第3話 テンプレって大事ですよね?

「さて、納得したかどうかはともかく、ひとまず話は聞いてもらえそうかな」


 目の前のガキ、いや神様はそう言って指を鳴らす。


「あれっ?……くそ、この!」


 いや、鳴らなかった。

 何度やってもパチンという乾いた音は鳴らず、指先をこすり合わせる音だけが響く。

 ムキになって鳴らそうとする姿は、見た目も相まって年相応の子供にしか見えない。


 実はホントに子供なんじゃなかろうか?


 一度は信じかけた心がまた疑惑に包まれていく。


「あ……」


 多分顔に出てしまったのだろう。悪戦苦闘していた神様がこちらを見て苦い顔をした。そして誤魔化すように咳をすると、まるで虫を払うように軽く右手を振った。


「おっ」


 すると、今まで全く動かなかった体がようやく動かせるようになったようだ。

 試しに手を握ったり開いたり、意味もなく足の裏を見たりする。間違いなく自分の体だ。


「どこもおかしなところはないでしょ?」

「さっきまで何で動かなかったのか不思議なくらいだよ」


 それくらい普通だ。何の違和感もない。

 神様を名乗るほどなので、そりゃもちろんこの程度は朝飯前にもならないだろうが、腕を振っただけで自分の体が自分のものじゃなくなる感覚ってのはどうにも気持ち悪いというかなんというか。正直二度と味わいたくない。

 しかし、さっきの指パッチンを失敗してたのは何だったんだ?神様なりの演出ってやつで、ホントはあれで治る予定だったんだろうか?


「なに?」

「いや、さっき指鳴らそうとして鳴らなかったけど、あれって……」

「気にしないで。というか忘れて。この体は思ったよりも扱いにくくて」

「この体は?」

「ああ、この体は僕の体じゃないよ。君のイメージさ」

「オレの?」


 どういうことだ?


「別に難しい話じゃない。今君の目の前の僕の姿は、君がイメージする『神様』の姿なんだよ」

「えっと、本来の神様は概念的な存在で実体がないから、オレたち人間の前に現れる時には本人のイメージを元に体を作るってこと?」

「……よくパッとその発想が出てくるね。まあ乱暴に言えばそう。めんどくさいから詳しく説明はしない。めんどくさいのは嫌いでしょ?人によっては女神だったり仙人みたいなおじいちゃんに見えてるってだけさ。君のこのイメージはマンガやラノベの見すぎだと思うけどね」


 その小さな体を見て、オレのイメージをそう評価する神様。どうでもいいけどラノベとか知ってるんだな。


「さっ、そんなことよりも話を戻そうか」

「あ、はい」

「改めて聞くけど、君は異世界に興味はある?」

「ある」


 改めて訪ねられたその質問に、今度はきちんと答えを返す。難しく考える必要はない。普段あんなに退屈退屈言ってるんだ。此処とは別の世界があって興味がないはずがない。


「即答かぁ。本当に君、この世界がつまらないんだね」

「創造主に対して失礼だとは思うけどな」

「そこは気にしなくていいよ。基本僕はノータッチだしね」


 なんとなく信仰厚い人が聞いたら卒倒しそうな会話をしてる気がするけど大丈夫だろうか。まあ、その辺りも全部神様がケアしてくれてることだろう。さっきから人も車も全く通らないし。きっと不思議な力が働いてるんだと、そう思うことにした。


「じゃあここからが本題だ。実は今、この世界の人間が異世界に召喚されようとしてる」

「……」

「けど、この召喚ってのが面倒くさいものでね。ある程度の座標と適正のある人間に狙いを定められるんだけど、効果範囲が大きいから周りの人間も巻き込んじゃうんだ」

「……」

「で、それは僕にとって旨くない。だからこんな風に召喚の時に介入することにしてるんだ。僕が君たちの前に出てきたのはその説明をするためなんだよ。だから色々と質問を受け付けるけど、何かある?」


