第19話 人が増えると名前を覚えるのが大変ですよね?
「お、いたいた。おーい」
ジンとの組手5セット、そしてその後にトワとの組手をもう5セット行い、疲労でぶっ倒れていると、近くを通りかかった糸目の男性からお声がかかった。
「あれ?ジローじゃん。今日何か約束してたか?」
ジンが既知に挨拶をする。
彼はジロー。この村に住む数少ない若者の一人だ。歳は18、オレとジンの一つ上。ちなみにトワは16だ。
どうでもいいけど和風というか日本風な名前が多いなこの世界は。やはり過去に召喚された
「んにゃ、特に用事って訳じゃないんだけどな?実は……ってイチ大丈夫か?」
ジローがオレに気づく。正直ダメだと答えたい。
現在オレは疲労のため動けないが、実はもう一つ理由がある。トワにやられた傷が痛いのだ。
実はこの少女、加減が下手くそだったりする。ジンのように当てるだけでは済まず、身体中が痣だらけになってしまった。
「あはは、ごめんねイチ」
本人も手加減しようとはしているのだ。しかし、戦闘中のテンションのせいか、はたまたその身に流れる獣の本能か。つい獲物を狩るかのごとく振り抜いてしまうらしい。
「なんだいつものことか。よかったな~イチ、トワちゃんみたいな可愛い子にボコボコにされるのはご褒美なんだろ?」
「なんだよそれ?」
「んにゃ、前にイチから聞いたんだけど、なんか美人とか美少女に貶されたり、苦痛を与えられることに喜びを感じるらしい」
「……イチが?」
「イチが」
違う!頼むからそんな目で見るな!
組手を始めた当初、手加減がうまくいかないトワが落ち込んでいたから、冗談めかしてオレの国にはそういう稀有な人種もいると話しただけだ。オレがそうだとは言っていない。
だが悲しいかな、疲労のため口から出るのは荒い息ばかり。オレは誤解を解くことが出来なかった。
「イチ、オレはイチがどんな性癖でも、お前のことは友人だと思っている」
やめて!こんな時ばかり優しくしないで!悲しくなるから!
「だが、もしもトワにその異常性欲をぶつけようとしたら、四肢の骨を砕いてフォレストウルフの巣に投げ込むからな」
そしてやはり安定のこの仕打ちである。
オレにそんなこと出来るわけないじゃん。そんなのは勇者の所業だぜ。そういうのはせめてお前らに一発でも当てることが出来たら言ってくれ。
「で、何かあったのか?」
「ああ、そうだったそうだった。イチの死体を見て忘れるところだった」
本当に死ぬ時はダイイングメッセージにジローって書いてやる!
「村の入口に行商が来てるぜ」
お、なんだかイベントの予感。
「あ、マリーさ~ん」
普段娯楽の少ない村だけあってこんな時は多くの人が集まる。
村の入口には行商のものと思われる馬車や荷車がいくつかあり、その周りを村人たちが取り囲んでいた。
その人だかりの中、トワが仲のいい人物を見つけ声をかけた。
「トワ、遅かったわね。また組手?」
おっとりという言葉が似合うスラッとしたスタイルの美人。それがマリーさんだ。
元々は大きな街の教会で働くシスターだったのだが、2年程前にこの村に嫁ぎに来たらしい。
言い方は悪いが、街で働いていた人がこんな辺鄙な村に嫁ぎに来ただけでも変わってるのに、その嫁ぎ先がなんとジローのところだというから驚きだ。ジローのやつどうやってこんな美人を捕まえたのだろうか?
