第10話 地雷っていつ踏むかわからないから厄介

 あれから少し休憩して、今はトワの案内でトワたちの暮らす村へと向かっている。

 何故か回復魔法の効かなかったオレは、もう一本ポーションをもらい何とか回復することが出来た。異世界の薬ってすごい。

 ちなみにペンギンの方はちゃんと回復魔法が効いた。最初はどうしてもトワに近づくことが出来なかったが、オレが抱き抱えて、トワには回復魔法の届くギリギリの距離からかけてもらい、どうにかこうにか治療した。

 そして何故かオレたちについてきて、今はオレの頭の上でタクシー代わりである。


「ホントによくなついてるねー。さっきも言ったけど、森ペンギンって人になつくような動物じゃないんだよ」

「そんなこと言われてもな。コイツとはさっき初めて会ったばかりだし、なんでこんなに?って感じだよ」


 正直重い。下手すると首を痛めそうである。コイツもよくバランス保っていられるな。


「いいな~」


 トワは動物が好きなのか、羨ましそうにオレの頭の上に目を向けている。


 ふむ、ここは命の恩人に対して少しくらい恩を返しておこうかな。

 うん、このままじゃオレの首も疲れるし、トワも触りたがってるからちょっと預けるだけだ。決して動物を使ってカワイイ女の子の気を引こうとするわけではない。多分。


「代わろうか?」

「クピルルルルルル!!」


 オレがそう言うと、一瞬嬉しそうな顔をしたが、トワよりも先に頭の上から抗議が来た。

 鳴き声とともにペシペシと頭をはたかれる。


「いてっ、いたいって、わかった悪かったよ。このままでいいから!」

「クピ!」


 くそぅ。ホントになんでこんなになつかれてんだよ。萩村姉弟といい、変なのになつかれやすいのかな?


「あはは、フラれちゃった。残念だけどいつか仲良くしてくれたら嬉しいな」

「つか、こっちが何言ってるかわかってるような反応するなコイツ」

「森ペンギンはすごく頭がいいんだって。王都の偉い人の話だと、ちゃんとこっちの言うことを理解していて、意志疎通も出来るんだって」

「ふ~ん」


 警察犬とか、そういう訓練された犬とどっちが賢いかな?


「ねえ、イチ」

「ん?……イチ?」

「うん、イチズだとちょっと言いにくいし、イチって呼んでもいいよね?」

「あ、ああ、別にいいよ」


 異世界の人は距離の詰め方がすごいな。それとも日本人が奥手なだけなんだろうか。


「よかった。それでね、イチは本当にどこから来たか覚えてないの?」


 そう聞くトワの目はこちらを心配してのものだ。だけど、その奥に微かに警戒の色が見える気がするのは、オレが穿って見すぎているのだろうか。

 いや、向こうからすればオレは見ず知らずの不審者だ。警戒されて当然だろう。


「いや、どこからというよりどうやって来たかがよくわからないんだ。気がついたらここにいて、よくわからないうちにさっきの化け物に襲われちゃってさ」


 ひとまずそう答えておく。記憶喪失を装うのはやめた。すぐボロが出そうだし、スキルのおかげで相手の嘘が判るのに、自分だけってのは不平等で楽しくない。個人的で身勝手なこだわりだけどな。

 あと、ゴタゴタのせいで設定出来てなかったスキルの制約デメリットに関しては先程設定しておいた。これで自分も嘘をつけないが、相手に嘘をつかれた時はペナルティを与えることが出来る。もちろん嘘をつかれたとしても、問答無用で与えるつもりはないが。


「そっか。帰るアテはあるのかな?」

「……」

「どうしたの?」

「いや、そんな簡単に信じてもらえるとは思ってなかったから……」


 自分で言うのもなんだけど、うさんくさいことこの上ないと思うんだが。


「え、なに?嘘だったの!」

「いや!嘘じゃない。嘘じゃない、んだけど普通もうちょっと疑ってかからないか?」

「別に」


 そう言ってニパッと笑うトワ。その笑顔は魅力的だが、もうちょっと危機感を持った方がいいのではなかろうか。日本じゃ考えられないぞ。


「確かにちょっと怪しいかもしれないけど、何か訳があるんでしょ?この森にそんな軽装で入る人なんていないし。いたとしても自殺志願者だけだけど、自殺目的ならもっと別の簡単な方法を選ぶだろうし。それならイチの話を信じるのが一番信憑性が高いかなって思うから」


