第18話 オレの戦闘力は、貴様の足下にも及ばないだろう!

 家に帰りつくと二人が笑顔で迎えてくれた。


「お帰りイチ。待っててね、今スープを温めなおすから」

「遅かったな。もう食い終わっちまったぞ。しっかしひどい格好だな」


 いや、片方は笑顔というか笑いをこらえてるだけだ。

 ジンの言う通り、今のオレはひどい格好だ。全身ずぶ濡れの泥だらけ。擦り傷切り傷があちこちにあり、木の枝や葉っぱが頭やら背中やらにくっついていることだろう。

 あれから30分が過ぎた。当然オレは朝のおかずが一品増えることもなく、それどころか朝食の席に遅れる始末。わざわざオレの分を温めなおさせたりと、トワの手間を増やしてしまった。すまん。


「それで、獲ってこれたのか?」


 ジンがそんなオレの現状などどうでもいいと聞いてくる。もう少し優しくしてほしい。


「表で吊るして血抜きしてるよ……」

「おっ、ちゃんと狩ることは出来たんだな。これで戦果ゼロだったら笑えたんだが」


 もう笑ってるじゃねぇか!

 くそぅ、これでも結構命懸けだったのだ。都合よく狼を見つけたところまではよかったのだが、仕留めるのに時間をかけていると狼の仲間がどんどん集まってきたのだ。最終的には20~30匹くらいに囲まれただろうか、よく生きて帰ってこれたものだ。


「とにかく、イチは体を洗ってきたら?その間に朝ごはん用意しておくから」

「すまん。ありがとう」


 確かにこの格好で席には着けないな。お言葉に甘えて風呂場に向かうオレの背中に悪魔の言葉が投げられた。


「ちなみに、イチのおかずは一品貰っといたからな。賭けってそういうもんだろ?」

「ちくしょぉぉ~!!」


 やはりフラグなど立てるべきではなかったようだ。ぎゃふん!





 昼過ぎ。

 朝の騒動の後、午前中は村の人達の畑の手伝いや、体を悪くしてしまった人などの介護がオレの仕事だ。と言ってもそこまで大変なものではなく、まだ慣れきっていないオレは補助の補助といったところで、むしろ迷惑にならないよう少しずつ仕事を教わっている。


 それらの仕事が終わり、今は家の裏手でジンとトワの組手を眺めている。組手といえどこの二人がやるとどこまで本気かわからない。武器も木製のものではなく、真剣を使うから尚更だ。実際に二人ともいくつも傷を負っている。


「ハアッ!」

「ふっ!」


 基本的にはトワが攻めてジンが守る形。時折ジンのカウンターに捉えられそうになるが、トワも紙一重で躱す。

 トワはいつものハルバード、ジンはナイフを2本使っている。オレのナイフもジンから教わったものだ。その動きには天と地ほども差があるが。あと、ジンの武器はナイフだけではなかったりする。


 ギンッという高い音がして、ジンのナイフが弾かれる。トワのハルバードのような大型の武器を受けるには、ナイフでは難しいのだ。

 だが次の瞬間、ナイフが光に変わりジンの指に嵌まっている指輪に吸い込まれ、また次の瞬間にはジンの手には先ほどのナイフではなく、槍が握られていた。


「せいっ!!」

「クッ!」


 ジンの指輪は、以前見たトワのハルバードを出し入れしていた指輪と似ているが、こちらの方がオリジナルである。

『千変万化』という魔導具で、その昔ご先祖様が勇者と関わったことがあるらしく、その際に貰った物らしい。

 魔力を一定量込めることにより様々な武器を生み出せるという代物だ。例え武器が壊れても魔力が続く限り補充することができる。トワの指輪はそれを模した物で、言い方は悪いが劣化品だ。と言っても出せる武器がハルバードだけという程度で、それ以外はオリジナルに近い性能だというのだから破格なのは間違いない。


 5分経過したところで二人の組手も終わりを迎える。あれだけ動いていたくせに二人ともほとんど息を切らせていない。これが実力によるものなのか、獣人という種によるものなのか、はたまた両方か。いずれにせよ素人のオレには「すげぇなー」という馬鹿みたいな感想しか出てこない。


「すげぇなー」


 実際に言ってみた。


「お前こっちに意識向けるのはいいけど、ちゃんと集中しろよ?ミスっても知らねえからな」

「そうだよ。強化は基礎の基礎だけど、だからこそ差が出やすいんだからね」


 組手でついた細かな傷を癒しながら、二人から注意を受ける。

 そう。もちろんオレもただ見ていた訳ではない。

 体内の魔力を循環させる。それがオレの目下の鍛練である。

 言ってみれば強化を維持し続けるということなのだが、これが中々にキツい。これをすることにより魔力の総量が増えたり、魔法を使う際の消費量を抑える訓練になるらしいが、流れる魔力が大きければすぐに枯渇するし、小さいとうまく全身に巡らない。巡らないと強化として成り立たない。バランスが大事なのだ。


