第7話 考えが甘いと当然痛い目を見ます。

「どこだ、ここ?」


 気づけばそこは闇の中だった。上下も前後左右も黒一色。自分の感覚も曖昧で、立っているのか寝ているのか、はたまた浮いているのかさえもわからない。


「あ~あ、だから言ったのに。チートは持っていった方がいいって」


 暗闇の中、神様の声が聞こえた。


「あれ?なんで?異世界に行ったらもう干渉出来ないんじゃなかったのか?」

「あまりに心配だったからちょっと裏技を使ってね。というか、やっぱりこうなった。僕はちゃんと言ったよね。この世界は危険だって。それなのに強情を張ってチートを受け取らず、その挙げ句がこの様だよ」

「むぅ……」


 全くもってその通りなので言い訳も出来ない。


「これがラノベなら、きっとここでさっきのモンスターをなんとか倒して一気にレベルアップ!さらに色々なチートを手に入れて、そのままオレTUEEEEの階段を駆け上がって行くところだよ!」

「レベルとかステータスの概念はなかったはずじゃ……」

「だまらっしゃい!気分の問題だよ!それにわかってるの?君このままじゃ死んじゃうんだよ」

「!? オレまだ生きてるのか?」

「まあね。けど、僕もこれ以上は本当にどうすることも出来ない。だから最後の手段として、君に仕込んだチートを作動させる方法を伝えに来たんだ!」

「なっ、いつの間にそんなものを!?チートはいらねぇって言ったじゃ」

「はいはいはい!この問答ももういらないから!本当ならこの力だって物語の後半で目覚めるようなものなんだからね。さっきも言ったけど時間がないんだよ!アンダスタン?」


 言ってない。


「いいかい?まずはこれを身に付けるんだ」


 そう言って神様が渡してきたのは、どっかで見たことがあるようなベルトだった。


「そしてこう言うんだ!『天が呼ぶ!地が呼ぶ!人が呼ぶ!悪を倒せとオレを呼ぶ!愛と正義と神の名のもとに、このオレが貴様らを地獄に送ってやろう!変身!!』って。ちゃんとポーズもつけてね!」

「……冗談だろう?」


 なんだそれは。何か色々混じってる上に変なポーズまでつけてなんて、全体的に恥ずかしいぞ。


「もちろん大真面目だよ!これをやれば君の中の秘めた力が目を覚まし、あんな子犬の一匹や二匹や百匹や千匹くらい、ちょちょいのちょいでやっつけられるよ!だからやるんだ!さあ!ハリアップ、ハリアップ!」

「え~~……」


 なんだか神様のテンションがおかしい。

 正直やりたくない。あれをやるくらいなら素直に死を選びたくなるくらいだ。

 だが、今は冗談ではなく命がかかっている。生き残るためには恥など飲み込むしかない!

 オレは覚悟を決めた。


「て、天が呼ぶ……地が」

「声が小さい!!そんなんでパワーアップが出来るか!!」


 いっそ殺せ(泣)


「天が―――!!」



 ズンっ!!!!




「がはっ!?」


 突如背中に衝撃を受けて目を覚ます。どうやら気を失っていたようだ。

 死んでいなかったのは僥倖だが、状況は何一つ良くなってはいない。

 背中への衝撃は先程の化け物が足で踏みつけてきたもので、今もまだいたぶるように体重を掛けてきている。


 ミシミシミシミシ!!


「あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁぁ~~!!!!」


 身体中に激痛が走る。これは多分、巨体にのしかかられてることだけじゃなく、どっか骨が折れてる感じだ。正直あまりの痛みによくわからなくなってきてるけどな。

 せっかく意識を取り戻したのにまた気絶することになりそうだ。


「!?」


 不意に押さえつけていた重みが消える。

 いったい何が?そう考える間もなく今度は右前足ではたかれた。それはまるで犬がボールで遊ぶようにペシリッて感じで。


「がっ!!」


 だが遊びで数メートルもふっ飛ばされるボールこちらはたまったものじゃない。


「ゴホッ!ゴホッ!……くそっ」


 今度は気を失うことはなかったが、状況は一向に良くならない。とにかく今は逃げないと、そう思い立ち上がろうとした瞬間、右腕に激痛が走った。


ぁっ!?」


 何だ!?

 見れば右腕がずいぶんと惨たらしい姿になっている。血だらけのうえ、服の袖はズタズタ。破れた穴から見える腕も、真っ赤の中に白とかピンクとか見えちゃいけない色が見えた気がする。


「あ"っ、ああ……ごほっ、ハァ、ハァ、くっ、……ああ"!」


 腕を見るのはやめた。意識したせいで余計に痛くなってくる。とにかく逃げないと!

