Doubt!《ダウト》

けすんけ

第1話 尊いくせにひどく退屈なもの

 ある日ある時ある場所で、杉宮一途すぎみやいちずにとっていつもと変わらない、平凡でつまらないはずの日常が終わりを告げることとなった。


「おにーさんは異世界って興味ある?」

「……は?」




 今朝。

 目を覚ましたオレは絶望のため息をもらした。見慣れた天井に着慣れたパジャマ。辺りを見回せば何も変わらない家具や壁。まごうことなき自分の部屋がそこにはあった。

 別に朝起きたら見知らぬ女の子が隣で寝ていたとか、突然超能力に目覚めていたなんてのを期待していたわけじゃ――いや、正直に言おう。期待はしていた。

 まさかそんなマンガやラノベみたいなフィクションが現実に起こるだろうなんて思ってる訳じゃない。ただ何かほんの少しいつもと違う、そんな非日常ってやつが起こらないだろうか。そう思っただけだ。



 杉宮一途は人生に飽いている。なんて言えばまるで純文学の冒頭みたいに聞こえてカッコいいかもな。

 なんて、くだらないことを考えては鼻で笑うくらいにはオレはこの世界は退屈だと感じていた。

 フィクションだとたまにいる天才たち。あまりにもハイスペックすぎて何をしてもうまくいくので、次第に何をしてもつまらなくなる彼ら。オレは彼らみたいな天才では決してない。至って平凡、容姿も特筆することもない純日本製。運動だって苦手ではないくらいのものだ。自慢できることと言ったら目の良さと反射神経くらいなものか。そんなオレがフィクションの天才たちと同じような悩みを抱えることを不思議に思うだろうか?オレはそうは思わない。

 平凡だからこそ何をしてもそこそこで、理想通りに出来ない自分にイラつき、努力しても遅々として進まず、見えない成果に疲弊していく心。

 次第にこう思う。

 どうせオレなんて……

 そんな状態で生きてて楽しいはずもなく、毎日毎日焼き増ししたかのような日々の繰り返し。そりゃ退屈にも感じようというものだ。


「まあ、そうは言っても嫌でも時間は流れるわけで……」


 登校中、つい一人そうゴチる。端から見たらさぞ危ないやつだろうが幸い周りに人はいない。

 他の奴はオレみたいに考えたりしないのだろうか?

 みんな何かしら夢中になれるものや熱中できるものがあってそれなりに充実した毎日を送っているのだろうか?

 うらやましい限りだ。

 オレにも日々の楽しみの一つや二つないわけじゃないが、


「……ちゃ~ん!」


 探そうとしたこともあるけど、今の世の中やろうと思えば案外簡単に出来ちゃうんだよな。そうなると今度は逆に選択肢の多さが二の足を踏ませてしまったり、


「いっちゃ~ん!!」


 って、うっさいな!朝っぱらからそんな大声で連呼するんじゃない!

 振り向けば見覚えのありすぎる少年がこちらに向かってダッシュして来ていた。本人は本気で走っているわけではなさそうだが、かなりの速度が出ているみたいで、


(あ、これダメなやつだ……)


 勢いそのままに飛びついてきた。


「あぶなっ!?」

「おっはよ~♪……って、あれ?」


 こちらは間一髪避けられたが、少年の方は完全に頭から突っ込んできたのでそのまま地面にダイブするかと思ったが、華麗に受け身を取りオレとのスキンシップに失敗したことを不思議がっていた。くそぅ、この身体能力異常者め、擦り傷の一つくらい出来ればいいのに。

 しかし一難去ってまた一難と言っていいのか、 なんとか躱したオレはそこで柔らかいクッションみたいなのに衝突した。

 

 ぽよんっ


「あんっ♪」

「げっ!?」


 ちょっとばかり頭が幸せに包まれることになり、世間的にマズいことになりそうだったが、相手の正体に気づいた瞬間さらにマズいことになる未来が見えた。ので、咄嗟に離れようとしたのだが、残念ながら相手の方が一歩速かった。

 そのまま両腕でオレの頭を胸元に抱きしめると、


「や~ん♪いっちゃんたら朝からだいた~ん♡こんなところでなんてあたし興奮しちゃ~う♪」

「もがもがー!(ちょっ、お前ふざけんな!)」


 そう言って頭を抱えたまま楽しそうにクルクルと回り始めた。


「あ、ふみずりーぞ。俺もいっちゃんと遊びてーのに」

「あら、先手はちゃんと譲ってあげたじゃない。自分の失敗をぶつけるのはよくないわよ樹雷じゅらい


 そこに樹雷と呼ばれた先程の少年が戻ってきて、オレを抱えた少女と取り合いを始めた。

 つか、先にネタバレするけどこいつら姉弟である。そしてこの姉弟に何故か気に入られているオレは、毎回毎回振り回されるのだ。


 姉の方、萩村文月はぎむらふみづき。腰まで届く黒髪のロングストレート。切れ長の瞳にシャープな鼻筋をしたキレイというよりもカッコいいと言える顔立ちの美人。長身なうえ出るとこは出て、くびれるところはくびれているハッキリとした輪郭のスタイルはモデルですら嫉妬することだろう。

 ちなみに隣の席の佐々木さんが、彼女は芸術的な美しさとはちょっと違うかもしれないが、間違いなく女性の理想の一つだわと呟いていた。すごいな佐々木さん、どっかの評論家みたいだ。

 そんな女性の理想の一つのコイツは、一言で言えば残念な天才だ。

 現状を見てくれればわかると思うが、同級生の男に対してこういうことを平気でする。初対面の時なんか本当にひどかった。

 あまり思い出したくないので詳しくは割愛するが、いきなり「連れションしよう♪」と言われ女子トイレに連れ込まれそうになったのだ。さすがにそれは無理だと言うとなんと男子トイレに来やがった。用を足していた男子が驚きのあまり固まっていたが当然だろう。