 それまで静かに説明を聞いていたオレに質問を促してくる。

 基本的にオレは一通りの話を聞くタイプなので最後まで聞いてからと思っていたのだが、質問させてくれるというなら遠慮なくさせてもらおう。


「その召喚ってのは誰かが間違いなく行ってることなのか?何かの事故や実験じゃなく?」


 まずはそこをハッキリさせておこう。これが事故じゃないなら、向こうには明確な目的があるはずで、オレたちはそれを任される可能性が高いということだ。


「ホントに君はおかしいくらい話が早いね。何?日本のサブカルオタク文化に触れてる人間ってのはみんなこうなの?」

「さあ?他はどうか知らないけど、異世界召喚モノを読んだことがあるヤツなら大体はついていけるんじゃないか。皆妄想シミュレーションするだろうし。それよりも質問に答えてくれ」

「ふーん。まあいっか、話が早いのは悪いことじゃないし。答えはYES。今回の召喚はあちらの世界、『ディアクルーシェ』って言うんだけどね、その世界でそこそこ大きめの国の王様が行ったことだよ。いわゆる勇者召喚ってやつ」


 すごいな。ここまでテンプレだと笑いも出てこない。


「何故召喚を?」

「さあ?それは知らない」

「あんた神様なんだろ?」

「管轄違い。残念だけど僕はこちらの世界の神様なんでね。あちらの細かいことまではわかんないんだよ」


 神様にも不可能なことはあるようだ。

 やはり向こうにも神様がいて、そのせいで干渉できないとかなんだろうか。まあ深く考えることじゃないな。


「不特定多数の人間が巻き込まれるのが旨くないって言ってたけど?」

「ああ、修正に時間がかかるんだよ」

「……どういうこと?」

「実は勇者召喚が行われるのはこれが初めてじゃないんだ」


 なんとなく話し方からそうじゃないかと思ってはいたが、どうやら異世界に召喚ゆうかいされるという事例は以前からあったらしい。


「それで昔初めて召喚された時のことなんだけどね、その時はめんどくさくて特に介入しなかったんだけど、40人くらい連れてかれちゃったんだ」

「それはまあ、大変だったな」


 ただの人間であるオレにはどう大変だったのか想像できないが、一応はねぎらいの言葉をかける。しかし神様は、その口先だけのねぎらいに不満だったのかこちらの言葉に噛みついてきた。


「大変なんてもんじゃないよ!いいかい、連れてかれた人間の中には後世歴史に名を残す人間がいたし、そんな人間に影響を与える人もいた。本人がそうでなくても子孫がそうなる予定の人間だっていたんだ。それが一気にいなくなったんだ」

「お、おう」

「おかげで修正に死ぬほど時間がかかった。正直あれは2度とゴメンだよ。とまあ、そういった理由から介入して被害を最小限に抑えることにしたんだ。具体的に言うと本来なら40人連れていかれるところを5人にする」


5人か。『クラスごと』から『巻き込まれ』ぐらいになったな。けど、


「そんなに大変なら召喚自体をこう神様の力ではね除けたりできないのか?そうすれば被害そのものがなくなるだろ」

「残念だけどそれは出来ない。それをするとまた別のとこに齟齬が出る。さっきの修正以上の問題になってね」


 この話まだ聞きたい?と聞いてきたので、オレはもう結構ですと断った。そう聞いてくるってことは多分この話を続けても本筋から離れていくだけなのだろう。


「とにかく、そんな事情もあって召喚される際には色々な不都合が起きないよう僕が介入することにした。ただ、君もわかってると思うけどこれは誘拐と大差ない。見方によっては僕は誘拐の片棒を担いでるように見えるかもしれない。そしてそれは否定できない。だからこうして説明して異世界に行ってくれそうな子を探して、出来るだけ便宜を図ることにしたんだ」


 便宜?なんだか話せば話すほど聞きたいことが出てくるな。


「具体的にはどんな便宜を?」

「何度か話したけど、こうして説明に来たのもその一つだよ。だけど一番メインなのは、僕の話を聞いて異世界に行ってくれる子には何か贈り物をしようと思ってる」

「贈り物ってのはもしかして」

「ご想像通り。スキルだったりアイテムだったり、いわゆるチートってやつさ」


 これぞまさしく異世界テンプレ。


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