第35話 サエ

 アビスヘイム攻略をギルド内で確約した数日後、サエは独り街を歩いていた…。


 彼女の両親は既に亡くなっている。

 両親が遺した情報ルートが彼女の身を支えていた。

 "元義賊"

 それが彼女の両親だった。


 私腹を肥やす王宮の官僚に鉄槌を下したり、

 盗賊集団に闇ルートで武器を横流しする悪徳商人を成敗するなど、

 非公式に悪をくじく事で街の平和を守り抜いた両親。


 義賊というやり方が正しかったかどうかは彼女には解らない。

 けれど、その行いで今でも続く人脈の多さが両親のやって来たことは間違っていなかったと、彼女だけには証明してくれている。


 持ち前の明るさもあり、特に商人達には人気が高いサエ。

 10数年前の魔族進行を食い止めて以来、魔物の数は沈静化しつつあり、武器商人達が稼ぎに困っているとき、冒険者の立場からナイトギルドや騎士団へ装備品を定期的に卸せるように働きかけた立役者がサエだった。


 交渉の場を用意しただけにすぎないサエは、

 表舞台に名前は出ることはなく、その功績を知り彼女を慕う人間は一般的には多くはない。

 けれど、商人達の中では彼女を新しい形の義賊として、サエを応援、慕う者は多い。


 時おり空を眺めては溜め息…

 サエは悩んでいた…。


 元近衛副団長のダイ、近衛出身のギルドマスターリコ、前騎士団長の息子バト、アカデミー最優秀新人騎士の称号を持つシム。

 彼らのような冒険者として一流のものなど彼女には何一つ無かった。

 戦闘では索敵、撹乱、潜伏、情報操作が専門で前に出て戦うことには向いていない。


 特にアビスヘイムともなれば魔物も強敵揃いで役に立てる保障はない。


 ギルドメンバーは好き。

 でも…今の私に出来ることって…。


 また深い溜め息が出ていた…。


 そして、一番の胸のつかえは"バト"。


 サエはずっとバトに片想いをしていた。

 ハナはとてもいい子、彼女を恨んでなどいない。

 けれど、突然現れた少女にバトを奪われた心の傷が簡単に癒える事はなかった…。


 住民に気付かれないよう武器商人達は内密にアビスヘイム掃討作戦のための準備を裏方で慌ただしく始めていた。

 これは現騎士団長カルの命令である。


「サエちゃん、どうした浮かない顔をして?」

 馴染みの防具屋の主人が気さくに声を掛けてくれる。

「ううん、何でもないよ!商売頑張ってね!」

 とっさに笑顔を作ってみたが、きっとひきつっていただろう、サエの後ろ姿を見送る主人は首を傾けていた。


「サエ!」

 また声を掛けられた。

 声の主は中等の同期で騎士団に入った騎士のロンだった。


「時間あるか?茶しながらでもどうだ?」

 サエは声無く頷き、テラスのある喫茶でテーブルを共にする。


「どうしたの?」

 ロンに会うのは久しぶりだった。中等時代はチームを組むなどして、同期の男性の中では割りと話せる間柄。


「それはこっちのセリフだ。なんだよシケた面してボォっと歩いたりして、お前らしくないぞ」


 私らしさ…?


「大したことじゃないよ…」

 まだアビスヘイム攻略は機密事項に近い、たとえ騎士団員だとしても話していい事ではなかった。


「俺さ、この間小隊長になったんだぜ!」

 小隊長とは10数人の部下を従える地位で、若手では当たり前の通過点ではあるが、サエやロンの世代で成るのは早い方で、彼が順調に出世街道を歩んでいることがすぐに解った。


「やったじゃん!昔からがんばり屋だもんね、ロンは」


「頭悪いからな。強くなるしかないだけさ、情報戦も出来るお前が羨ましいよ」


「そんなの…」

(どんなに情報を操れても、"彼"の心を見抜けなきゃ意味無い…)


「ははぁーん…男か?」

 目を細め、サエを見通すように顔を近づけるロン。


「なっ?!」

 図星!と、あまりにも急に"男性"の顔が至近距離に来たことに驚き椅子を倒してのけ反るサエ。


「図星だな、情報屋のくせにポーカーフェイスも出来ないか、色恋沙汰だけは。ははは!」

 ドヤ顔で高笑いをするロンをサエは頬を赤らめながら睨み付ける。


「うるさいっ!あんたこそどうなのよ!そろそろ彼女の1つでも居てもいいんじゃないの?!出世してるんでしょ」


「あー…そっちは専門外だな!」


「ふぅ…デリカシーが足りないからね、あんたは!」


「あのさサエ…」

 おもむろに真剣な表情をするロン、ふざけた事ばかり言っているから、真面目な顔をされるとなんだかこっちが照れてしまう。


「まだ内密らしいが、お前は情報屋だし知ってるだろ?近くに"あの城"へ大規模な掃討作戦があるって…」

 "あの城"とは、アビスヘイムの事だが、王都内などでは伏せられて呼ばれる事もある。内密情報だから尚更だ。


「うん…」


「俺も少人数だが部下を持つ小隊長だ…怖いんだよ…」


 サエは今までに無い気持ちがロンに抱きはじめているのを感じていた、立場は違えど、戦場に赴く恐怖に怯えているのは同じだったからだ。


「サエ、俺と一緒になる気は無いか?」


「え?!」

 急すぎる告白に言葉を失う、それまでごちゃごちゃしていた頭の中も完全に吹き飛んでしまった!


「返事は急がない、でも、出来れば作戦の前には聞きたいかな…」


(ロンが?ぇ?え?!あのロンが私?私なんかが?!一緒って?妻?結婚?!)


 パニック状態のサエだったが、元より頭の回転は早い。

 1つの答えがすでに出ていることにすぐに気付く、

 そう、さっきまであんなに考えても考えても答えの出なかった問題など全部忘れて、今は彼の…ロンの事ばかりを考えてる。

 中等の頃の思い出、

 逞しくなって目の前にいる姿、

 そして、きっと彼が彼女をずっと作らなかったのは…。


「私で…いいの?」


 ふぅ…と軽い溜め息のあと、迷いの無い瞳と笑顔で彼は応えた。

「良いも悪いも無いんだけどなぁ、俺にはずっとお前だけだ」


 彼は、頭が良くて騎士団ではなく冒険者の道を選び、ましてや"あの"アキムギルドに入って頑張っていたサエをいつも遠くから見ていた、いつか話せるときが来るのを待ちわびていた。そして自身も出世を果たし、まだまだ未熟者とはいえ、少しでもそんな彼女に並べた気がした…

 いや、これは口実なのだろう。

 男として、誰かの事で悩み、落ち込むサエをもうこれ以上見たくなかった、ただそれだけなのだ。


「筋肉馬鹿のくせに…とうとう頭まで筋肉になってオカシクなったんじゃない?」

 照れ隠し、


「なんだとぉ!俺は真剣に…」


「私で良ければ…ロン」

 不意打ち!


「あ、が…え?」

 開いた口が塞がらないロン。



 二人は共に頬を赤らめ笑いあった。

 ここにまた一人、護るべき者が出来た騎士が誕生し、

 サエは一人の女性として生きる道を選んだ。


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