 あの時のせいでしばらくオレは学校側から要注意人物扱いされた。理不尽だ。

 そんなことを平気でやるコイツだが、頭の方もぶっとんで優秀らしい。らしい、というのはオレが理解できてないだけなのだが、以前どっかの研究所から誘いを受けていたのを話していた。本人は興味がないらしく断ったそうだが。

 そして弟の方が萩村樹雷はぎむらじゅらい。二卵性とはいえ双子なだけあって姉と良く似た美形であり、ベリーショートな髪型が良く似合っている。体型も引き締まっており外見だけなら非の打ち所がない。

 そんな『ただしイケメンに限る』を地で行く男だが、気の毒なことにこちらは残念なバカだ。

 こう言うと外見だけの、本当に残念な感じに聞こえるかもしれないが、もちろんそんなことはない。残念でバカだがこいつは身体能力が異常にハイスペックなのだ。どれほどかと言えば、こいつが何かスポーツをすれば間違いなく記録が塗り替えられる。中学の時に100mで9秒台を出した時には爆笑した。思えばあんなに笑ったのはずいぶん久しぶりだったかもしれない。

 樹雷もいろんな団体から誘いがあったらしいが全て断っている。理由を聞かれて「家でアニメ見てる方が楽しいから」と答えた時のスカウトの人達の顔は最高に滑稽だった。写真に残せなかったのが惜しまれる。


 何故こんなマンガの登場人物のような姉弟がここまでオレになついてくるのかはわからないが、オレは二人には感謝している。このつまらない世界で、こいつらといる時だけは退屈が紛れるのだから。




「なあいっちゃん、昨日貸したヤツもう見た?」


 学校への道すがら、文月の思春期男子には色々と難易度の高い天国からようやく抜け出して普通に歩けるようになると、樹雷がそう聞いてきた。

 ちなみにエロ本やAVの類いではない。

 こいつは時々オススメのアニメを押しつけてくるのだ。


「どれのことだよ……」


 それも何本も。


「あの中だったら『鳥デス』か『こんちき』かな。昨日渡した中でも特にイチオシ!」


 イチオシなら一つに絞ってほしい。

 補足しておくと『鳥デス』というのは、一年前からある雑誌で連載が始まった『Trick or Death』というマンガのタイトルを略したものだ。

 魔技士マジシャンと呼ばれる魔力を持った者達が戦い優劣を決める世界で、魔力を持たない主人公がタネも仕掛けも用意して手八丁口八丁に相手を騙して勝利をつかみ、後にトリックスターの異名を持つほどの魔技士に成長していく話なのだが。

 美麗なキャラクター達に激しい戦闘描写、仲間との熱い友情や時折差し込まれる恋愛パートで世の少年少女達の人気を鷲掴みにした。

 その人気たるや連載開始から一年足らずでアニメ化が決定するほどだ。そのニュースを聞いたときの樹雷の喜びようは正直引くほどだった。

 ちなみにタイトルを略した際、鳥という漢字が入るのは、序盤の話で主人公がピンチに陥り敵から逃げようと崖から飛び下りる時に言った「オレは鳥だ。鳥になるんだー!!」というセリフから来ている。


「こんちき」の方は最近よくあるハーレム系のラノベ原作のアニメだ。正式なタイトルは「お狐さまとヘタレな僕」

 優しさだけが取り柄の気弱な主人公のもとに、むかし山で助けた狐が妖怪化して人の姿で主人公の家に押しかけて来る話で、主人公の周囲で起こる様々な問題を狐の力を借りて解決し、気づけば色々な女の子と仲良くなっているという、良く言えば王道、悪く言えば良くあるパターンな作品だ。

 ラノベの方は読んでないが、人物描写と話のテンポが秀逸(樹雷談)らしい。

 こちらのタイトルはお狐さま→鳴き声のコンと、ヘタレな僕→チキンをもじって「こんちき」とのこと。

 そして主人公が気合いを入れるときによく「こんちきしょう!!」と叫んでいるそうだが、関係あるかは知らない。

 何にしろ、世のオタクの方々はうまく略すもんだ。


「とりあえずどっちも3話までは見た。『鳥デス』は流石の面白さだったけど『こんちき』はなぁ。個人的にハーレム系アニメって肌に合わなくて」

「何で?いいじゃんハーレム!男だったら1度は夢見る状況じゃん」


 オレの感想に樹雷が反論する。そういえばこいつ、異世界転生モノとかハーレムになりやすい作品も好きだったな。まあこいつの場合ハーレムっていうよりも、自分の好きなヤツらが周りにいる状況に憧れているんだと思うが。

 この姉弟、何かとハイスペックなせいか仲のいい友人があまりいないからな。

 そんなことを考えていると文月が横から口を出してくる。


「自分の好みを人に押しつけちゃダメよ樹雷。そんなにハーレムが作りたかったら一夫多妻制の国に移住したら?あんたのおバカな頭で言葉を覚えられたらだけどね」

「はんっ、ちょっと頭がいいからって嫌味なこと言うなよな。そんなんだからいっちゃんにすそにされるんだぜ」

「あら、ちょっとじゃなくて桁外れにいいのよ。それに裾じゃなくてそでにされてるの……袖になんてされてないわよ!?」


 ないわよね!って目でこっち見んな。

 安心しろ。してるつもりはないから。

 そんなことを話しつつ気づけば学校に到着する。樹雷たちとはクラスが違うのでそろそろお別れだ。


 さあ、日常の始まりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る