第17話 こちらの生活にも慣れてきました
朝、ほとんど日の出と同時に目を覚まし自分の寝床から這い出る。
「クピ~~……」
「こいつホントに朝弱いな」
何度布団を剥ぎ取ろうとも、モゾモゾと布団の中に入る様は、冬眠のため巣穴にもぐる熊のようだ。
そもそもペンギンのくせに布団で寝るとは、色々と間違ってる気がするぞ。
「もうほとんど野生じゃないけどな」
こいつの朝はいつもこんなものだ。放っておいてさっさと仕事をしよう。居候に惰眠を貪る資格などないのだから。
あれから一月半が経った。ジンとトワは約束通りオレを殺さず、また様子を見るとの言葉の通り、二人の家に居候させることでオレが不審な行動をしないか見張っている。
まあ見張っているといっても目を光らせていたのは三日ばかりで、以後はあってないようなものだった。五日目に「ちょっと散歩してくる」と言うと「気をつけてな」と言って見送ってくれた。いいのかそれで?
世話になってる身でこういうことを言うのはどうかと思うが、いつか騙されるぞあの兄妹。
「おはよ~」
「おはようイチ。アインは?」
「寝てるよ。いつも通りあと30分は起きてこないな」
部屋から出ると、トワがすでに起きていて朝食の用意をしていた。
朝からこんな美少女がご飯作って迎えてくれるなんて、オレはもう一生分の運を使い果たしたなきっと。地球にいた頃じゃ考えられないことだ。文月?あいつが料理したらまず何が混ざってるか疑うね。
あと、ペンギンに名前がついた。
最初の日以降、オレに付きっきりで帰ろうとしないペンギンにトワが尋ねると、このまま一緒にいるという意志を示したのだ。簡単に言うとペット志願だな。
そして、そうなると名前が必要ということになり、みんなで考えた結果、トワの「そんなになついてるんだから、イチの名前に近いのがいいんじゃない?」という意見にペンギンがスタンディングオベーションしてしまい、オレの名前から取ることになってしまった。だから、あいつは何故そんなにオレになつくのかと。
まあ、オレの名前から取れるとこなんて
音の響きがキレイだしカッコいいと、本人にも周りにも高評価をいただいた。やはりドイツ語はオタク心をくすぐるな。
「ジンは?」
「起きてるよー。裏で薪割ってるんじゃない?」
「りょーかい。こっちは何か手伝うことある?」
「大丈夫よ。ありがとう」
作業の手を止めることなく受け答えするトワ。その動きは慣れたもので、熟練の主婦のように淀みのないものだった。
言葉通りオレが手伝う必要などなさそうで、むしろ手伝えば足を引っ張ってしまうだろうことがよくわかった。
オレは大人しくジンのもとへ向かうことにする。
表へ出れば、コーン、コーンと薪を割る音がリズミカルに響いており、裏手を覗いてみれば、この家の主が汗一つかかずに大量の薪を量産していた。
「お、イチおはよう。今日も早いな」
オレに気づいたジンが手を止め挨拶してくる。なんだろう、自分より早く起きてる人間に褒められても、なんとなく負けた気しかしないのは。まあそうは言っても、これ以上早く起きるとオレの調子が上がらないので、もっと早起きしようとはならないのだが。
「おはよう。何か手伝うことあるか?トワの方はいらないって言われてな」
「ゆっくりしてりゃいいのに。お前昨日もどうせ遅くまでやってたんだろ?」
「オレの故郷じゃ、働かざる者食うべからずって言葉があるんだよ。それにそこまで遅くって訳でもない。日が変わる前には寝たさ」
「そうか。と言っても、こっちももうほとんど終わりだしな。朝飯が出来るまであとどれくらいだ?」
「遅くても15分くらいかな」
そう言うとジンは少し考えた後、こちらに頼み事をしてきた。
「じゃあパパッと肉獲ってきてくれ。確か残り少なかったはずだ」
「マジかよ……」
まさか朝っぱらからそんなことを頼まれるとは思わなかった。
ちなみにここで言う肉とは家畜ではない。森にいる野生の動物のことを指す。この辺りなら狼が多いだろうか。
つまりは今から15分以内に狼を狩ってこいと言ってるのだこいつは。
「15分ありゃ楽勝だろ。トワなら10匹はいけるな」
あの化け物(褒め言葉)と一緒にするな。ちなみに振り分けは、ポイントまでの移動と索敵に5分、殲滅に30秒、まとめて運ぶ準備に5分、帰って来るのに5分だ。30秒は誤差です。
「というか、あいつら単独行動することなんてないじゃん」
そう。件の狼――村の人達はフォレストウルフと呼ぶ――は必ず群れで行動する。少なくても三匹だ。それ以下は見たことがない。
要するにそいつらを狩ろうと思うなら、最低でも三匹と戦うことになる。朝からそんな激しい運動はしたくないんだけどな。
しかし、居候にはここで断るという選択肢はない。
「わかったよ。けど持って帰るのは一匹でいいよな?それ以上は15分じゃ無理だ」
「ま、そこまで無理は言うまい。時間内に帰ってこれたら俺のおかずを一品分けてやるぞ」
この野郎、出来ないと思ってやがるな。確かにやれない可能性の方が高いのだが、ここまで言われるとちょっと見返してやりたい。
「言ったな。おかず一品せしめてやるから後悔するなよ」
自分の得物を取りに部屋に戻る。ナイフを2本、ベルトのホルダーに着け準備完了だ。
時間が惜しい。狩りはもう始まっているのだ。だが家を出る前に一つ、
「トワ、今から狩りに行ってくる。朝食は15分後に出るようにしてくれ」
ジンには遅くても15分と伝えたが、もっと早く朝食の用意が終わる可能性もある。そしてあいつのことだから「おいおい話の流れから言って朝飯ができるまでに決まってるだろ」とか言い出しかねない。その場合、狩りに成功してもオレの負けだろう。
そうならないよう布石を打つ。
「はいはい。期待しないで待ってるわ」
オレの説明も何もない簡潔な言葉だけで理解したのか、トワは特に聞き返したりはしなかったが、兄と同じくオレには難しいと思ったのだろう。苦笑混じりにそんな言葉を返してきた。
くそぅ。見てろよ。
表へ出ると同時に身体中に魔力を巡らせる。
《身体強化》だ。この世界ではとにかくこれが出来ないと外に出るのは危険すぎる。オレもここで生活するにあたって、トワ達から一番最初に習ったのもこれだった。
強化によってオレの身体能力は普段の何倍も引き出せるようになる。本気で走れば数分で数キロ先の狼たちの生息地まで辿り着けるだろう。
「ぎゃふんと言わせてやる」
そう言って速度を上げる。急がないと15分などあっという間だ。
オレは全力で森に突っ込んだ。
ちなみに、この台詞は大抵言った本人が言うことになるが、まあフラグとかお約束って大事だろ?
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