第11話 一難去ってまた一難

 いったい何がいけなかったのか?

 いや、わかってる。理由はさっぱりわからないが、ケモミミ尻尾についての話題がトワにとっての鬼門だったのだろう。

 まさかの命の恩人から殺人鬼へのクラスアップである。


「トワ?その、ごめん。どうして怒ってるのかわからないけど気に障ったならあや――」


 最後まで言うことは出来なかった。

 指輪から再び武器と化したハルバードを握り、こちらに向かって降り下ろしてきたからだ。


「くっ!」


 何度でも言おう、格闘技もスポーツもやってないオレにスマートに躱すことなど出来るはずもない。せいぜい転がるように、無様に身を投げ出すのが関の山だ。


 ガッ、とハルバードの刃が地面を抉った。


 それでも、なんとか躱すことには成功した。

 ただ、相手はあの化け物も簡単に殺してしまう存在だ。安心するのは早い。


「ちょっ!?待った待った、待ってくれ!急にいったい何なんだよ!」

「クピ!クピィー!!」


 オレの抗議の声にペンギンも追随する。ちなみに先程転がった時に頭から落ちたので、今はオレの足下だ。


「イチがわたしの秘密を知ってしまったからよ」

「秘密って、その耳と尻尾のことか?それが何だってんだよ?」

「とぼけるの?それで助かると思ったら大間違いよ」

「だからわかんねぇんだって!」


 トワはそれ以上の問答は無用とばかりに襲いかかってくる。

 正直さっきのを躱せたのはまぐれに近い。そして、トワの踏み込みが先程よりも速い。そのギャップに体が付いていけなかった。

 今度は躱せない。


「ピィッ!」


 だが、トワの攻撃の軌道線上にペンギンが飛び込んだ。


「くっ!?」


 突然、間に割って入ったペンギンに驚いたのか、それとも他を巻き込むつもりはないのか。とにかくその一撃はトワ自身の手によって止まることに成功した。


 オレはその光景を見て、次の行動を決めた。


「すまん!」

「クピ?」


 オレはペンギンを後ろから思い切り蹴り上げた。


「ピィィィィ~~!?」


 放物線を描き飛んで行くペンギン。お~、すごいな。この世界ではペンギンは空を飛ぶのか……すまん、ちょっと現実逃避して罪悪感を減らそうとしたけど、全く減らなかった。ホントごめん。

 まあきっと大丈夫だろう。アイツは化け物と戦っても死ななかったペンギンだ。あれくらいで死んだりはしない。と思う。多分。


「……どういうつもり?」


 突然のオレの奇行に戸惑いを隠せなかったのだろう。トワがそう尋ねてくる。


「何が?」

「あの森ペンギンを盾にすれば、わたしが攻撃しにくくなるとは考えなかったの?」


 もちろん考えたさ。ああしたんだ


「オレと無関係な人間や、犯罪者とかで盾になるなら喜んでやったかもな。けど、アイツはさっき、命懸けでオレを助けてくれた命の恩鳥なんだ」

「そのオンチョウ?を何故蹴り飛ばしたの?」


 恩鳥をちょっと言いにくそうにしている。うん、普通使わないもんね。


「攻撃しにくくなるだけで、出来ない訳じゃないだろ?君が本気でやれば多分オレなんか一瞬で殺せるんじゃないか?」


 恐らくだが、トワは人を殺すことに慣れていない。もしかしたら殺したこともないかもしれない。

 きっと人を殺すことにためらいがあるんだ。だから最初の攻撃を躱すこともできたし、攻撃を途中で止めることも出来た。

 勝手な想像だが、多分間違ってない。だってこの子、さっきのもの凄い殺気を放った時だって本気を出してるようには見えなかったから。本気ならとっくに終わってる。


「なら盾にするのは意味がない。それどころか、さっきは止められたけど今度も止められるとは限らない。それでアイツが死んだらオレはどうしたらいい?まだ恩を返せてないんだぜ」

「……」


 だから蹴った。邪魔させないように。


「自分が死にそうだっていうのに、随分とお人好しなのね」

「そう見えるだろ?けど中身は結構クズなんだぜ♪」


 しまった。誉められ慣れてないからつい軽口で返してしまった。せっかくこちらを見直して生き残る交渉とか出来たかもしれないのに。


「ふふ、それに頭もそんなに良くないみたいね。上がった株をわざわざ自分で落とすなんて」


 どうやら思ったよりも評価は下がらなかったようで助かった。この調子で命も助けてくれないかな。


「もしかするとイチは私達が知ってる人間とは違うのかもしれないわね」

「なら――」

「けど、わたしは人を信じきることは出来ないし、不安の芽は摘まなきゃいけないの」


 くそっ、どうやらそう上手くはいかないようだ。

 さてどうするか。カッコつけてペンギンを逃がした(つもり)はいいが、このままじゃどっちにしろ恩は返せない。

 そう必死に生き残るための方策を考えていたが、トワの話にはまだ続きがあった。


「だから」

「え?」

「一つチャンスをあげる。もしもわたしの次の攻撃をもう一度躱すことが出来たら、その時は助けてあげる」

「ほ、ホントか?」

「ええ、約束する。と言っても信じにくいでしょうけど」

「いや、大丈夫だ。信じる!」

「そ、そう?」


 そうだ。つい聞き返してしまったが、オレにはスキルの『ダウト』がある。それが発動してないってことは彼女は嘘を言っていないってことだ。

 しかしながらこのスキル、まだどんな風に嘘を見抜けるのか検証してないから、イマイチ信用できないけどな。

 それでも、現状首の皮一枚繋がったのは確かだ。


「じゃあ、行くわよ」

「ちょっ!?ちょっとタンマ!!」

「……なに?」


 早すぎるよ!心の準備くらいさせて!

