第33話 そびえる壁

 ハナは異例の速さで回復し、1週間程度で退院した。

 回復系を扱える者は自己回復能力も高いのだと後になってカヨさんから教えてもらったが、周りもかなりビックリしていたのは言うまでもない。


 退院した日は祖母に長いことお説教を受けたが、それだけ心配をかけてしまったということ。


 次の日、さっそくクッキーを焼き、アキムギルド詰所に顔を出した。


「おはようございます!」


「ハナちゃん!」

「おぉ!ハナ」

「おかぇりなさぁ~い」

 リコ、ダイ、シムから元気な挨拶が返ってくる。

 バトとサエの姿は無かった…。


「ご心配おかけしました。クッキー焼いてきたよー!」


「やったぁ♪」


 4人でテーブルを囲み、しばしホットミルクで雑談タイム。

 ゆったりとした時間が過ぎていた。


「こんにちわー」

 申し合わせたかのようにカヨさんが詰所にやってきた。

「私が呼んでおいたの。アビスヘイム攻略にはカヨ姉にも手伝って貰うつもりよ」

 さすがリコさん。用意周到!


「話はリコから聞いてますが…アビスヘイムですか、大きく出ましたね」

 難しい顔でカヨは切り出す…。


「無茶だって判ってるけど…、アタシ、行かなきゃ」


「最近になって増えている地震はアビスヘイム城の崩壊が始まってる前兆なのは確からしい」

 ダイさんは元騎士団なだけあって、その筋の情報には詳しい。


「それでもアビスヘイムにはまだまだ魔物の大軍勢がいるのよね…」

 自分達だけでは多勢に無勢とリコは嘆く。


「俺の方で一応騎士団に相談してみるが、崩壊を目前にした所へ騎士を派遣してくれるかは判らんぞ」

 ごもっともです。ダイさん…


「そこで、私からの提案なんですけど…」

 おもむろに切り札があると切り出してきたカヨ。

「ま、まさか…」

 少し青い顔をするリコ、ここら辺りがあるみたい。


「そのまさかです。ユカ姉さんに応援を頼みます。」


「ユカ姉さん?」


「堅実だな…」

 ダイも何か知っているようだけど、誰?


「僕は会うのは初めてかなぁ~?」

 ここまで会話を聞いて頷づくだけだったシムがやっと喋った。


「ハナさんは名前を聞くのも初めてでしたね。私たちは3姉妹で長女がユカ姉さんなんです」


 3姉妹?!長女!


 リコは頭を抱えているようにも見える。

 カヨさんとは仲が良いけど、ユカさんとはあんまりなのかな??


「ユカは凄いぞ、アカデミーの校長をしているからな」


 "アカデミー"

 それは中等士官学校よりもさらに上の学校で、専門的な戦闘訓練や冒険の勉強が出来る所だ。


「確か、私設ギルドで運営されていて、冒険者育成の底上げをしているって言う…」


「そう、冒険者の母とも謳われている校長が私達の姉のユカなの。」

 なまえまでは知らなかったけど、若い女性の校長だというのは聞いたことがあった…、まさかこの二人の長女だったなんて。凄い姉妹…。


「今日はバトもいないし、ユカ姉とも日程を合わせないといけないから、ね、解散にしましょ」

 言葉がたどたどしい。

 苦手なのかな、リコさん。


 そういえばあの告白からまだバトさんに会っていない。

 元々騎士として上位だから討伐クエストで忙しい人なのは理解しているけど…。

 自分から告白してきて、ちょっと彼女を放っときすぎじゃないかしら。


 ダイは騎士団へ、

 カヨはユカと日程を調整することでこの日の会議は終わった。


「ハナさんは体の調子に合わせて少しでも初心者クエストを進めておいて下さいね。何事も経験ですから。」

「はい!カヨさん」


 そうだ、結果的に独り占めになってしまったけど、キリとふたりで稼いだお金が貯まっていることを思い出したハナ。


 明日は新しい装備を見に行こう。

 瀕死の重症を負ったにも関わらず、再び冒険が出来る喜びに不安など微塵も無かった。


 今のハナではアビスヘイムはあまりにも高すぎる壁。

 それでも行くと決めたから、出来るだけの努力はしなくちゃ!共に戦ってくれる皆さんに申し訳が立たない。


 死ぬ気で行くんじゃない。

 必ず聖石を見つけ、アビスヘイムを攻略するために行くんだから!


 詰所からの帰り道、ハナは大空に向かって手を上げ仰いだ。


 "希望を抱き続けなければ光は射さない"


 オヴェリア姫の、ちょっと古くさいけど心を打った言葉を何度も頭のなかで繰り返す…。


(バトさんに会いたいな…)

 不安で押し潰されそうになる気持ちがより一層彼への想いを募らせていくのだった…。

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