 と思ったら、それなりに考えてはいたようだ。警戒されてるなんて、疑ってたのはオレの方でした。ごめん。


「それに、もしも悪い人だったら森ペンギンもそんなになつかないと思うんだよね」

「クピ♪」


 いや、実はペンギンのおかげだった。というか頭の上で偉そうにするな。

 あと、この森結構ヤバいところだったんだな。スタート地点がまさかのそんなところとは、恨むぜ神様。


 それからはまた他愛ない話をしながら歩いた。どうやら本当にオレのことを訳アリだと思っているようで、根掘り葉掘り聞いてきたりはせず、内容は主にトワのことだ。

 これから行くところは小さな村だけどいいところだとか、兄と二人暮らしなんだとか、回復魔法は近所に住む奥さんに教えてもらったとか、奥さんって言っても三つしか離れてなくてお姉ちゃんみたいとか、優しい村長さんや村の子供たちのことなど、そんな他愛もない話だ。

 けれども、トワが村やみんなのことが本当に好きなんだということがよくわかった。


 だって、あんなに尻尾振ってんだもんなぁ。


「……」


 あれ?あの尻尾ってアクセサリーじゃないの?なんかすごいパタパタしてるんですけど。最近の付け尻尾は装着者の気持ちを読み取って自動で動くのか?さすが異世界。

 いや、けど動きが全然作りモノっぽくない、っていうかどう見ても生物ナマモノの動きなんですけど。

 さっきまでは気にしてなかったし、動いてるように見えても、体が動いてるんだから揺れてもおかしくないと思ってた。


 だけど、ここまで動いてるとやっぱ気になるよね?


 実はやっぱり獣人なのかな?けど髪の毛の色と違うのはやはり不自然に感じるし、もしかして髪の毛の方がカツラだったり?そんなことする意味がわからん。となると……


 あ~、わからん!いいや、こういうのは本人に直接聞こう。


「なあトワ」

「ん、なに?」


 トワが振り向く。


「今さらなんだけどさ、トワって獣人なのか?」

「……ぷっ、あはは。な~に、急に?わたしは普通の人間だよ」


 オレの質問に笑顔で返すトワ。なんだ、やっぱりアクセサリーか。


「なんでそんなこと聞くの?」

「いやぁ、そのアクセサリーがちょっと気になってさ」

「アクセサリー?」


 トワがキョトンとしている。何だろう?こっちの世界では尻尾と耳を着けるのが普通なのかな?


「そう。オレのいた所じゃ、ちょっと変わった趣味を持ってるか、何か特別なイベントでもないとそういう耳や尻尾は着けないからさ。少し気になって」

「……」


 訳を話していると、急にトワが黙りこんでしまった。

 ヤバい。やはり変わった趣味とか言ってしまったのがいけなかったのだろうか。けど、地球じゃ日常生活でケモミミ尻尾を着けてる人はごく僅かだろうし、他に言い方が見つからなかったんだよなぁ。どうしよう?


「イチ」

「っと、ゴメン。気に障ったなら謝るよ。そんなつもりじゃなかったんだ。むしろカワイイし似合ってるからいいなって――」

「見えるの?」


 気を悪くしたかと一生懸命言い訳していると、トワがよくわからないことを聞いてきた。


「え?」

「だから、見えるの?」


 なんだか話がおかしな方向に転がってる気がする。もしかしたらケモミミ尻尾は触れてはいけない話だったのかもしれない。心なしかトワの顔色も悪い気がするし。

 どう答えたらいいのか。

 決まっている。トワの表情から答えない訳にはいかないだろうし、制約デメリットのせいで嘘を言うことは出来ない。多分ジェスチャーなら抜け道として嘘をつくことも出来るかもしれないが、心情的にここでそれはよくないと思う。

 だから、


「えっと、その犬みたいな耳や尻尾のことだったら、見えてるけど……」

「――!?」


 オレが正直に答えると、トワは色々な感情がない交ぜになったような微妙な顔をした。

 人生経験の乏しいオレには読み取れないが、少なくともではないことだけはわかった。


「トワ?」

「ピッ!!」

「痛って!?」


 不安になりトワに声をかけようとした瞬間、頭の上のペンギンが思い切り髪を引っ張った。

 いって~な!そのヒレでどうやったんだよ!

 ペンギンに文句を言ってやろうとしたが、その時後ろからガッという音がした。


 振り向けば木にナイフが刺さっている。

 髪を引っ張られて体勢を崩していなければオレに刺さっていただろう。また助けられた。このペンギンに対する恩がどんどん貯まっていく。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 オレは突然の襲撃者に目を向ける。


「トワ――」

「イチ……ごめん」


 何故だろうか。

 先程オレの命を救ってくれた恩人が、今度はオレの命を奪おうと、泣きそうな顔でそこに立っていた。

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