 考えろ!考えろ!どうしたら生き残れる?


 もしかしたらチャンスというのは方便で、最初から助けるつもりじゃないかと思ったが、それはない。もしそうならこんな回りくどいことをする必要はないし、『ダウト』も反応するはずだ。

 多分チャンスというのは、彼女自身も本気になるための手段なんだ。相手に生きる目を与えることによって失敗の許されない状況に自分を追いやり、必ず成し遂げようとする意志を生むための。


 つまり、生き残るためには自分でどうにかするしかないのだ。彼女に慈悲はないし、ペンギンも蹴っ飛ばした。本当に自分だけだ。


 と言っても、実の所残された逆転の手は一つしかない。

 そう。神様から貰ったお土産スキルだ。これであればなんとか出来るかもしれない。

 本当は化け物の時も使おうと思えば使うことは出来た。ただしこのスキル、あの状況では何の役にも立たないのだ。さすがチートじゃないだけある。

 けれども今この時だけは、このスキルが唯一の頼みの綱だ。


「もういい?」


 さすがに痺れを切らしたのか、トワが声をかけてくる。いや、彼女の方も覚悟が決まったのかもしれない。


「ああ」


 こちらも腹は決まった。


「……遺言はある?」


 例えこれから殺す相手でも多少の情が湧いたのか、遺言を聞いてくれると言う。やはり心根は優しい子なのだろう。それだけに何故このようなことになったのか、それが気になった。


「ない。その代わり冥土の土産に一つ教えてほしい」

「なに?」

「オレにはどうしてその耳と尻尾がオレを殺す理由になるのか本当にわからないんだけど。君は、いやさっきの話ぶりだと君達か?その、君達は人間の敵なのか?」

「……違うわ。あなた達人間が、私達の敵なの」

「? それはどういう――」


 禅問答か?


「これ以上知りたかったら、この一撃を躱せたら教えてあげるわ」


 トワがハルバードを構える。その目は先程のような優しさや愛嬌はなく、相手の命を断つ覚悟を持った戦士の目だ。

 目を合わせると、動悸が速まり呼吸が乱れてきた。平和な日本でここまで殺意をぶつけられることなどまずない。化け物でさえここまでではなかった。


 彼我の距離は数メートル。トワなら一歩で詰められる間合いだ。

 チラリと横目をやる。そこには先程トワが投げたナイフがそのまま木に刺さっている。

 オレの目の動きから、あのナイフを使い防御するつもりだろうと、トワは多分気づいている。

 本当に大丈夫か?フィクションだと、ああいうのって意外と抜けなくて失敗することって結構多いぞ。なんて、今さらか。どちらにせよ武器は必要だ。


 トワが呼吸を整える。後は動きだすタイミングだけ。まるで野生の獣の如く、己と相手の呼吸を合わせその瞬間を計っている。


 そして全てが噛み合ったその時、オレの生死を賭けた一撃が




「!?」




 放たれることはなかった。




「なん、で……?」




 が驚きの声を漏らす。

 今オレはトワの背後に立ち、その首筋、盆の窪の辺りにナイフを突きつけている。


「ハァ、ハァ……オレの、勝ちだ」


 スキル『先手必勝』。

 それは相手よりも一手先に動くことができ、またどう動くかをある程度決められる能力。

 簡単に言えば、マンガなどでよくある『主人公や仲間が強敵を前に何か行動を起こそうとしたら、いつの間にか間合いに入られて封殺されるシーン』それをリアルに再現できる能力だ。

 オレはこの能力を使って、トワが動きだそうとしたその瞬間、木に刺さったナイフを回収しながら一瞬でトワの背後に回り、首筋にナイフを突きつけたのだ。


 このスキルは、能力だけを見ればとんでもないチートかもしれない。だが、神様はこれはチートではないと言ってオレに渡した。当然それには理由がある。

 疲労と負担だ。

 多分、今オレは脳内麻薬がドッパドパ出てると思う。だから少し喋れたんだ。けれども、その脳内麻薬でも抑えきれない疲労と痛みが込み上げてくるのがわかる。このまま意識を保って立っていられるのもあと数秒だろう。

 だからこれだけは伝えておく。


「ハァ、い、いか……これだけ、はっ、伝えて……おく!」


 これ倒れた後に殺されたりしないかな?勝ちだ、なんて言ったけど、正確にはトワの攻撃を躱したわけじゃないし。

 ……まあ、しょうがない。今さらどうすることも出来ないし、元々この子に助けてもらわなきゃ死んでたんだ。これでダメならその時だ。


「オレ、は……敵じゃ、なぃ――」


 そしてオレは意識を失った。








 スキル『先手必勝』

 ・相手よりも一手先に動ける。

 ・一応デフォルトとして、相手が動こうとしたら背後に回るよう設定しておくね。この設定も本人の意思である程度は変えられるから、後で確認しといて。

 あと、このスキルは発動すると反動がすごいから気をつけてね♪(by神様)

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