第5話 それじゃあ、いってらっしゃい♪

「わかったよ。あんたも随分と過保護だな。本人がいらないって言ってんだからほっときゃいいのに」

「君も誰かを死地に送りださなきゃいけない立場になったらわかるよ。少しでも生き残れるようにしてあげたいのさ」


 子供姿の神様って嬉々として異世界に送り込むイメージがあったけど、現実ではどうやらそんなことはないようだ。


「それで、貰えるものはどんなのがあるんだ?リストでもあるのか」

「それでもいいけど、希望があればそれに適した能力を渡すよ。なければ作ってもいい」


 そいつはすごいな。向こうにない能力まで作れるとは。きっとそういうのがユニークスキルとか言われたりするんだろう。


 となると、どんなのがいいだろうか?チートはいらないが、無駄なものを貰っても仕方ない。そう考えると、無くても問題ないがあれば便利、それぐらいがいいと思う。

 なんだか、無人島に一つだけ持っていくなら~みたいな心理ゲームの考え方に近いな。いやそこまで物騒でもないか。神様的にはそれぐらいの気持ちでいてほしいんだろうが、オレは異世界にサバイバルしに行く訳ではないので、もう少しソフトに考えよう。


 そうだな。海外に移住するとしたら、ぐらいでどうだろうか。実質そんなに変わらないしな。


 言葉の問題はデフォルトで何とかしてくれるようなのでそこは問題ない。


 食文化が違いすぎたらどうする?主食が虫とか。個人的には遠慮したいが、何でも美味しく食べられる能力とか貰えばクリア出来るだろうか?いや、味の問題じゃなくて見た目の問題だからそれはダメだ。それにそこまでして食べたくない。自分が馴染める食文化の国を探した方がはるかに楽だ。


 病気はどうだ?万能薬とか治癒能力を貰うとか。一瞬悪くない考えだと思ったが、それらを持ってると色んな人に利用されそうな気がする。善人悪人問わずオレに近づいてギラついた目をしてこう言うんだ「どうかお救いを!」うん、却下で。


 やはり、多少なり戦闘で有利になる武具やスキルが無難かな。どうせ身分証を手に入れるために冒険者ギルドに行くだろうし、そこで討伐依頼とかを受けることもあるだろう。

 しかしここで一つ問題があった。今まで色々な異世界モノに触れてきた弊害か、戦闘系スキルで思いつくものが多すぎるのだ。いちいち例に挙げるのも嫌になるほどに。先日読んでた作品もスキルをコピー出来るチートを持ってたがステータスが大変なことになっていて、もしかして作者はこれでページ数稼いでるんじゃないだろうなと邪推してしまうほどに多かったのだ。

 そして、これはオレの性格的な問題になってくるのだが、実は膨大な選択肢から何かを選ぶのが苦手だったりする。コミュ障とは言わないが、進んで他人と関わろうとしなかったオレは我を出すのが苦手で、自分から何かをすることがほとんどなかったのだ。なので、選び放題の状況よりは、限られた材料で何とかする方が得意なのだ。

 という訳で、戦闘系はちょっと保留して、他に何も思いつかなかったら神様に三択ぐらいに絞ってもらおう。


 お金……は頑張って稼げばいいしな。それにチートで身の丈に合わない額を稼いだとしても、金銭感覚がおかしくなりそうだし。


 コミュニケーション能力を高めて色んな人と仲良くなるのはいいんじゃないか?人脈チートとかになりそうな気がするが、オレは自分がチートになるのが気に入らないのであって、周りがそうでも問題ない。それも含めてそれぞれの個性なんだから。

 とてもいい考えだと心が決まりかけたが、頼もうとした瞬間嫌な考えに気づいた。

 そう、それは異世界で出会う人間が全て善人であるとは限らないということだ。ラノベでもあるじゃないか。魔王は本当は悪ではなく、召喚した王族こそ勇者を利用しようとした真の悪だったということが。

 余談だが、オレはこういう奴がいっっっち番嫌いだ。特に理由はない。強いて言うなら虫酸が走るからだとしか言い様がない。正直○ねばいいのにとか……ごめん、熱くなりすぎた。