 ちなみに、初めてこれを教わった時は30秒もたなかったのだが、毎昼、毎晩とヒマさえあればやっていたおかげで、今ではそれなりの時間キープできる。頭にアインを乗せ続けても首を痛めることはない。今も乗ってたりする。

 まあ、動きながらキープできるかはまた別の話なのだが。


「大丈夫。ちゃんと集中してる」

「よし、じゃあそのまま続けろ。トワ、代われ」

「うん」


 トワがこちらに来る。選手交代だ。


「ほら降りろ」

「クピ」


 オレの言葉に素直に降りる。トワがアインに触れようと近づくが、ペンギンとは思えぬ俊敏な動きで逃げられてしまった。


「あ~ん、なんで~?」


 あいつ、なかなかトワに馴れないな。ジンにはそこそこ馴れたのに。まだしばらくトワの片思いは続くようだ。


「よし、じゃあいつも通り5分5セット、休憩1分な」

「了解」


 そう言って構える。

 先ほどのトワとの組手とは違い真剣は使わない。オレはナイフの長さに仕立てた木の棒を。ジンは『千変万化』で刃を潰したナイフを作り出す。便利な道具だ。


「はじめ!」


 トワの合図。

 同時に駆け出す。向かいあった時の距離は数メートルあったが、強化時であれば一歩で詰められる。

 狙いは首筋。瞬時に間を詰めたオレは勢いそのままに首を薙いだ。が、


「馬鹿正直に真正面から狙うなって言ったろ。余程差がないか、虚を突かないとうまく行きっこねぇんだから」


 ジンに余裕で受け止められる。勿論それは折り込み済み。基本ナイフでの二刀流の場合、一手目は囮だ。本命は二太刀目。オレは相手の意識を上半身に向け、もう一方で相手の機動力を削ぐため足を狙った。


「遅い」


 だがそれも通じない。軽く躱され、ついでに二の腕にちょん、とナイフを当てていかれた。当然本気なら切れてたという意思表示だ。

 気にしない。彼我の実力差などわかりきっている。この組手の目標は、まず一手当てることだ。

 再度ジンに迫り、今度はフェイントを入れながら逆方向に回り込む。一瞬フェイントに目が行ったためこちらの動きを追うのが遅れ、さらに見えにくいよう下段から逆袈裟に切り上げるが、それすらも躱してみせる。背中に目でもついてんのかこいつは。

 そしてまた一太刀当てていく。


 基本的にこれの繰り返し。オレの攻撃をいなし、躱し、当てていく。オレが待ちに切り替えれば瞬時に間を詰め、武器をはたき落とし急所に当てる。これで使ってんだから嫌になる。


 最初の目標が一手当てると聞いた時は楽勝だと思ったが、組手を始めて約一月、オレはゴールの遠さに目眩がしそうだった。




「そこまで」

「ぶはぁ!はあ、はあ……」


 濃密な5分がようやく過ぎ去り、オレは息も絶え絶えに倒れこんだ。今回も当てることは出来ず、逆に何回殺されたか数えるのも嫌になる。


「よーし、1分休憩したら次槍な」

「はぁ、はぁ……なぁ、前から聞きたかったんだけど、はぁ、そんな色々な武器を使わせるよりも、まずは、一つの武器に集中した方が、いいんじゃないか?」


 そう、この組手、5セット全て別の武器を使う。最初の頃はオレがどの武器と相性がいいのか、その適正を見てるんだと思ったが、どうやらそんな感じではない。

 さすがに一月も経つと気になったので聞いてみた。時間稼ぎではない。


「イチは器用だからな。戦いってのはどんな状況になるのか予想がつかないから、選択肢は多い方がいいだろ?」


 なるほど。確かにそうかもしれない。様々な武器を使えれば様々な状況に対応できる。もしも武器をなくしても、その場に別の武器があれば即座に復帰できるだろう。

 だが言わせてほしい。


 そんなことができるのはお前だけだ!!


 一緒にしないでほしい。オレは器用は器用でも器用貧乏なのだ。ジンと同じレベルに到達するのは不可能と言ってもいい。

 悪いことは言わない。ここはおとなしく一番相性の良さそうなナイフの扱いを、せめて人並みになるようにした方がいい。


「よーし、始めるぞー」

「はぁ……お~」


 だがしかし、所詮居候には拒否権などないのだった。

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