第12話 反動

 あれは、いつの頃だっただろうか。


「なあ、いっちゃんはさ、何で俺と一緒にいるんだ?」

「は?なに急に?いたら迷惑だったか?」


 そいつは悪いことをした、と離れようとすると、樹雷に思い切り腕を掴まれた。


「わ~!?違う違う!ごめん。そういう意味じゃないんだって!」

「いだだだだだだっ!!痛いっ、痛いって!わかったから離せ!」


 そう言うと樹雷はハッとして、即座に腕を解放してくれた。

 あ~、びっくりした。


「……」

「で、なに?急に変なこと聞いてきて。また前に言ってた姉ちゃん、文月だっけ?そいつに何か言われたのか?」

「いっちゃんは何で怒らねぇの?」

「は?」


 なんなんだコイツはさっきから。聞きたいことをコロコロ変えてきて、オレはどう答えればいいんだ?


「最近さ、周りがおかしいんだ。俺のこと怖がってるっていうか、こないだなんて武田に挨拶して肩をたたいたら、すげー怒られたんだ」

「ふ~ん」

「ちょっ!?なんか他人事じゃね!」

「だって他人事だろがよ。結局何が聞きたいんだ?」

「えっと、だから、いっちゃんは何で俺みたいのと一緒にいてくれるのかなって」


 やっと本題に入った。樹雷は思いついた事からポンポンくちに出すから、質問がとっ散らかるんだよな。

 一緒にいる理由?決まってる。


「楽しいから」


 それだけだ。

 いつからかはもう忘れたけど、オレは何をしても楽しいと感じることがなくなった。何もかもが退屈で世界が色褪せて見えた。

 子供の精神年齢が上がってきてる昨今、ちょっと早めの中二病にかかっただけのように大人には見えたかもしれない。オレもそう思った。少し経てば落ちつくかもしれないと。

 中学に上がっても何も変わらなかった。勉強が少し難しくなっただけだ。

 オレは諦めて退屈を受け入れた。


 ある時、樹雷と出会った。学校の廊下を歩いていたら樹雷が天井に張り付いていたのだ。まるで忍者のように。


「は?」


 間抜けな声が出た。何だあれは?

 近くに体育教師がいて誰かを探しているようだった。うん、間違いなくコイツを探してる。コイツは隠れようとして天井に張り付くことを選んだのだ。


 オレはその光景を見て笑った。教師が突然笑いだしたオレを見て不審そうにしている。

 久しぶりに自分の笑い声を聞いた。それがひどく嬉しかった。

 それだけだ。


 ただ、樹雷としては納得のいく答えではなかったようだ。いつもの態度からは考えられないほど不安そうにしている。


「けど、俺といるとそのうち怪我させちまうかも。今のだって……」


 先程掴んだ腕を指さす。


「ん?大丈夫だろ。骨にはいってないよ」


 多分、痣にはなるだろうけど。


「骨にはって、やっぱり結構痛かったんじゃねぇか……」


 樹雷も幼い頃から身体能力が異常だったわけではない。おかしくなり始めたのは中学に入ってからだ。そしてその頃から周りが樹雷と距離を置きはじめた。口ぶりからして、誰かを怪我させてしまったことがあるんだろう。


「やっぱり、俺の近くにいない方がいいよ。このままじゃ、いつかヤバいことに……」


 またか。どうやら世界ってのは本当にオレのことが嫌いらしい。またオレから楽しみを奪うのか。

 ふざけやがって。


「なあ樹雷、お前はオレを怪我させたいのか?」

「そんなわけない!けどこのままだと――」

「だったら気にするな!お前が自分の力を不安に思ってるのは知ってるし、怪我させないように気を使ってるのも知ってる。これで怪我したらただの事故だ!」

「でも」

「うっさい黙れ。いいか、お前が他人が怪我することなんかどうでもいいと思ってんなら初めから友達になろうとなんかしねぇ。お前に言われなくてもソッコーで距離を置くさ。そしてオレはお前に気をつかってるわけじゃない。オレはオレのためにお前の近くにいるんだ。お前といると退屈じゃなくなるからな。だからお前がオレと一緒にいたくないってならともかく、そんなくだらない理由でオレの邪魔をするな」

「邪魔って」

「わかったか!!」

「わかりました!!」

「よし、じゃあ帰ろうぜ。早く帰らないと、また前みたく文月ちゃんが拗ねるんじゃねえの?」


 言いたいことを言いきって、肩をポンとたたく。

 樹雷は勢いで誤魔化されたせいかポカンとしていたが、次第に理解出来たのだろう。嬉しそうな顔をしてついてきた。


「なあなあいっちゃん、帰りにラーメン食ってこうぜ!奢るからさ」

「言ったな。前みたいに財布の中身を忘れたとか言うなよ?」

「大丈夫大丈夫♪」


 こうしてオレは世界から一つ楽しみを奪い返した。

 今思えばこの頃からだな。樹雷に本格的になつかれたのは。









「……ん、くっ……」


 どれくらい眠っていたのか、なんだか夢を見ていた気がするが思い出せない。ただ懐かしい感じがした。

 意識が戻ると、再度痛みが襲ってきた。『先手必勝』の反動だ。


「くぁっ――」

「大丈夫?」

「――え?」


 痛みに呻くと頭上から心配する声が降ってきた。覚醒直後で働かなかった頭がようやく仕事をしはじめる。


 とりあえず生きてるってことは、あの後トワはオレを殺すことはなかったようだ。それはよかった。

 そして、今オレはトワに膝枕され看病されていたようだ。どうりで頭の下が柔らかいと思った。

 だが、肝心のトワの顔が見えない。いや、別に変なこと言って煙に巻こうってんじゃなくて、物理的に見えないのだ。ほら、アレが大きい女性って階段下りる時苦労するって言うじゃん?そのせいです。

 そっかー、そんな女性に膝枕されるとこんな景色が見られるんだなー。いやむしろ見えないのか?なんて逃避してる場合じゃない。オレが目覚めたことに気づいたトワが確認しようと前屈みになろうとしてる。


「ストップ!ストップ!スト~ップ!!」

「えっ?」


 オレの声に急停止するトワ。

 危なかった。あのままだと大変なことになっていただろう。前屈みになるということは、当然アレが近づくということだ。あの双子山が!