 とにかく、悪意を持って人を騙す存在をオレは好きになれず、そしてそんな人間は必ずどこかにいるのだ。


「……なあ、神様」

「ん?決まった?」

「さっき可能な限り要望に応えてくれるって言ったよな?」

「まあね。特に君の場合チートはいらないって言うから十分な容量があるし、大概の要求には応えられると思うよ」

「希望に沿う能力がなければ作ってくれるとも」

「何か欲しい能力があった?」

「実は……」


 そしてオレは先ほどの考えを神様に伝えた。ついでに思い付いた対抗手段と一緒に。


「なるほど、つまりは悪意を持って近づく人間を見分けられるように、嘘を見抜く能力が欲しいと」

「そうだ。出来るか?」


 対抗手段ってのはこれだ。基本的に悪人ってのは嘘をつく。嘘つきは泥棒の始まりって言葉もあるし、嘘をつくのは悪どい考えや後ろめたい感情があるからだ。だからその嘘を見抜くことが出来れば、そうそうこちらが不利になることはなくなると、そう思ったのだ。


「まあ、出来るよ。それくらいならね。簡単なことだよ」

「? なんか歯切れが悪いな」

「いや、ホントに簡単すぎて拍子抜けしちゃったんだよ。ねえ、いっそのこと心とか読めるようにしない?」

「なんでそんなにチートを押し付けたがるんだよ!いらねえっつってんじゃん」


 まだ諦めてなかったのか。


「はぁ、わかったよ。だけどさ、せめてオマケだけでも付けてみない」

「オマケ?」

「そう。例えば――」


 そこで神様から一つの提案をされる。それはなかなかに能力だったが、オレにとってはそこそこに魅力的で、チートと呼ぶほどでもない(オレ基準)いい能力だった。


「悪くないな」

「でしょ。じゃあそれも付けとくよ。ていうか本当ならこれでも全然足りないくらいなんだから。もうちょっと危機感を持ってよね」

「まあ、それで死んだらオレの運もその程度だったってだけさ。大丈夫、その事で誰かを恨んだりしねえよ」

「はあぁぁ~」


 今度こそようやく諦めがついたのか、神様はそれはもう大きな大きなため息を吐いた。




「さて、能力も決まったし準備OKだね。で、どうする?」

「ん?どうするって?」


 異世界に行くんじゃないのか?


「……」

「……」

「あっ!ゴメン忘れてた!大事なことを伝えてなかった!!」

「おい」


 どこまで人間くさいんだこの神様は。


「いや~、色々質問してくれたから、つい説明した気分になってたよ」


 てへペロ♪とか、何か急に可愛い子ぶりやがってるが、似合ってない上にオレには逆効果だからなそれ。


「それで、何を説明してなかったんだ?」

「おほん、最初に言った通り、今回ディアクルーシェの王族による勇者召喚によって君達は召喚される訳だけど、召喚の儀式に応じるのは一人でいい」

「えっと、つまり?」

「召喚に応じてくれる君達5人の内1人でも儀式の間に行ってくれれば、残りの子達はどこか適当なとこに送ってあげる」

「じゃあ適当で」

「即答か!?」


 当然である。先ほども思ったが、召喚した王族が悪人の可能性もある。神様から貰った能力で利用される危険性は限りなく減ったが、だからと言って進んで向かいたいとは思わない。それに、


「王城じゃあ、あまり自由はなさそうだしな」


 そうだ。せっかく夢に見た異世界に行けるのだ。なるべくなら自由に生きたいではないか。


「オッケー、了解。じゃあ、どっか適当なところに送ってあげる。ただし、どこに行くかピンポイントで選べるわけじゃないから、変な所に落ちても恨まないでね」

「そう言われると怖いな。つか簡単に決まったけど、誰か儀式の間に行くやついるのか?」


 そう言うと、神様はちょっと悪い顔をして、


「大丈夫。今回自分の意思で行ってくれる子は君を含め4人だったんだ。残りの一人は申し訳ないけど適性のありそうな子から僕の方で選ばせてもらった。勇者にはその子になってもらうよ」

「お、おおう。そいつは本当に大丈夫なのか?」

「心配ないよ。君達ほど優遇はしないけど、それでも渡すモノは全部破格なんだから」


 悪い顔から一転、自信満々にそう答える。まあ、神様から貰えるものが大したことなかったら問題だよな。

 あと、ちょっと気になった。


「オレたちって優遇されてるんだ?」

「してるよ~。簡単に言うと自発的じゃない子は、ここでのやり取りは記憶に残らない」

「えっ?」


 そ、それは大丈夫なのか?


