第9話 久しぶりに会話した気がする
「大丈夫?すぐ助けるからもうちょっと頑張って!」
化け物をふっ飛ばした影は、虫の息のオレの側までくるとそう声をかけ、何かの液体を振りかけた。
「うっ!?」
その液体を浴びると、死の直前だったはずの体がゆっくり落ち着いてくるのを感じた。
もしかしてこれポーションなのか。
見れば身体中のケガが、完治とは言わないが傷口が小さくなっている。
すごいなポーション。ここまですごいと逆に副作用がないか心配になるレベルだ。
「クピルルルル♪」
「ん?ああ、お前か。お互い無事でよかった。ありがとな」
さすがに失った血は戻らないようで、頭がフラつくもののなんとか体を起こし、側にいたペンギンに礼を言った。コイツがいなきゃ間違いなく死んでたからな。
あと、もう一人の命の恩人は?
そう思い視線を巡らせば、こちらに背を向け立っている少女の姿が見えた。
後ろ姿なので詳しくはわからないが、多分オレとそう歳は違わないのではと思った。そんな少女が武器を構え、あの化け物と対峙していた。
大丈夫なのか?確かに先程のピンチを彼女は救ってくれた。だが、それは不意討ちであって正面から挑んだわけではない。今しがた化け物にボロ雑巾にされた身としては、正直不安が強い。
少女が使っている武器もそうだ。女の子が使うには不釣り合いに大きい。バトルアックス、いや、ハルバードか。どちらにせよ使いこなせるのか?
「ねえ、あなたでしょ?3日前にアレクおじさんとこの家族を襲ったのって。三つ目、二口、背中の上半身。これだけ特徴があって違うなんて言わないわよね?」
ゾワリッ
少女が化け物に言葉を投げた瞬間、背筋に怖気が走った。
少女に対する不安など一瞬で吹き飛んだ。あの子、口調は穏やかだがとんでもなくキレてる。そしてこんな殺気を放てる子がただの女の子なはずがない。
化け物も少女に恐怖を感じているのか、迂闊に動こうとしない。それどころか、チャンスがあれば即座に逃げ出しそうだ。
そして、少女はそれを許さない。
「逃げられるものならどうぞ。何秒くらい長生き出来るかしらね?」
言葉が通じた訳ではないだろうが、化け物は退路がないと悟ったのだろう。最後の活路として、少女を倒す道を選んだ。
「グォアアァァァァァ~~!!」
乾坤一擲、少女に向けて爪を降り下ろす。
「追いかけるのが面倒だから助かったわ。ありがとう」
少女はくるりと身を翻し爪を躱すと、そのまま懐に潜り込みハルバードを跳ね上げた。
それが化け物の首が胴と繋がっていられた、最後の瞬間だった。
「ごめんね、なんだか雑な応急処置になっちゃって。一応簡単に診てみたら、骨は折れてたけど内臓を傷つけたりはしてなかったし、純粋に外傷だけだったからポーションぶっかけとけば死んじゃったりはしないかなって思って」
さっきまでとんでもない殺気を放っていた少女と同一人物と思えないほど朗らかに、応急処置の甘さについて謝罪してきた。
色々と聞きたいことはある。
そもそも何者なのかとか、女の子なのに強すぎじゃないかとか、あの一瞬でどうやって内臓具合を診たのかとか、死んだ化け物が砂みたいになって風に飛ばされちゃったけど害はないのかとか、ハルバードが光ったと思ったら指輪になったけどそれ魔法具なのかとか、まあ色々だ。
けど、相手は命の恩人だ。とりあえず全部飲み込んで、礼を言うのが先だろう。
「いや、気にしないでいいよ。やり方はともかく助けてくれたんだから。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
感謝を伝えるとホッとしたのか、笑みを浮かべる少女。その笑顔を見てドキッとした。
化け物を倒してこちらに向かってくるときに初めて顔を見たけど、この子びっくりするくらいかわいい。
肩口まで届くくらいのセミロングな茶髪。顔は小さく、クリッとした目や整った鼻口が黄金比のように配置されている。そして身長はやや小柄ながらも、その胸元は激しく自己主張していた。こんな子が地球の街を歩けば100%声をかけられるだろう。間違いない。
そして、彼女の着けているアクセサリーも可愛らしさに拍車をかけている。まあ、アクセサリーと言ってもピアスやネックレスの類いではないけども。
この子、何故か犬のようなケモミミと尻尾を着けてるのだ。最初見たときは異世界なんだしやっぱり獣人かな?って思ったんだけど、この耳と尻尾赤いんだよね。けど彼女は茶髪だし、耳と尻尾だけ赤いってのは変なので、アクセサリーなんだと思う。
とにかく、このケモミミ尻尾がとてもお似合いで、ついうっかりケモナーの血に目覚めてしまいそうです。『詠われ』最高!!
