにどう使えってんだまったく。


「ふふ、仲いいね」


 やりとりを見てたトワがそう言った。

 仲いいのかな?今までまともな友達がいなかったからよくわからん。ただ、


「ジローのああいう誰とでも付き合える性格は尊敬してるよ」


 それはオレには無いものだ。

 ま、ジローには絶対に言わないだろうけどな。


「何してんだ。行くぞ」


 おっと、無駄話をしすぎたな。

 オレはトワと一緒に、すでに歩き始めたジンの背を追いかけるのだった。





「こっちに来てから一月半。ついにギルドか~。やっぱ先輩冒険者から絡まれたりすんのかな?」

「それって前に話してた、らのべって物語にあったお約束ってやつだよね?」


 道すがら、オレの安易な予想にトワが異世界人らしからぬ反応をした。

 実はこの一月半、オレはこの兄妹に地球の話を聞かせていた。どんな人がいて、どんな物があって、どんな生活をしているのか。やはり異世界の文化が気になるのはどの世界でも共通だな。

 その中でも二人が特に興味を示したのが、マンガやラノベといった娯楽作品だった。

 今までの星渡りにあまり人がいなかったのか、どうもその辺りの娯楽が発展しなかったようで、二人はオレのお気に入りの作品を臨場感たっぷりに語ると、子供のように喜んでくれた。

 結果、今の二人は立派なオタク予備軍として、ある程度のフラグやお約束にはついて行けるまでになったのだ。


「確かにたまにそういうこともあるって聞くな。そう考えるとイチの世界はホントに凄いよな。全部想像で書いてるんだろ?まるで見てきたみたいだ」

「まあな。オレもまさかフィクションが本当に起こるとは思ってもなかったよ」


 虚構フィクションとは一体。

 これが現実はラノベよりも奇なりってやつだな。


「大丈夫。もしも本当に絡まれそうになっても安心して」

「ああ、そうだな」

「トワ、ジン……」


 ああ、オレは幸せだな。知り合いなんて誰もいない異世界で、この兄妹と知り合うことが出来たんだから。

 オレも世話になるばかりじゃなく、いつかちゃんと恩を返せるようになりたいぜ。


「ちゃんと致命傷になる前には止めてあげるから。安心してやられちゃって大丈夫だからね!」

「ああ、たまには俺達以外の奴とも戦わないと変なクセがつくからな。遠慮なくボコボコにされてこい」

「――」


 ……ああ、オレは幸せだな。そういえばこの二人はこんな感じだと、いつまで経っても学習しないのだから。

 いつかギャフンと言わせてやるからな。ちくしょう……

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