「大丈夫、最低限の情報と入れ替わるだけだから。具体的に言うと、勇者召喚ありました。あなた選ばれました。チート持って異世界行ってもらいます。って感じのやり取りをした偽の記憶だけ残るの」

「な、なるほど」

「あと、チートも選べない。本人の素質に合ったチートが発動するようにだけなってる。まあ、オマケとしてアイテムボックスくらいは持たせてるけどね」


 話を聞けば、優遇されないと言っても、それほどひどい扱いではないようなのでちょっと安心した。


「だから、僕としては君をもっと優遇したいんだけど。正直これだと勇者くん(仮)よりも厳しいくらいだよ」

「だからそれはもういいって」

「わかってる、わかってるよ。はぁ~」


 話が戻りそうだったので、再度お断りさせてもらう。神様もそこまで蒸し返すつもりはなく、ちょっと言いたかっただけのようだ。


「じゃああげる能力も決まったし、行き先も決まった。あとは送るだけだけど、最後に何か聞き忘れたこととかはない?」


 最後。そう言われて、少し迷ったが聞こうかどうか悩んでいたことを聞くことにした。出来るだけ気がかりは残したくないしな。


「……異世界に行ったあとのオレたちの扱いってどうなるんだ?その、家族が心配したりとか」


 そう。気になるのは残された人達のこと。幸い仲のいい友人は樹雷と文月くらいしかいないので問題ない。これはほぼ確信だが、あいつらも来そうな気がするしな。

 だが、家族はそうはいかない。お腹を痛めて産み、愛情を持って接してくれた両親。日々つまらなさそうに生きてるオレはかなりの親不孝だったと思う。それでも文句一つ言わずここまで育ててくれた。感謝してもしきれない。

 家族がどうなるのか、それだけが心残りだった。


「……君達が異世界に行った後、この世界では君達の存在はなかったことになる。だけど、君達のいた場所には僕が別の存在を用意して全ての違和感を消すことにする。君達には申し訳ないが、君達がいなくなっても世界は何も変わらない。家族も友人もいつも通りの日常を送るだけだ」


 多少言いづらそうにしたが、それでも神様はそう教えてくれた。確かに人によっては寂しく感じる内容かもしれないが、オレにとっては心残りを消してくれる、まさしく福音だった。


「よかった。じゃあ父さんたちは不幸を感じたりしないんだな」

「それは間違いなく僕が保証する。あと君達の家族は、残りの人生を大きな事故や病気もなく天寿を全うするよ」

「ありがとう。それだけわかれば十分だ」


 そう礼を言うと、神様は一瞬とても辛そうな顔をした気がしたが、すぐに気を取り直し、送る準備をする。


「さあ、今度こそ本当に最後だ。もう心残りはない?」

「ない。大丈夫だ」

「じゃあ、いってらっしゃい!君達に幸多からんことを願ってるよ!」


 そう言って指を鳴らす。今度はちゃんと鳴ったな。そう思う間もなく視界と意識が歪んでいく。自分が今立っているのか倒れているのかもわからなくなった時、声が聞こえた。


「次に目が覚めたらそこはディアクルーシェだ。これ以上は僕にももうどうすることも出来ない。頑張ってね。あと――」


 歪む景色の中、響く声にもはや返事も出来ない。ただただ気持ち悪い。

 出来ることなら早く意識を失いたいと思ったその時、最後の最後にオレにとっての爆弾を投下しやがった。


「やっぱりアレだけだと心配だから、もう一つだけスキルを渡しとくね。一応チートではないから安心して。使い方はもう君の中に入れてあるから少し意識すれば理解できるよ。それじゃ、今度は退屈しない人生を送れるよう応援してるから♪」


 薄れていく意識で最後に見えたのは、笑顔で手を振っている神様の姿だった。


 ふっ、ふざけんなぁぁぁ~~~!!

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