しかし異世界にもコスプレ文化はあったんだな。素晴らしい。こんな子がコ◯ケにいたら即行で
「どうしたの?」
「え!?あっ、いや、なんでもない!」
どうやら現実から解脱しかけていたらしく、彼女の心配の声に引き戻されたが、さすがにあなたに見惚れてケモナーになりそうでしたとは言えないので、適当に誤魔化した。
「そう?じゃあ残ってる傷も治しちゃうから、動かないでね」
そう言うと彼女はこちらに掌を向けた。
何が起こるのか期待半分、不安半分で見守ったが、どうにも何かが起きたようには思えなかった。
「あれ?おかしいわね。魔素がうまく反応しない」
そしてそれは彼女も同じだったらしく、首を傾げていた。
多分だけど、回復魔法をかけようとしたが、何らかの理由でうまくいかなかったのだろう。
「ねぇあなた、どこから来たの?この辺りの人じゃないよね。魔素を体に取り込めない体質だったりする?」
おっと、どうやら原因はオレの方にあったらしい。
さて、どうするか。ここで正直に異世界から来たと言うのも手だが、この世界の異世界人に対する扱いがまだはっきりしない。神様に差別について聞いたが、場所によって様々らしいし、この地域が安全とは限らない。
やはり、ここはひとまず隠すのが無難だろう。
「えっと、わからないんだ。そもそもここはどこなんだ?」
とりあえず何もわからないと伝える。体質についてわからないのは嘘ではないし、聞きようによっては記憶喪失っぽく聞こえるだろう。相手が誤解してくれたら御の字だ。
「えっと、まさか記憶喪失とかじゃないよね?どうしよう、マリーさんに見せて治るかな。う~ん……ま、いいか。とりあえず一緒に村まで行きましょ。その様子だと行くアテもないんでしょ?」
少女の問いに頷く。元々人里を探す予定だったのだ。連れてってもらえるならありがたく厚意に甘えよう。
「わたしトワって言うの。あなたは?」
「えっと、一途って言うんだ。よろしく」
少女、トワが名乗ったのでこちらも名乗る。苗字は言わなかった。どうせ苗字があると貴族がどうの~とお約束な流れになりそうだから。あと、異世界なのに結構和風な名前なんだなと、どうでもいいことを思った。
「イチズ?素敵だけど変わった名前ね」
「そこは、変わってるけど素敵な名前ねって言ってほしかった」
上げてから落とすなんて、この子Sじゃないよね?
「アハハ、ごめんごめん。あと、そっちの子は――」
と、オレの背中側に目を向ける。そこにはペンギンがトワから隠れるように引っ付いていた。
「あ~、コイツは……」
「やっぱり!森ペンギンだ!」
「え?」
オレがこの恩鳥についてどう説明しようか考えていると、先にトワの方がこのペンギンの正体に気づいたらしい。驚きの声をあげる。
何だろう、異世界では有名なんだろうか?
「森ペンギン?」
「あれ、知らないの?滅多に見ない鳥で、もし見たら幸せになれるって言われてて『幸運を運ぶ鳥』とも呼ばれてるんだよ。すごいわね、人にはなつかないって聞いてたのに」
そう言ってなでようと手を伸ばしてくる。だが、気づいたペンギンに逃げられてしまった。
「え~、そんな~」
しかし、『幸運を運ぶ鳥』ね。空を飛ばないペンギンがどう運ぶのかとツッコミを入れそうになったが、コイツのおかげで命拾いしたのだから、間違ってないなと思い直した。
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