第13話 旅の理由【1】
テトに連なって部屋に入って来た女の姿に、寝台に寝転がっていたシェラートはぎょっとして身を起こした。
「なんでお前がこっちの部屋に入ってくるんだ」
「テトにお話ししようって誘われたから」
シェラートの問いにあっさりと答えてみせたフィシュアは、隣に寄り添うテトと向き合い、「ねー」と頭を傾げあう。
彼女と手を繋いでいるテトはあきらかに上機嫌で見ている分には随分と微笑ましい。だが、その相手が相手だけに、どうしてこうなるんだ、とシェラートは一人呻きたくなる気持ちを止められなかった。
夕食後、湯浴みを済ませた三人は、つい先程、二階の部屋に通されたばかりだ。宿と言ってもあるのは三部屋のみで、室内の間取りもほとんど変わらない。中は、入口の正面に窓が一つ、窓から向かって右側に寝台が二台と、左側には木製の机があるだけという、いたって質素なものだ。寝台は見るからに硬そうで、机上に申し訳程度に置かれているランプも室内を照らしきれてはいない。
それでもシェラートにしてみれば、野宿が避けられただけで充分だった。今日一日、目まぐるしく動いていたせいか、思っていたよりも疲労感が強い。気を張ることなく身体を休めることができるという事実が、何よりもありがたかった。
できることなら早々に寝てしまいたい、というのが彼の本音である。
だというのに、寝台に寝転がりようやく一息ついたところへフィシュアはやって来た。
「まぁ、いいじゃない。テトと話せるのもこの街にいる間だけなんだし」
中央の部屋を挟み、こことは反対側の右奥の部屋を割り当てられたはずのフィシュアは、対面の寝台に腰かけながら笑う。胡乱な目でそれを眺めていたシェラートの前を横切って、テトはフィシュアの隣にちょこりと座った。
「ね。フィシュアはこれからどこに行くの? もし決まってないんだったら、一緒に僕の村の方へ来ない?」
「んー。残念だけど、私は皇都の方に用事があるのよ。テトの村はミシュマール地方でしょう? 一緒に旅をしたいのはやまやまなんだけど、ここからミシュマール地方へ抜けるとなったら、皇都に行くにはちょっと遠回りになっちゃうのよね」
だからごめんね、とフィシュアに言い添えられて、テトは「そっか」と残念そうに肩を落とす。顔を俯かせたテトは寝台に座ったまま、所在なさげにぶらりぶらりと脚を揺らした。
「確か、テトは急いで村に戻らなくちゃいけないんだっけ」
「うん」
「それは、テトが旅をしている理由と何か関係があるの?」
「……んっとねー」
言い淀むように先を濁したテトは俯き、無造作に揺らしている脚の動きを眺めた。
テトの様子を注意深く見守っていたフィシュアは、顔を上げようとしないテトの様子に何かを感じ取ったらしい。ちらりと窺うように向けられたフィシュアの目線に気付きながら、シェラートは口をつぐむ。テト自身の問題なのだ。
テトは長く息を吐き出す。まだ言葉に迷いながら、それでもフィシュアを見上げたテトは、今度ははっきりとした口調で言った。
「僕のお母さんは今、病気なんだ」
「病気? 何の病気なの?」
フィシュアはテトに重ねて尋ねる。まだ幼いと言ってもいい子どもが、一人村から遠く離れて旅をする理由が安穏なものでないだろうことはあらかた予想がついていた。だから、テトが口にした理由にフィシュアはどこかでやっぱりと納得する。
「わからない」
テトは力なく首を振る。その様はとても苦しそうで、話すことはテトにとって想像以上に辛いことかもしれなかった。
それでも、とフィシュアは思う。今聞かなければ、聞く機会は二度と巡って来ない気がした。
フィシュアは静かに耳を傾ける。向かいの寝台ではシェラートが心配そうにテトの様子を見守っていた。
「わからないんだ。何か……伝染病みたいなんだけど」
「伝染病?」
テトは頷く。フィシュアはわずか顔を硬くした。
「初めはね、咳が出るの。だけどそれがだんだんひどくなって、すごく高い熱が出だすんだ。それがずっと続いて…みんな死んでしまう」
テトは俯いて、膝の上の両手を握りしめる。ぽつり、とテトは話し始めた。
「……初めはみんな風邪だと思って気にしていなかったんだ。だけど、それにしてはなかなか治らないし、どんどん広がっていった。とうとうみんな不思議がってお医者さんを呼んできたんだけどお医者さんにも何の病気かわからないんだって。だからどうしようもなくて。けど、そのうち一つだけわかったこともあったんだ。初め、ただの風邪だとみんなが思っていた時にね、他の村から病気にかかった人のところへお見舞いにやって来た人がいたの。その時、病気にかかっていた人はね、まだ咳しか出てなくて……その後熱が出たんだ。そして、その人の家族もみんな同じ病気にかかった。……だけどね、咳が出ていた頃に他の村からお見舞いに来た人は、病気にかからなかった。だから村のみんなはその病気は熱が出始めて初めて人にうつるものになるんだってわかったんだ。だから……」
喘ぐようにして話を途切らせたテトは、気持ちを整理するように深く息をついだ。
「だからね、お母さんは咳が出初めてとうとう自分も伝染病にかかったって知った時、僕に村を出なさいって言ったんだ。僕は泣いて、泣いて、嫌だって言ったんだけど、お母さんは泣いたってどうにもならないでしょ、って怒ってね、僕に叔母さん宛ての手紙を持たせて村から追い出したんだ」
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