第42話 魔族の影


 なまくらとはいえ鉄製の剣でライに稽古をつけてもらう毎日。


 忘れていた感覚が日に日に甦ってくる、熱い感覚をシムは噛み締めていた。


「こりゃ…剣の専門家に代わってもらわないと、そろそろ相手できないなぁ」

 ライは元はといえば弓の名手、ブランクがあるとはいえ"超優秀"のシムをこれ以上指導することは出来そうにない。


 それだけシムが目まぐるしく成長している証しでもあった。


「ユカの妹とギルドやってる知り合いが居ただろ?頼んでみろよ」

 ログが見物しながらライに応えている。


「ダイさんかぁ、いいかもしれないねぇ」

 少しだけ遠い目をしたようにも見えたが…、シムの気のせいだったかもしれない。


「シム、休憩だ。俺はちょいとダイさんに会ってくるよ、適当に練習しててくれ」


「あ、はぁーい。お疲れ様ですぅ」


 アカデミーでの訓練、授業などは基本的には自由。

 講師の都合で授業のような勉強は少なく、ほとんどの時間は稽古、課外授業(ほぼ本物のクエスト)だった。


「俺も少しは相手が出来るといいんだがな、あいにく剣は全く駄目なんだ」

 モンク(武道家)のログは苦笑いを浮かべて、装備している手甲を軽く叩いて見せる。


 水をのみ、小休憩しているシムとログの所へ駆け足でユカが現れた。


「いたいた!ログ!ライは?!」

 慌てているようにも見える…


「ダイって言ったか?ユカの妹のギルドメンバーの。そこへ行ってるが?どうした」

 普段はおおらかなユカ、いつもと少し違う様子にログはきょとんとした顔をしていた。


「アキムギルドね!私たちも行こ!シムも着いてきて!!」


 理由を聞くよりも先にユカは走り出していた。


 小さくため息を突きながらログも跡を追う。

 シムも吊られて二人に続いた…。


 ―――――――――


 ライは一足先にアキム詰所に到着しており、ダイと若き騎士らしき男とテーブルで話をしていた。


「なるほどな…、俺も噂には聞いたことがあったな、超優秀の剣士か…。」

 ダイは腕を組みながらうなずき、チラリと若き騎士に目線を送る。


「…なんですか?」

 ダイの目線に気付いた若き騎士は機嫌悪そうに答える。


「ライ、俺は正直もう老いぼれだ。こいつとやらせてみちゃどうだ?」


「ダイさんの推薦なら構わないよ。君の名前は?」

 ライもこの若き騎士とは初対面らしい。


「…バト」

 ムスっとしたまま名前だけを答えるバト。

 何に対して、何がそんなに気に入らないのか?

 バトはずっとうつむいていたり、機嫌悪そうに眉間にシワを寄せている。


「バト君、うちの新人に稽古を付けてくれないかな?今アカデミーは剣士不足でね、彼を見てやれる奴が居ないんだよ」

 相手が機嫌悪そうにしていても気にしない。ライは良くも悪くも言いたいことは言う。そういう人だ。


 バトの答えを聞くよりも先に勢いよくドアを開けてユカが入ってきた。続けてログ・シムもいる。

「ライ居たわね!ダイさんも、ちょうど良かった!(※辺りを見渡しながら)…リコは?」


「あぁ、ちょっとした買い出しだ。すぐ戻る。それよりどうしたユカ?」

 まぁ落ち着いて深呼吸でもしろよ、と言いたげなダイ。


「荒れ地に魔族が関与した魔物の巣窟が出来てるって!上級クエストが来るわ!」

 ※クエストが来るとは、ナイトギルドが冒険者に向けて依頼を出すと言う意味。


「なんだと?!」

 驚きを隠せないダイとライ(もちろんログとシムも)

 さらに鋭い目付きでバトはユカの話を聞いている。


「今はナイトギルドの偵察隊の報告待ちだけど、ほぼ間違いないわ。数日後にはクエストが出るわね!」

 シムはやっと気付いた。ユカは慌てているのではなく、胸踊らせているのだ。


 上級クエストが来る。


 それが恐ろしくもあり、楽しみでもある。

 冒険者の心情というものなのだろう…。


「上級クエストか、支援不足だな…。お互い若い剣士も居るみたいだしな」

 ダイはますます腕を強く組み、深く目を閉じて考え込んでしまった。


「支援は大丈夫!カヨを呼ぶわよ!」

 こういうことには強気のユカ。さすが長女。


「そうなると…、ますますバト君にはうちのシムを見て貰いたいんだけど…?」

 少し意地悪な横目でバトをみるライ。


「ぇ?僕ぅのことですかぁ?」

 いまいち状況を掴みきれていないシム。


「…判りましたよ」

 渋々?バトは小さく舌打ちもしながら了承した。


「決まりだな!猶予は2~3日だろう。リコには俺から伝えておく、ユカはカヨを。バトはシムを見てやってくれ。」

 やっと話がまとまり立ち上がりながらダイが力強く号令をかけた。


「おいお前。明日からすぐに始める。東地区の演習場だ。遅れるな」

 終始怒ったような態度だが反対はしていない。

 シムはバトの怖い顔は苦手に思えたが、剣士としての資質にはこの時から一目置いていた。


「ぁ、はぁい!シムです。よろしくお願ぃしまぁす」


 癖のある口調に、一瞬バトの眉間がピクっと反応したが、そのままバトは奥の部屋に消えていった…。


 魔族が絡んでいるかもしれないクエスト。



 "超優秀"保持者のシムにとって申し分のない初陣となる。

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