第14話 もうやめて!オレのライフはゼロよ!

「そろそろ村に向かいましょ。さすがにこのままだと日が暮れちゃうわ」


 トワが木々の隙間から見える空を見て、そう言ってくる。さすがにいきなり野宿は勘弁してもらいたいので、特に反対することなく頷いた。

 ただ問題は、


「どう?歩けそう?」

「よっ、と……ぐぁっ!ぇ~」


 足がまだ治ってないことだ。

 話してる間ずっとトワが回復魔法をかけてくれてたおかげで、最初よりも全然マシになったが、それでもまだ立って歩くのはキツそうだ。なんだか治療の甲斐がない感じがしてとても申し訳ない。トワだって長時間の治療で疲れてるだろうに……いや、全然疲れてなさそう。あれ?フィクションだと回復魔法ってすごい魔力とか体力を使うイメージがあったんだけど、この世界ではそんなことないのかな?


「その様子だと、まだ歩くのは無理そうね」

「ごめん」

「イチは悪くないんだから謝らなくていいよ。どっちかと言うと、原因はこっちなんだし」


 そう言って、ちょっとバツが悪そうな顔をする。


「とは言っても、さっきも言ったけどこのままだと日が暮れるし、そうすると兄さんが大げさにして捜索隊を作っちゃいそうだし」


 どうやらトワの兄は相当な兄馬鹿のようだ。ため息をつく表情が歴史を物語っている。


「じゃあ、とりあえずトワだけでも戻って無事を知らせてくれば?申し訳ないけど、その後迎えにきてくれればオレはそれでいいし」

「そんな状態で置いてける訳ないじゃない。さっきみたいなモンスターはそうはいないけど、野生の獣だっているし、動けないイチなんて餌にしかならないわよ」


 おおう、自分の身の安全を考えてなかった。あんな目にあったってのに、まだちょっと地球にいた感覚が抜けてないな。平和ボケしてる。


「じゃあどうする?」

「悪いけど運んでいくわ。それが一番速いし楽だもの」


 そう言ってトワがオレを持ち上げようとする。だが、


「ちょっ、待って!待って!」

「なに?イチってそればっかりな気がするんだけど」


 こちらの常識とそちらの常識の擦り合わせが出来てないだけです!というか、いきなりお姫様抱っこされそうになったら誰だって戸惑うわ!


