第6話 スキルとペンギン

「う、う~ん……」


 目を覚ませば、そこには見慣れた天井や壁や家具などはなく、うっそうと覆い茂る雑草や視界を遮るように乱立する樹木、蒸せかえるような緑の匂いがオレを迎えてくれた。


「どこだ、ここ?」


 わかるわけがない。神様も言っていたではないか。ピンポイントで特定の場所に送るのは無理だと。わかるのは森の中だということだけだ。


「とりあえず無事でよかった」


 軽く体の調子を確かめて安堵の息をこぼす。起きてから気づいたんだけど、これ下手したら寝てる間にモンスターとか獣に見つかってたら詰んでたんじゃないか?


「……」


 考えないようにしよう。

 とりあえず現状把握だ。


 まずここが異世界なのは間違いないだろう。さすがにもう疑ってはいない。むしろ全部壮大なドッキリでしたって言われたら、そっちの方がすごい。

 次に自分の状態だが、ケガとかはしてないようだがひどく気分が悪い。送られる際に色々歪んでたがその影響がまだ残ってるのかもしれない。

 あとこの濃密な緑の匂いもある。個人差はあるだろうが、田舎というよりは都会側で生きてきた人間には意外と草木の匂いというのは心地いいものとは限らなかったりする。子供の頃に両親の実家のある田舎で山に入ったりとかするとよく気分が悪くなったりしたもんだ。まあこれに関しては慣れるしかないので少しの間我慢だな。

 今現在の時間がちょっとわからないが、この森の中でも明るいとわかるくらいだから、おそらくまだ昼頃なんだと思う。暗くなる前になんとか人里に出たいが、さすがに何も考えずにうろうろするわけにはいかない。幸いにもこの辺りは安全なようだが、いつ危険と鉢合わせするかわからないのだ。


 ということで、スキルの確認だ。確か神様は、使い方は意識すれば自然と理解出来ると言っていたが、その説明だけだとよくわからないな。と、そう思うことすら『意識する』ことに含まれるのか、オレの頭の中にはスキルの詳細がすでに浮かんでいた。

 なんというか、この感覚はあれに近い。普段全く思い出すことなどないが、「三角形の面積の求め方は?」と聞かれて自然と「底辺×高さ÷2」と答えることが出来るような、そんな感覚だ。まあ、知らないはずの知識が自分の中にいつの間にかあるという気持ち悪さはあるが。


 そして、確認できたスキルは2つ。オレが頼んだものと、神様が最後に押し付けたものだ。

 1つ目がオレが頼んだもの。その能力はこうだ。


スキル『ダウト』

 ・相手が嘘をついた時、視界に赤く表示される。

 ・嘘をついた相手には「ダウト」と唱えることによりペナルティを与えることが出来る。(制約が必要)

 ・制約とは、自分が嘘をついた時に受けるデメリットである。

 ・制約の重さにより与えるペナルティの重さも変わる。

 ・制約を設定すると解除は出来ない。


 最初は嘘を見抜くだけの能力だったのだが、ペナルティ云々は神様から提案のあったオマケだ。まあこれぐらいはいいだろう。そもそも嘘をつかなければいいだけの話なのだから。それに制約の設定がなければ、オレが望んだ通りのただの嘘発見器だ。問題ない。


 そしてもう一つ、神様からの親切の押し売りだが、


「ピイイィィィィ~~!!」


 その時、辺りに甲高い笛のような音が鳴り響いた。

 冷静に考えれば、おそらくは獣の声であろうが、異世界での初めてのアクションにひどく興味をそそられ、自然と足が音の発信源へと向かっていった。


 それが間違いだった。オレはこの後すぐに、自分の迂闊さを後悔することになる。


 ガサガサと草木をかき分けて目的の場所へと近づいていく。近づくにつれ、先程聞こえた音とは別な音もいくつか耳に入ってくる。犬のような獣の息づかいやうなり声、何かを叩きつけるような打撃音、そしてその打撃音の後にはあの笛のような音が必ず響いた。