 ヘタレと言うことなかれ。今オレはスキルの反動で動けないのだ。そんなところに双子山がのしかかってきたら窒息してしまうかもしれないのだ。止めるのも仕方ないだろう。

 男なら本望?アホめ、その死に方を幸せだと思えるならとっくの昔に文月に殺されているわ!


「な、なに?」


 変なところで止められたトワは、どうしたらいいのかよくわかっていない。

 このままでは話もままならないので、オレは近くの木にもたれかからせてほしいと頼んだ。

 そうしてオレは、ようやく現状の自分の惨状を知った。


「ははっ、なんだこれ?」


 まずズボンが脱がされていた。下着一丁だ。いや、それはいい。トワが治療のために脱がしたと言うから。医者の前に羞恥心など必要ない(トワは医者じゃないけどな)。なのでトワさんは顔を赤らめないでください。

 問題は足だ。まず色がおかしい。太腿からふくらはぎまで、全体的に青紫色になっている。何これ?気持ち悪い。

 そして大きさがおかしい。いつからオレの足は丸太になったんだってくらい腫れ上がって、いや、膨れ上がっている。

 これ大丈夫なのか?人体に詳しいわけじゃないけど、切断するレベルだったりしない?


「自分の足じゃねえみてぇ」

「一応、もう一度回復魔法をかけたら少しだけ効いたからやってたんだけど……」


 先程のように反応しないということはなかったようだが、やはりどうにも効きが悪いらしい。実際やってみると、確かにトワの手が淡く光りだし、患部を優しく包み込んでいる。だが、効きは今一つのようだ。おそらく本当なら目に見えて回復するはずなのだろう。


「やっぱり。こんなに効きにくいなんて」

「いや、でも随分と楽になるよ。もし大変じゃなければ、続けてほしい」

「わかったわ」


 効かないわけではないので、無理を言って続けてもらう。トワも嫌な顔一つせずに頷いてくれた。

 そして治療している間、何もしないのも時間の無駄なので色々と話すことにした。


「……殺さなかったんだな」

「え?」

「やろうと思えば簡単に殺れたろ?攻撃を躱したわけでもないし」


 ちょっと冗談めかして言ったが本心だ。実際トワにとってはそちらの方が都合がよかったはずだ。後顧の憂いはない方がいい。


「まさか。もし戦場なら死んでたのはわたしの方よ。それで約束を反故にするなんて騎士道にあるまじき行為だわ」

「トワは騎士なのか?」

「ものの例えよ」

「そっか」

「ねえ、さっきのあれは何だったの?一瞬で後ろに回るなんて。背中を取られたのなんて久しぶりだったわ」


 そうでしょうね。トワの背後を取れるような奴がゴロゴロいたら、この世界の強さの基準がとんでもないことになる。


「あれは、スキルだよ」

「うそ!?」

「ほんと」

「それならなんでモンスターの時に使わなかったの?イチ死にかけてたじゃない」


 まあ普通はそう思うよな。


「このスキルは特定の条件で移動するだけなんだ。相手の背後を取れても、倒す手段がないとどうしようもない」

「あ、だからわたしのナイフ」

「ああ、借りました。ありがとう」

「ありがとうって……変なの。ふふっ」


 これが化け物モンスター相手に使えなかった理由。そして、


「あと、使うと反動でこうなるしね」


 そう言って足を指す。正直ここまでひどくなるとは想像してなかった。

 そして、気を失ってる間に回復魔法をかけてくれたおかげか大分よくなったけど、直後の疲労がヤバかった。

 簡単に言うと42,195㎞フルマラソンを全力疾走した感じ。冗談抜きで。人間は疲労で死ねる。目を覚ましたのは奇跡に近いね。


「そっか、これスキルの反動なんだ。じゃあ回復魔法が効きにくいのもそれが理由かもね」

「そうなの?」

「うん。特定のスキルには使うと代償を払わなきゃいけないものもあるんだけど、そういうのは回復魔法があまり効かないんだって聞いたことがあるの」

「なるほど」


 確かに、代償行為が必要なのに、その代償が回復できてしまうと色々とおかしくなりそうだ。ゲームで言うところの『システムバランスが崩れる』ってところか。


「……ねえ、イチ」

「ん?」

「イチってどこから来たの?」

「なんだよ急に」

「生まれ故郷とか、知ってる国の名前を挙げてみてくれない?」

「え~と、それは~……」

「イチにはわたしの耳と尻尾が見えてるんだよね?なのに何で普通にしてられるの?」


 トワが突然せきを切ったように質問責めにしてくる。


 さすがにここまで来て濁すのは無理があるかな。というか、最初から異世界人ですって言ってれば殺されそうになったりしなかったんじゃないかとか思ったり。

 後の祭りか。

 まだ異世界人に対する反応とかわからないけど、こうなったら出たとこ勝負だ。


 オレは全部ぶちまけることにした。

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