第2話 フィクションよこんにちは

 学校からの帰り道、今日は珍しく一人だった。普段であれば文月か樹雷の二人、もしくはどちらかと一緒のことが多いのだが、二人とも本日は用事があった。

 樹雷は学食一週間無料の報酬に釣られ運動部の助っ人へ。文月は惚れ薬がもうすぐ完成しそうだからと理科室へ行ってしまった。そんなところでそんないかがわしい薬を作るな。というかそんなもの誰に飲ませる気だと聞くと笑って誤魔化しやがった。しばらく彼女から受け取ったものは口にしないようにしなくては。

 という訳で独り寂しく下校してるのだが、まあたまにはこんな日もあるだろうと逆に新鮮な気持ちで家路をゆっくりと歩いていた。


 しばらく歩いて、今朝二人と合流したあたりに差し掛かると、ふと足を止めた。


「?」


 なんだろう?自分は今どうして足を止めたのだろうか?

 車が向かってくるなどの危険があった訳じゃない。忘れ物に気づいた訳でも、何か見つけて気になった訳でもない。本当にただ止まっただけ。それに何故か違和感を覚えた。

 疲れてるのかな。そう思いまた歩きだそうとした瞬間、それはいた。


「ねぇ」

「うわっ!?」


 突然声をかけられ驚く。見れば目の前には小学生くらいの少年がいて、こちらの驚き様が面白かったのかケラケラ笑いながら驚かしたことを詫びてきた。


「ごめんごめん。そんなに驚くなんて思ってなくてさ。けどおにーさんちょっと驚きすぎじゃない?」


 一応謝罪の言葉を口にしているが、笑いながら言われてるせいか正直謝られてる気がしない。それに一つ言い訳させてもらえるなら、突然声をかけられたことに驚いたのではない。

 

 に驚いたのだ。


 常に周りに注意しながら生きてるわけじゃないが、だからと言って前方不注意をするほど世の中を舐めてるつもりもない。少年に声をかけられる寸前まで、確かにそこには誰もいなかったのだ。


「あれ?おにーさん大丈夫?僕の声聞こえてる?」

「あ、ああ大丈夫だ。それで何か用なのか?」


 本来ならこんな怪しい状況で、子供とはいえ知らない人間と会話するのはどうかと思うが、内心の驚きや不審を誤魔化そうとしてついこちらから話しかけてしまった。


「うん。ちょっとおにーさんに聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと?」

「そう。おにーさんは異世界って興味ある?」

「……は?」


 異世界?異世界ってあれか?転移だったり転生だったり、チートだったりハーレムだったり、巻き込まれだったりクラスごとだったり、勇者だったり魔王だったり、獣人だったりエルフだったり、魔法だったりスキルだったり、周りだけ高性能だったり、何故かヒロインに好意を持たれていて誰かから嫉妬の罠にかけられたり、その結果最強チートを手に入れて復讐に走ったりする。

 その異世界か?

 ……うん、大分偏った印象しかないけど概ね間違ってないはず。異世界モノは結構な数見たり読んだりしたからな。


 じゃなかった!問題はいきなりそんなことを聞いてきた少年である。

 これが異世界モノのテンプレ神様よろしくなごっこ遊びならまだいい。所詮子供のやることだ。少しくらい付き合ってやるくらいの度量の広さも持ち合わせてるつもりだ。


 だが、今オレはからそうではないと思っている。

 オレは顔には出さず少年に対し言った。


「異世界?何言ってんだ。頭おかしいんじゃないか。病院行くかガキ」


 少々高圧的な言葉になってしまった。前述の理由のためちょっと恐怖を感じてるのかもしれない。


「まあ至って普通の反応だよね。僕もこんな姿だし、ちょっと信じるのは難しいかもしれないね。でもふざけてる訳でも頭がおかしい訳でもない。真面目に質問してるんだよ」

「馬鹿馬鹿しい。そういうのは他の奴にやってくれ。オレはもう行くぞ」


 ここでオレは打って出る。

 コイツの反応でわかるはずだ。先ほどからオレの周りで起きている異常が。


「どうぞ。

「……このクソガキ」


 コイツクロだ。

 そう、実は今オレの体は動かないのだ。

 何を言っているのかわからないと思う。安心してくれオレもわからない。

 ただ間違いないのは、この少年、いや、ガキと出会ってからオレの体は首から下がピクリとも動かなくなっていたのだ。


「今のでわかってくれたと思うけど、おにーさんの今の状況は僕がやったことだよ。けどすごいね。確信がないからって自分の異常を顔にも出さずに話をするなんて。普通できないよ」


 なんか誉めてくれてるみたいだが、そんな大層なものじゃない。単にオレはええカッコしぃだからそんな簡単に弱みを見せたくなかっただけだ。勿論ええカッコしぃなオレはわざわざそれを伝えたりはしない。


「そいつはどうも。それで?こんなことが出来るあんたは一体どこのどなた様で?」

「オタクなおにーさんならもう見当がついてるんじゃない?」

「生憎とオレは樹雷ほどディープじゃないんでな。新手の催眠術師とか?」

「普段から非日常を望んでるくせに、こういう時だけ現実にしがみつくのは止めた方がいいんじゃない?」


 目の前のガキが痛いとこを突いてくる。わかってるよそのくらい。それでもただの一般人としてはこんな反応になるのも仕方ないだろう。樹雷なら何も考えずに話に乗りそうだけどな。

 けど、いい加減こちらも腹を括らなければならないだろう。否定ばかりしても話が進まないし、本当にフィクションで良くあるような話ならここで愚図っても何の得にもならない。

 オレは覚悟を決めた。


「わかった。確かにあんたはオレの想像通りの存在なのかもしれない」

「ご理解いただけてなにより」


 芝居がかった仕草でお辞儀をする。いちいちこちらの神経を逆なでするような行動をするが、逆上して逆らう訳にもいかない。本当にオレの存在程度なら、指先一つで消してしまえるかもしれないのだから。

 しかし、


「けど、例えそうだとしても、オレは自分から名乗らない奴は簡単に信用しないことにしてるんだ」


 言う。言ってしまった。もしかしたら不敬だとか言われて消されるかもしれない。

 けどしょうがない。この退屈な世界のちっぽけなオレだけど、それでも張るべき意地の一つや二つある。他人が見たら馬鹿に見えるかもしれないが、オレの心がここは譲れないとそう感じたのだから。

 オレは目をそらさない。相手は一瞬何を言われたのかわからないようにキョトンとしていたが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべるとこう言った。


「ああ、ごめんごめん。そうだねそれが礼儀だ。間違いなく君が正しい。それじゃあ改めて名乗ろうか。はじめまして。僕は君たちの言葉で言うところの神様だ」

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