第23話 初めての遠出

 空は快晴、流れる風は穏やかで、本日は絶好の散歩日和と言えた。まあ、自分の足で歩いてる訳ではないがな。


「ふわぁ~~」

「ふふ、大きなあくび」

「おっと、いや、さすがに平和すぎてつい出ちまった」

「気が抜けすぎだな。そんなにヒマなら強化の訓練でもしてたらどうだ?」

「いや、こう見えてもやってるんだぜ?」


 多少言い訳がましく口にする。

 嘘ではない。オレだって時間を無駄にしないようそれぐらいは考えるのだ。

 強化は体内の魔力をコントロールする基礎の基礎だ。これを鍛えるのと鍛えないのとでは魔法の発動の速さや威力に差が出てくる。

 今までは普通に魔力を巡らせる訓練をしていたのだが、今回はちょっと趣向を変えて魔力を巡らせていたのだ。そして、これがやってみると中々に大変で、きちんと集中していないと途中で魔力の連結が切れてしまったりする。

 とは言っても、この訓練を始めてかれこれ二日。ずっとやっていればそれなりに慣れるもので、代わり映えしない景色やあたたかい気候もあってついあくびが出てしまった。

 強化?もちろん切れましたとも。オレみたいな素人に期待しないでくれ。一応またすぐに始めたけどな。


「……確かにな」


 ジンがオレの方を見て納得する。

 オレもそうだったのだが、魔力や気というものはこう、目に見えないパワーみたいのを想像すると思う。マンガみたいな視覚効果でもない限り。だが、この世界では人によっては魔力が見えるらしい。

 そしてこの兄妹は見える人である。今ジンはオレの体がうっすらと強化の光を纏っていることを確認したのだ。


「なかなか面白いことするな。けど何か意味があるのか?」


 どうも普通の人間はこういうことをしないらしい。ジンが興味を持ったのか質問してくる。


「いや、オレも明確な効果があると思ってやってる訳じゃないんだけどな」


 と前置きをして、オレは説明する。

 まあ簡単に言ってしまえばだ。

 最近はそうでもないが、昔は車などが走る際に前もってエンジンを暖めておかないと本来の性能を発揮できないと言われていたらしい。人間だって準備運動をするのとしないのとではした方が調子はいいし、体への負担も少ない。

 つまり普段から薄く強化をしておけば、いざ急な戦闘が起こったとしても即座に自分の力を100%出せるのではないかと思ったのだ。


「成る程な。達人同士の戦闘では最初の一瞬が勝負の分かれ目になることもある。そう考えれば効果はあるかもな」

「お、マジか」


 素人考えだったのだが、以外と悪くなかったようだ。


「まあ、それは達人レベルの話で、普通に生活する分には必要ないだろうがな」

「あら」


 そして安定のこのオチである。本当にこの兄妹は上げてから落とすのが好きだな。

 オレが不貞腐れていると、横から野太い声が飛んできた。


「はっはっは!残念だったなイチ」

「ゼノ。聞いてたのか」

「まあな。けど発想は面白ぇし、やってみてもいいんじゃねぇか?無駄にはならねぇだろ」


 そう言って慰めてくれるゼノ。まあ「俺もやってみるかな」なんて言ってるので、本当にいい考えだと思ってくれてるのだろう。Bランクの冒険者であるゼノは達人に片足突っ込んでるようなものだしな。


 改めて周りを見る。

 現在オレ達は森の中の街道を馬車で移動しており、ゼノのパーティーが周りを警戒している。まあそこまで気を張るものでもなく、のんびりしたものだが。

 今オレ達は街へと向かう旅の途中なのだ。


 なぜこうなったのかと言うと、




「ギルドカード?」

「ああ、さすがにそろそろ身分証が必要かと思ってな」


 先日の行商での一騒動の後、帰ってからジンにそう提案された。

 丁度収穫も終わり、しばらく休みが取れるのでこの機会にギルドカードを作ろうということになったのだ。


 また、普段なら歩いて街まで向かわねばならないが、幸いなことに今回はがあった。


「……街まで運んでほしい?」

「ああ。もちろん乗り賃は払う。適正料金でな」


 翌日、街へと帰る準備をしていた商人グスタにそう頼む。あちらからすればオレの顔など見たくもないだろうが、それでも金を払うと言えば客である。苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔で最後には了承した。


