第28話 宵闇の姫【2】
雨に 三日月
消えない 虹の橋
今ここにいるあなた
雨は空へと降り続け
太陽が闇夜を照らす
いつもそばにいるあなた
雲は風に逆らって流れていく
いつまでも止まったままの時間
終りのない物語
今ここにいるのはあなた
だから私はいつまでも独り
***
フィシュアが歌い終わって席に戻ってくると、そこには何やら考え込んでいるテトがいた。
シェラートが眉を寄せているのは別段珍しくもないが、テトが眉と眉の間に深い皺をつくるなど、はじめてといってもいい光景だ。
「何。テト、どうしたの?」
椅子を引いて、テトの横に腰かけたフィシュアは、いつもと違って険しい顔をし続ける栗色の髪の少年を眺める。
フィシュアの問いかけにも気付かなかったのか、テトは腕を組んでただひたすら机の一点を見据え、小さく唸っていた。
運ばれてきた水を店員から受け取り、フィシュアは礼を言う。その間も、いっこうに微動だにせず悩んでいるテトのようすに、フィシュアは彼の
「何、本当にどうしちゃったの?」
珍しくテトを放置して、香草がたっぷりとまぶしてある骨付き肉を食べていたシェラートは、テトのようすを眺めやると、肉を皿に戻した。困惑しているフィシュアに、料理の皿をまわしながら、シェラートは口を開く。
「あー、なんかお前が歌った途中の曲の歌詞が意味不明だったらしい。それ聞いてからずっと考え込んでる」
「え、それってどの曲?」
「なんか、月とか雨とか太陽とか自然のものが、たくさん出てきてたやつだ」
「あぁ、もしかして、“雨に三日月、消えない虹の橋、今ここにいるあなた”?」
フィシュアが歌を口ずさむ。テトは、パッと顔をあげた。
「あれ、フィシュア、いつ戻って来たの?」
やっぱり聞こえてなかった、と半ば呆れながらも、この曲か、とフィシュアは確信する。フィシュアは、手をあげると、忙しそうに食堂を立ちまわっている給仕の女に声をかけた。
「すみません。紙と、それから何か書くものを貸してくれませんか?」
快く請け負った給仕の女が、すぐに紙とインクの入ったガラスペンを持ってくる。筆記具を受け取ったフィシュアは、紙にさらさらと歌の歌詞を書きだした。
テトもその紙をじっと見つめる。しかし、字を習い始めたばかりのテトには、まだ読むには難しかったらしい。次々と増えていく文字を、ただ不思議そうな顔で追っている姿は、はた目からみるとなんともほほえましかった。
そんなテトのために、フィシュアはすべての歌詞を書き終えると、単語の下に三日月や虹の図を書き加えながら、一つずつ説明していった。
「まず、雨に三日月、消えない虹の橋、今ここにいるあなた、ね。ここまでで、何かわかることはある?」
「今ここにいるあなた、かな。他のは、なんだか謎々みたい。だって、雨の日に三日月なんて見えないでしょう? それに虹だってすぐ消えちゃうし」
「うん、そうね。テトの言う通り。じゃあ、次。雨は空へと降り続け、太陽が闇夜を照らす、いつもそばにいるあなた、は?」
「雨は空から降ってくるでしょう? それに太陽が照らすのは、闇夜じゃなくて昼だよ」
「また正解。わかっているじゃない。雲は風に逆らって流れていく、いつまでも止まったままの時間、終りのない物語、今ここにいるのはあなた、は?」
「雲は風が吹く方に流れていくし、時間は止まらない。物語だって、いつかは絶対終わる」
「うん、じゃあ、最後。だから私はいつまでも独り」
「それは、どこも間違ってないよね。でも変なの。だって“私”のそばには、今もいつも“あなた”がいるんでしょう? なら、独りなのはおかしいんじゃない?」
テトは、答えを教えてもらおうとフィシュアを見たが、フィシュアは微笑んでみせるだけで口を開こうとはしない。
歌詞の書かれた紙をじっと見ながらテトは再び考え込む。
しかし、しばらくした後に「はぁ~、やっぱりわからないや」と諦めてしまった。歌を聞いてからずっと考えていたこともあり、これ以上は、頭が沸騰してしまいそうになっている。
テトは、机の上に、うんと両手をのばす。
顔をあげると、シェラートも紙を見ながら、顎に手を当てて考え込んでいた。テトがフィシュアのほうに顔を向けると、フィシュアは口に人差し指をたてて、おかしそうに笑っている。
しー、とテトも口に人差し指を添え返す。
あとはシェラートに任せることにして、テトは、フィシュアにまわしてもらった香草焼きの肉を食べることにした。
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