 やはりあれは何かの鳴き声で、もしかしたら獣同士が縄張り争いをしているのかもしれない。であるならばこの辺りはその獣たちのテリトリーであり、自分はそこに足を踏み入れてしまったのかもしれない。

 もしもその考えが正しければ、このままさらに進むのは危険だと頭のどこかで信号が発信されていたが、しかしここでも好奇心が勝ってしまった。

 少しだけ。異世界にはどんな動物がいるのかちょっと確認するだけ。獣同士で争っているし、そこに新たな闖入者が現れても即座に標的を変えたりはしないだろう。危なければすぐに逃げればいい。そんな楽観が頭にあった。


 そしてついにたどり着いた。


「え?」


 そこにいたのはペンギンだった。まだ幼いのか体は小さく、地球のペンギンよりも毛がフサフサしていてオレの知っているペンギンの姿ではなかったが、まごうことなきペンギンがそこにいた。

 傷だらけの状態で、地面に倒れ伏している状況で。


「……クピィ……」


 息も絶え絶えに鳴くペンギン。やはり先程の音はこいつの鳴き声だったようだ。


 だが、そんなことはどうでもいい。悪いが今は構っていられない。

 最初は獣同士の縄張り争いだと思った。何故陸にいるのか、どうやって戦うのかも謎だが、確かにペンギンは獣でここにいる。

 だが、もう一方は獣ではなかった。いや、特徴だけを取り出せばそれは犬、もしくは狼と呼ぶことも出来るのかもしれないが、オレにはをそう見ることがどうしても出来なかった。


 モンスター。体内に貯まった魔素を魔力に変換出来ず、異形化してしまった生物。神様から聞いた通りの化け物がそこにいた。


 原型ベースはおそらく狼なのだろう。そこかしこに特徴が残っている。だがそれ以外なにもかも違う。

 まず目が三つある。生気がなく焦点の合っていない元々あった目。その左目の上にどこから出てきたのかわからないもう一つの目を覗かせており、その目だけが爛々とこちらを捉えていた。少し視点を下げれば、下顎の下にさらに下顎が突き出ており、まるで口が二つに分かれたようだ。ご丁寧に舌まである。

 胴からは本来ある四肢ともう一本、地面につけることも出来ないおかしな角度で足が飛び出しているが、何よりもおかしいのは背中側。もう一匹、首のない狼の上半身が貼り付いていた。

 そんなものがありえない大きさ、通常の狼の3倍以上の巨駆で存在していた。


「グゥルルルル」


 確かにこの存在の前にはゴブリンやオークをモンスターと呼ぶことは出来ない。RPGによく出てくる合成獣キメラと呼ぶのも生温い。この化け物と同じカテゴリーに入れることは、命あるものに対する冒涜だ。


「う……あ、う……」


 そして問題は現状である。誰だ危なければすぐに逃げればいいとか考えてた阿保は!コイツの前に立ってもう一度同じ事を言えたら誉めてやるぞクソッタレめ!


 足が恐怖に震え言うことを聞かない。思考は『怖い』と『助けて』が塗りつぶしていく。

 まさか異世界に来てわずか数分で死ぬことになるとは誰が思おうか。


 化け物がこちらに近づいてくる。そんなバランスの悪い体のくせに、どんな力があればそんな普通に歩けるのか、ズシズシと無造作に寄ってくる。

 目の前に死が迫っている。視界は涙で滲み、歯がカチカチと鳴り響き、頭のおかしくなったどっかの馬鹿のかすれた笑い声が時折聞こえてくる。失禁しなかったことは誇ってもいいかもしれない。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 まるで餌を前にした犬のように涎を垂らしながら、遂にたどり着いた手の届く距離。このまま頭から喰われるか、ボロ雑巾のようにズタボロにされるのか。

 1秒が10分にも20分にも感じられ、引き伸ばされた感覚の中、死刑執行を待




 パギャンッッッ!!!!!!











 オレの意識はそこで途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る