 そして、こうなると護衛であるゼノ達にも多少の報酬を渡さなくてはならない。ついでとは言え荷物が増える訳なのだから。

 だがそれに関してはゼノからいらないと言われた。

 実はあれからまた商人グスタにある質問をした。それはゼノ達との賭けの際イカサマをしたか?というものだ。

 その結果あの賭けはなかったことにされ、ゼノ達にはきちんと報酬が支払われることとなったのだ。

 よってこれ以上は貰いすぎになると、報酬なしで引き受けてくれた。


「実際いらねぇだろ。護衛なんて」


 とはジンとトワを見た際の言葉だ。

 オレはこの世界に来て、二人以外の戦う姿を見たことがないので実感がわかないが、やはり二人の強さは並みではないらしい。


「そいじゃまあ行きますか!」

「……何でジローがいるんだ?」

「ちょっ、ひどくない?第一声がそれってひどくない?」

「やだなぁ、ただの疑問じゃないか」

「ん~にゃ、今のは違った!字面からでは感じることのできない冷たいニュアンスが込められていた!」


 何だよ字面って?


「実際どうしたんだよ」

「俺も街に用があってな。ついでだから一緒に乗せてってもらおうかと思って♪」

「ゼノ~、こいつからはちゃんと護衛代ふんだくっていいからな~」

「なんかイチ、俺にだけ厳しくない?」


 うっさい。マゾ疑惑をかけられた仕返しだ。


「な~、いいだろ~。ちゃんと礼もするからさ」

「礼?」

「ふっふっふ。これをやろう」


 そう言ってジローが取り出したのは、何かの種のようだった。


「何だこれ?」

「こいつはカカの実と言ってな。これを飲めばなんと疲れ知らずの萎え知らず。一晩どころか三日三晩ヤリ続けられるって代物よ。昨日の行商の中に混じってたんだ。俺も見るのは初めてだが知り合いが使ったことがあるらしくてな、その効果たるや一度使ってしまえばもう戻れないほどの快感が得られるらしい」


 大丈夫かそれ?絶対麻薬の類いだろ。


「乗せてってくれればお前にこいつを分けてやろう。どうだ?」

「いや、いらないけど」

「馬っ鹿!お前だって男だろ!いざ事に及ぼうとしてうまく勃たなかったらどうすんだ!トワちゃんに幻滅されるぞ」

「なっ、なんでそこでトワが出てくる!?」

「はぁ?お前阿保か。あんな可愛くていい子と一つ屋根の下にいて惹かれない男がいるわけないだろ。俺も結婚してなきゃアタックしたかもしれ」

「ジロー」

「「 あ 」」


 そんな馬鹿な話をしているジローの頭が、突然鷲掴みされる。


「ジ、ジン……」

「貴様どうやら命がいらないようだな?」

「いや、今のは冗だ、って、いたっ、痛い痛い!いだだだだだだ!アッーーーーー!!」


 そのアイアンクローはジローが泡を吹いて気絶するまで続けられた。

 さすがに可哀想になったので、オレはジローの亡骸をそっと馬車の中へ横たえた。





 そんな感じで出発したのが二日前。予定では本日の夕方か、明日の昼までには着くだろうとのことだ。


 しかしまあヒマだな。最初は初めての遠出ということもあって色々楽しかったのだが、代わり映えしない景色もあってすぐに飽きた。

 異世界テンプレよろしく盗賊なんかに襲われたりするかとも思ったがそれもない。至って平和だ。オレのピンチは初日に集中してたんだな。

 あと、地味に驚いたのが馬車だ。乗り心地がいいのである。この手の乗り物はひどい揺れや乗り心地の悪さに辟易するのがデフォだと思っていたのだが、街道とはいえ舗装もされてない道をここまでスムーズに走れるとは。もしかしたらこれも星渡りによってもたらされた技術革新なのかもしれない。異世界よ、これが日本の技術だ。




 なんて、早く着かないかな~。

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