ジローがいいやつなのはわかってるんだが、それでも正直騙されてるんじゃないかと不安になる。
「体を鍛えるのは悪いことじゃないけど、あなたも女の子なんだから、もうちょっとお淑やかにしてもいいんじゃない?」
「あはは、うん、もう少し気を付けます」
ちなみにマリーさんはトワの回復魔法の師にあたり、頭の上がらない相手だ。と言っても堅苦しいものではなく、普段のやり取りはまるで姉妹のように仲がいい。
「それで、今回はどんな感じ?」
「そうね~、今回はいつもの商人さんじゃないみたいなんだけど、その分色々と取り扱ってるみたい。普段見ないものもちらほら見かけるわ」
マリーさんの言葉に商人が運んできた荷を見ると、確かにそこには多くの品が並んでいた。
食器や洗剤、服などの生活用品。この村では手に入れにくい食材、特に海産物が多い。珍しい道具や綺麗な工芸品、宝飾の類いもある。薬の取り扱いもあるようで、医術の知識もあるのかマリーさんが興味深そうに見ている。
他にも様々な物があり、オレは地球にもあった移動するスーパーマーケットみたいな車を思い出していた。
「何か欲しい物でもあったのかイチ?」
ジンが声をかけてくる。
「物珍しいだけだよ」
詳しい内容を聞けば欲しい物の一つや二つくらい出てくるかもしれないが、ただでさえ食い扶持を増やしてしまっている状態だ。あまり我が儘を言うのも
それに、オレにはそれよりも気になることがあった。
異世界で行商なんて定番だ。当然ここまでの道のりに護衛も付くだろう。そしてその護衛は冒険者の可能性が高い。いつかは冒険者として旅をしたいと考えているのだ。現役の人間に色々と聞いてみたいと思っていた。
ジンとトワも一応資格を持ってるし、仕事をしたこともあるらしいのだが、別にそれで食っている訳ではないのでそこまで参考にならなかった。あいつら素材を売るくらいしか利用しないらしいからな。
そう思い辺りを見渡していると、少し離れた所にそれっぽい四人組がいるのが見えた。どうやら無事に村に着いたので休んでいるようだ。
オレは品々を物色している村民たちから離れ、その四人パーティーへと近づいていった。
「だから止めとけって言ったんだよ」
「っせぇな。悪かったって言ってるじゃねえか。だから俺の取り分はお前らで分けてくれていいからよ」
「そんなこと言ってどうせすぐに金貸してくれって言ってくるくせに。変にカッコつけるのやめたら?」
「……(ぽや~)」
「あの~」
「言ったなミラ!お前だって色街のガキに入れ込んで随分貢いだって聞いたぞ!しかも傑作なのがそのガキ、お前の貢いだ金で他の女と会ってたんだってな。残ったのは借金の借用書だけって話じゃねぇか」
「ちょっ、ゼノあんたいつの話をしてるのよ!はっ倒すわよ!」
「お前らやめろってこんなところで」
「……(ぽや~)」
「あの……」
「はっ、やってみな!その細腕で俺に勝てると思うなよ!」
「負け越してるくせによくそんなデカい口が叩けるわね。今日は泣いたって許してやらないわよ?」
「あ~、もう!シアン!お前もボーッとしてないで二人を止めてくれ!」
「……(へらへら)」
「あの~!!」
「「「 ん? 」」」
やっと止まってくれた。なんだコイツら。熱くなると周りが見えないタイプか?
「なんだガキ、この村のやつか?俺達に何か用か?」
先ほどゼノと呼ばれた男性が、突然声をかけてきたオレに訝しげな目を向ける。
彼がこのパーティーのリーダーだろうか?歳はパッと見三十代に見えるが、本当のところはおそらく二十代。その端正な顔に刻まれた皺や傷が、彼の人生が濃密な時間を経てきたことを物語っている。
「ええ。実はオレ冒険者になりたいんですけど、よければ皆さんに色々と教えてほしくて。皆さん冒険者なんですよね?」
オレが単刀直入にそう言うと、彼ら三人(一人はなんだか明後日の方を向いていた)は顔を見合わせて苦笑した。
「まあ、俺らに答えられることなら答えてもいいけどよ。俺達はお世辞にも大した冒険者じゃねぇぜ?それでもいいのか?」
「もちろん。どちらかと言うとトントン拍子で成功するような人の話よりも、皆さんのような冒険者からの話をオレは聞きたかったんです。あっ、悪い意味じゃないですよ?」
ちょっと言い方を間違えた気がしたのでフォローを入れる。が、特に気に障ることはなかったのか快く相談に乗ってくれた。
「で、何が聞きたいんだ?っと、その前に自己紹介か?俺はゼノ。こっちはミラ。この細いのがハッターで、そっちでボーッとしてんのがシアンだ。あと、その敬語はやめてくれ。俺達は育ちがよろしくないからな。そんな喋り方をされるとむず痒くて仕方ねぇ」
そう言って三人で「なあ」と笑い合う。
仲がいいな。先程は何か言い争っていたようだが、じゃれついていただけなのか、もしくは真剣にああいうことを平気で言い合える仲なのか。どちらにせよ深い仲なのは間違いないようだ。シアンという人はよくわからないが。
「わかった。オレの名前は一途。呼びにくかったらイチって呼んでくれ。村じゃそう呼ばれてる。こっちはアインだ」
「クピィ♪」
頭の上のアインが頭を下げる。
「あんた、それもしかして森ペンギンかい?ぬいぐるみかと思ったよ」
「俺も」
ミラの言葉にハッターが頷く。
いやいや、さすがに頭の上にぬいぐるみを置いて生活はしない。この歳でそれは恥ずかしい……え?ちょっと待って、さっきの苦笑いってもしかしてそういうこと?
人前でアインを頭に乗せて運ぶのは考えた方がいいかもしれない。
「オーケー、イチ。で、何が知りたい?」
さすがリーダー!空気の読める男は違いますね。
アインの件は検討することにして、とりあえずオレは話を聞くことにした。
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