 なんとか木を支えに立ち上がることは出来たが、これ以上動けない。身体中が痛い。呼吸をするだけで激痛が走る。さっきオレが倒れてた辺りを見れば、近くの木が折れてた。もしかしてオレさっきあれに叩きつけられたのか?そりゃ骨の一本や二本折れるよ。ゾッとする。脊椎が損傷しなくて助かった。やってたらマジで動けなくなるし。けど現状見えてるゴールは一緒だな。漢字一文字、数字の4番目だ。はは、笑える♪笑えねぇよクソッタレ!!何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ!オレはただ退屈な日々が面白くなればいいなって、そう思っただけだ!異世界に行ければきっと少しは面白くなるだろうって、ただそれだけだ。別に無双したかったわけじゃない。ハーレム作りたかったわけじゃない。そういうのは主人公にやらせとけ!!オレは主人公じゃない!オレは日々平凡に毎日少しの楽しみを糧に真面目に生きる村人Aだ!それで十分だ。ああ確かに退屈ではなくなりましたね。だがこんなバイオレンスは望んでない!今だったら『あかまち』の主人公が日常に帰りたかった気持ちがわかるよ。日常最高!!神様ごめんなさい。謝るからオレを元の世界に帰してくれ。さっきのは夢だったみたいだけどきっと何か裏技があって何とか出来るんだろ?頼むよ、なぁ!ほらアイツが近づいてきてる。頼む頼む頼む頼む頼む、ちくしょうあの野郎何であんなにゆっくり歩いてんだよ。やるなら一思いにやればいいじゃねぇか!嘘!ゴメン!冗談だから助けてください。来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなぁぁぁぁぁぁ!!!!



 コンッ



 その時、化け物の頭に何かが当たった。


「グゥルルルル」


 化け物はキョロキョロと首を動かすが、それらしきものは見つからない。木の実でも落ちてきたのかと興味をなくし、改めて獲物オレへと目を向けた時、再度化け物の頭にカツンと何かが当たった。


「ガアァァッ!!」


 先程よりも感触が大きいそれはピンポン玉程の大きさの石であり、化け物が振り向いた先には投げた犯人が立っていた。


「お、お前……」


 視線の先、そこには全長30㎝くらいのヌイグルミが、いや、傷だらけでありながら雄々しく立つ毛むくじゃらなペンギンが、射殺いころさんばかりの眼光で化け物を睨んでいた。

 体毛の半分を赤く染め、明らかに満身創痍のその体はヤジロベーのようにふらついている。それでも気迫だけは、負けるものかと声高に叫んでいた。


 何が起こっているのかよくわからなかった。ペンギンの存在など忘れていたし、虫の息だった最初の姿は正直そのまま死ぬと思った。生きているのならこの化け物がオレを攻撃している隙に逃げれば良かったのだ。なのに何故、拾えそうだったその命をドブに投げ捨てようとしてるのか。


 こんな状況にも関わらず不思議そうにその姿を眺めていると、ふと、向こうもこちらを見ているような気がした。化け物ではなくこちらを。まさか動物と意志疎通出来るような、そんな『幻霊伝』のハクのような能力は持っていないが、それでもその瞳はオレに対して何かを伝えようとしているように感じられた。


「おい……まさか……」


 もしかして、オレに逃げろと言いたいのだろうか?こんな小動物が、慎重に行動も出来ず、間抜けにもわざわざ殺されに来た馬鹿なオレに対して?

 真意はわからない。ただそんな気がした。


「ウウゥゥ~、グァルルルル」

「!?」


 そして当然化け物は待っていてくれたりはしない。動かなくなったオモチャが息を吹き返したのが嬉しいのか、ペンギンを見て笑みを浮かべている。

 そう、


(こいつ、感情があるのか?)


 オレはてっきり化け物になると感情をなくして本能で行動したり、意味不明な行動しか出来なくなるのかと思っていたが、そうか。



 感情があるのか







「クピィィィィィ!!」


 ペンギンが威嚇の声をあげる。化け物は舌なめずりをして、ゆっくりと標的を人から鳥へと切り替えた。

 ゆっくりと動くのは獲物に恐怖を与えるためだ。恐怖を与えるのは楽しいからだ。誰も自分には敵わない。だから好き放題に出来る。

 今までも!これからも!!

 もう一度鳥で遊んで、動かなくなったらそのまま丸噛じりにしよう。その後でまた人で遊ぶ。今日はオモチャが二つも見つかってとても楽しい。この前のオモチャたちはとっくに腹の中だ。

 獣だった頃の名残か、尻尾がブンブン動いているのがわかる。背中にある身体の足が尻尾を追って動いているのが少々煩わしいが、気に障るほどでもない。それほどに今の化け物は上機嫌だった。

 だが、そんな気分に水を差す者がいた。


「待てよ」


 不意に尻尾が何かに引っかかった。いや、引っかかったというよりこれは、


「ウウゥゥ~~!!」


 見れば人のオモチャが自分の尻尾を掴んでいる。そして先程のような怯えた目ではなく、何か虫けらを見るようにこちらを見ている。

 それが化け物の逆鱗に触れた。

 オモチャはそんなことをしてはいけない!お前らは自分に遊ばれるだけの存在であり、飽きたら食べられるだけの肉に過ぎない。そんものが傲慢にも自分の尻尾を掴む。

 許せないことだ。許されないことだ。


 頭に血が上った化け物は、遊ぶのをやめた。

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