「せめておんぶになりませんか?」

「なんで敬語?嫌よ、めんどくさいもの」


 そう言うとトワは問答無用でオレを抱き上げた。

 下半身パンツ一丁の男が、女の子にお姫様抱っこされるとか、


「うっ、うう。もうお嫁に行けない」

「何馬鹿なこと言ってんのよ。ほら、行くよ~」


 トワはオレの冗談には付き合ってくれず、背後の方に声をかける。

 何かと思いそちらを見れば、そこには木の影に隠れてこちらを覗いているペンギンの姿があった。


「あ」


 やべっ、忘れてた。


「わたしのこと苦手かもしれないけど、どこかに乗るか掴まるかしてくれない?じゃないと多分置いてっちゃうし」

「クピィ~」


 トワの言葉に返事はするものの一向に近づいてこないペンギン。どうしたんだ?さっきまであんなにへばりついてたのに。


「?」

「イチが蹴っ飛ばしたから嫌われたと思ってるのよ。一応気を失ってる時にわたしが説明したんだけど、どうしても近くに来ないの」


 マジか。オレが目を向けるとペンギンは一瞬ビクリと体を硬直させたが、意を決してトトトトと近づいてきた。


 そうだよな。さっきは切羽詰まってたとはいえ、そして助けるつもりだったとはいえ、いきなり蹴飛ばしてしまったのだ。

 オレはまず何よりも先に謝らなきゃいけなかったんだよな。


 トワに一度下ろしてもらうよう頼み、上から見下ろす形ではなく、ペンギンと視線を近づける。足が痛くて不恰好な座り方になったが、それでも誠意を込めて頭を下げる。


「ごめん。お前はオレを助けてくれようとしただけなのに、あんなことしちまって。本当にごめん」


 それだけを告げた。

 ペンギンは特に何も言うことはなかったが、さらに一歩オレに近づくとそのままピョンと胸の中に飛び込んできた。


「クピィ♪」

「これは、仲直り出来たと思っていいのかな?」

「さあ、そうなんじゃない」


 そうトワに尋ねると、トワも笑顔で答えてくれた。






「着いたよ。あそこがわたし達の村、ユルグだよ」


 家に帰り着いた子供のように朗らかに、そう紹介してくれるトワ。


「お、おう・・・」


 しかし生憎とこちらはそれどころではない。体はガタガタと震え、脂汗がダラダラと流れている。運ばれてる最中に容態がひどくなった・・・わけではない。

 単純に怖かったのだ。

 どうか想像してほしい。森の中、恐ろしい速度で木々は後ろに流れていき、何が楽しいのかトワは時々鼻唄混じりに踊るように回転し、その度に重症の足が木に当たりそうになった。いや、実際に二回ほどかすっている。あまりの痛みにうめき声をあげることも出来なかったので、トワは気づいてないだろうが。

 街道に出れば少しは怖くなくなるだろうと思ったがそんなことはなかった。この女さらにスピードを上げやがったのだ。

 地球には車がある。電車だって新幹線だってある。そういった物に乗ったことがない人間よりは速さに耐性はあるだろうと、そう思っていた。だが、オレは知らなかった。それらは全てなのだ。生身の状態で高速に晒される恐怖というものは比べ物にならない。

 想像するのが難しければ、体を固定せずにジェットコースターに乗ってみればいい。きっとわかっていただけるはずだ。

 そんな物におよそ15分。今オレは生きている喜びを噛み締めている。


「も~、だらしないなぁ。男の子でしょ」


 断言するがだらしなくなんてない。あれが平気なやつなんて、オレの周りでは樹雷くらいのものだ。



 さすがに村が近づけば最早走る必要はなく、ゆっくりと歩いていく。

 パッと見た限りでは特に門のようなものもなく、そのまま村に入れるようだ。防犯はどうなのかと思うが、何の対策もしてないなんてことはないだろう。一応入口以外は柵や塀で囲っているようだし。


「ん?」


 よく見ると入口の所に数人集まっている。


「あれってもしかして」

「まったく、もう……」


 トワが言ってた捜索隊だろうか?確かに時間的にはそろそろ夕方だ。空にも朱色が混じり始めている。

 だとしても少々心配しすぎじゃないか?

 トワは強い。なんせあの化け物を一瞬で倒せるほどなのだ。子供のお使いではないのだから、多少帰りが遅くともそこまで心配するほどではないと思うが、


「ん?なに?」


 いや、やっぱり心配だな。強い弱いじゃなく女の子なんだから。

 別にこれは男女差別ではなく、男ってのはそう考えてしまう馬鹿な生き物なのだ。うん、オレにはトワのお兄さんの気持ちがわかる。


 こんなにカワイイと心配だよな、やっぱ。




 そのまま歩いていくと、入口にいた人のうち何人かが近づくオレ達に気づいたようだ。男性が一人こちらに向かってくる。


「トワ~!」

「兄さん!」


 どうやらあれがトワの兄のようだ。なるほど美形なのは遺伝らしい。というか、オレの周りの兄妹って美形しかいないのだろうか?すごいなオレ。エロゲーの主人公みたいだ。

 まあ、たまたまだろうけどな。


 というか、この体勢で会うのは辛いな。仕方ないとはいえお姫様抱っこて。恥ずかしすぎる。


「トワ。良かった無事だったか……って誰だ!テメーは!!」

「ちょぉっ!?」


 オレがどうしようかと考えている内にすぐそこまで来ていた兄は、トワの無事に安堵するのと同時、下半身パンツ一丁のあからさまに不審人物に対し、腰に付けていたナイフを投げ放った。


「ちょっとやめてよ兄さん。この人怪我してるんだから」

「よーし、わかった。オレが止めをさしてやろう」


 トワが何でもないようにナイフを避けたので助かった。あれ完全にオレに当たるコースだったよね?


 妹に続いて兄にも殺されかけるのか。オレ、今日何回死にかけてるんだろう?

 どうかこれで打ち止めでありますように。

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