第16話 楽しくなるといいな

「はぁ~~……」


 と、ジンが大きなため息をついて手近な椅子に腰掛けた。ひどくお疲れのようだ。話の流れから言ってオレのせいっぽいが、オレとしては若干ズレてるかもしれないがそこまでおかしなことを言ったつもりはない。

 多分日頃から苦労してるんだろう。


「なあイチ、お前他人から変わってるって言われるだろ?」

「たまに?」

「おかしいって言われたことは?」

「た、たまに」

「友人に変わったやつは?」

「……変わったやつしかいない」

「はぁ~」


 またため息をつかれた!

 しょうがないだろ。そもそもはっきり友人と言えるのがあの双子しかいないし、あの二人もオレのこと変わってるとか言うし、あの二人を普通のカテゴリーに入れたら地球の歴史が変わっちまうよ。


「お前の感覚が普通と違うのはよくわかった。それを踏まえても100%信じることは出来ないが、少しは様子を見てもいい」

「じゃあ」

「即座に殺さねぇってだけだ。お前が俺達兄妹にとって危険だと思ったら、すぐに息の根を止めてやるからな」

「ああ。ありがとう」


 色々と紆余曲折はあったが、なんとか二人からわずかながらの信頼を勝ち取れたらしい。

 あとはオレの努力次第だな。


「じゃあオレはちょっと出てくる。お前はここにいていいが、おかしな真似はするなよ」

「どこ行くんだ?」

「お前に言ってもしょうがねぇけどな。モンスターを退治した報告だよ。さっきはほとんど説明もせずに来ちまったからな。トワ、お前も来てくれ。実際に倒したお前の口から説明した方がいいだろ」

「うん」


 そう言って二人は出ていった。いきなり他人ひとに置き去りにされるとか難易度高ぇな。

 おかしな真似はするな?足が痛くて動けませんよ。

 それに今日は色々ありすぎたせいで流石に限界だ。オレはそのままベッドに倒れて意識を手離すことにした。

 薄れゆく意識の中、最後に思ったのは、


(まだ歯みがいてねぇや)


 だった。








 太陽ももう沈みかけ、辺りが闇に包まれようとする中を兄さんと二人、村長さんの家へ向けて歩いていく。

 この辺りは街や王都とは違い、夜に灯りはない。せいぜいが家々から漏れ出る光や、玄関に設置された燭台に置かれた光石の明かりくらいのものだ。

 村自体もそこまで広いわけではなく、村民も皆慣れているため、特にそのことで不満を聞いたことはない。


 今、村長さんの家ではアレクおじさんが待っている。アレクおじさんの家族は、先日森で遊んでいるところをあのモンスターに襲われた。助かったのはおじさんだけだ。ミリアおばさんも、まだ幼かったエマもミアもみんな殺された。

 ミリアおばさんは今度料理を教えてくれると約束した。エマとミアはまた遊ぼうねと別れた。それが果たされることはもう、ない。

 早く教えてあげよう。例えモンスターを倒しても三人が帰ってくることはない。それでも、アレクおじさんの憎しみが、三人の無念が、少しでも晴れてくれればいい。そう思った。


「トワ、イチのことどう思う?」


 道の途中、兄さんが口を開いた。どうやらイチのことを考えていたみたい。

 イチ。不思議な存在だ。星渡りを初めて見たけど、みんななのかな?

 最初に見たときは傷だらけで、虫の息で。それでも必死に抵抗した痕がそこかしこにあった。生きようと足掻いていた。

 それなのに、わたしが相手の時はその必死さがなかったように思う。森ペンギンが庇ったら逆に遠ざけたし、せっかく背後を取ったのに何もせずに気絶した。正直意味がわからない。

 極めつけは先ほどの話だ。


「嘘をついたら死んじゃう、ねぇ?」

「本当だと思うか?」

「確かに嘘はついてないと思うけどね。兄さんもそうでしょ?」


 イチにはああ言ったが、実のところわたし達はそこまで疑っていなかった。

 人が嘘をつく時には大抵体に反応が出る。呼吸、発汗、動悸、脈拍、目の動き、体を触るなど様々な反応が。

 そしてわたし達は獣人だ。人よりも何倍も感覚が鋭い。もしもそれらの反応があれば見逃したりはしない。イチほどでなくとも嘘は見破れるのだ。

 その感覚を信じれば、イチは少なくとも嘘をついていない。もしくはそう信じ込んでいるということになる。


「そうだな。少なくとも本人の言うとおり、バラすつもりはないんだろう。今のところは」

「今のところ?」

「ああ。どれだけ言ったところで、結局は追い詰められた時に言うか言わないかだ。こればかりはその時にならないとわからん」

「じゃあどうするの?」


 そう聞くと、


「まあ、さっき言った通りしばらくは様子を見よう。どちらにせよアイツの人となりを知らないと判断できないしな」

「兄さんも結構お人好しだよね?」

「何言ってんだよ」


 兄さんは鼻を鳴らして否定するが、伊達に16年妹をやっていない。間違いなく兄さんはお人好しだ。

 わたしにはこれから先の展開がなんとなく予想できた。

 様子を見るためとはいえ、人は関わっていればそれなりに情が湧くものだ。イチが悪い人間でなければなおのこと。

 そして、お人好しの兄は一度情が湧けばもう見捨てることは出来ない。多分何だかんだ言いながらも助けちゃうと思う。

 それに、なんとなくだけど二人は似てる気がする。きっと馬が合うんじゃないかな?本当になんとなくだけどね。


「ふふっ♪」

「楽しそうだな?」

「そう?」


 わたしも少し浮かれているみたい。やっぱり日常に変化が起こると、少しはワクワクするものなのかな?モンスターみたいのはお断りだけど。


 明日はおばさんたちのお墓参りに行って、イチに村を案内してあげよう。生活に必要なものだって用意しなきゃいけないし、この世界のことも色々と教えてあげなきゃ。


 わたしは明日から忙しくなるなと思い、けれどもその変化を悪くないと感じながら、兄と二人村長さんの家へと歩いた。

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