第26話 その瞳を見れずに…

 その日は朝から晴天だった…


 図書館に行った次の日、アキムギルドでリコ達と打ち合わせをして、この日を迎えていた。


 目的地が少し遠いこともあり、まだ朝霧の残る透明な光が射す西門で待ち合わせをしていた。


「おはよウ」


 いつもの平坦な喋り方…

 振り向いて挨拶をしようとしたハナは絶句した。

 しかし、気持ちを切り替えて言葉を返す。


「うん。おはよ」

(なんとか普通に出来たかな…)

「ねぇ、キリ、朝、顔を洗ってきた?」


「ん?…忘れたかもしれないナ…」


 何気ない挨拶と会話にしたつもり…。


「行こウ、今回の場所は遠いんだロ?」

「あ、うん」


 以前から冒険の最中(歩いているとき)などは無言だったりする二人だが、今日は特にハナから話すには気が重く、静かに目的地へと向かう二人…。


(気付かれないようにリコさんが忍び足で付いてきてくれてるとはいえ…、緊張するぅ…)


 道中ではゴブリン(亜人)の住む森などを通るが、街道が続いているためこれに沿って歩いていけば昼間なら遭遇する確率は低いとのこと。


 いつもならキリが護衛を兼ねて先導するのだが、いっぱいいっぱいのハナは足取りも速くなり、キリの前を歩いていた。


 お昼近くになり、ゴブリンの森を向けるとそこは1面の荒野、この先に数百年前に滅んだ町跡があり、そこで唯一現存している建物が廃屋と呼ばれている。


「ハナ」

「はっはい?!」

(しまった不意を突かれて変な声が…)


「そろそろお昼ダ、少し休もウ」

「そ、そだね!」


 腰を下ろすのに手頃な岩を見つけ、持ってきたパンをミルクで強引に飲み込むハナ。


(食欲なんて無いけど…)


 横目でチラリとキリを見て、すぐに伏せってしまった。

(ダメ…まともに見れないよ…どうしよう…)


「そろそろ行こうカ、この先だロ?」

「う、うん、行こ」


 度々風が吹き、砂ぼこりが舞う荒野を二人はただただ歩いていた…。


「今日はなんだか変だナ?ハナ」


 荒野の真ん中で足を止めて、キリがとうとうハナの挙動不審な態度に突っ込みを入れてきた。


「そうかな?遠いし、最後のクエストで緊張してるだけだよ」

(なんとか廃屋まで行かないと…)


「僕の方を向いて話なヨ」


(ダメ…見たら…戻れない…)


 ゴクリ…。

 唾を飲み込みハナは意を決して振り向いた。


「どうしたんダ?ハナ」


「キリ…、もう一度聞くよ…?」

「あぁ」

「朝、顔を洗って、鏡を見てきた?」


 一瞬、とても冷たい風が横凪ぎに二人に吹いた…(気がした)


「どうシテ、そんな事を聞くンダ?」


 ハナは朝の挨拶から気付いていた。

 彼の平坦な喋り方でも今日はイントネーションが少し違うこと。

 そしてあの時振り返ったときに見たもの、

 それは…


 左目の白目が黒く染まり、綺麗なアクアマリンの瞳は濃紺に濁ったキリのその変わり果てた姿。


(たどり着けなかった…ごめんなさい…リコさん、バトさん…)


「キリ…、あなたはまだ人間なの?」


「うっぐぐ…!」

 アタシの言葉を聞くと左目が痛むのか手で押さえて苦しみだすキリ。


「ハナ…、ナゼ…僕のパートナーに…、なってクレナインダ!」


 段々と声が太く濁ったものへと変わっていく…。


「キリ…」


「うぅ、ぐぐぐ…」

 苦しみの声が禍々しいうめき声のようになっている…。


「ハナ離れろ!」

 アタシの後ろ(廃屋側)から芯の通った声が掛かる。バトさんだ!


「お前ハ…!」

 黒い瞳がバトを睨み付けた!


「ハナちゃん、下がって…」

 流石忍び足、すぐとなりに来るまでリコが近くに居ることに全然気付かなかった。


「アタシもちゃんと向き合うって決めたんです!」


 リコの制止を振り切り、キリと一定の距離を置いて対峙することを決めたハナ。


 リコはハナの横で速やかに戦闘体制に入った。

 独特の武器、両手に短い刃の付いたジャマダハルと言う、暗殺者の装備だ。


「邪気の満ちる廃屋に行くまでも無かったな…」


 そう、当初は邪気の強い廃屋で何か変化が見られるはずという作戦だった。

 しかし、邪気の侵食が早く、すでにキリは体半分が魔人化してきていたのだ。


「お前ハ…、邪魔ダ!」

 キリはそう叫ぶと剣を振り上げバトに襲いかかる!

 バトもすでに大剣を抜いていて、これを弾いた!

 キリの軽い片手剣とバトの重い両手剣がぶつかり合い、荒野に激しい金属音だけが響き渡る!


『ガァァァ!』

 もう人の発するものとは一線を越えた声がキリの口から溢れ出す!


 ハナのためかバトはわざと防戦一方にしているようにも見えた。


「やめて…、キリ…、もう…」


 次の瞬間!

 速さで勝るキリの剣がバトの肩を切り裂いた!傷は浅いが血が滲むのが見える。


『高速剣!』

 バトの反撃がキリの体を切り刻む!


 剣と剣で合間見えればバトの方が1枚も2枚も上手だった。


 体中のあちこちを斬られ、血塗れになるキリ…


「キリ!ヒール!!」

 ハナは反射的にキリに対して回復を試みるも…


『ゥガァ!』

 ヒールが届いた所は火傷のように爛れてしまった!


「そ、そんな…?!」

(もう…"ヒト"じゃないんだ…)


「ハナ…!コレガお前ノ答えカ!」


「違う…あ、アタシは…」


 攻撃されたと見なしたキリの瞳はさらに黒く深く染まっていく…!


「もう魔人化する!ハナちゃん、これ以上はもう下がって!!」


 リコに突き飛ばされるように後ろへ押されるハナ。


 右目までも黒く染まり、体のあちこちから濃紺の邪気が煙のように吹き出し始めた!


 闇色に変色したキリは静かに、しかし、深く心に突き刺さるような恐ろしい声で語り始めた…


『我ハ…、人間ヲ滅ボス者…』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る