公衆電話、マラソン、マスカット

 夜道にぽつりと公衆電話が取り残されていた。透明のアクリル板で囲われて、ランプのように輝いている。ふやけた電話帳に、スチールの棚。マスカット色のプラスチックのからだを青白い蛍光灯にさらしている。携帯を持つようになってから、すっかり電話番号を覚えなくなった。今や覚えているのはひとつだけ。

 中学のマラソン大会のあと、どさくさに紛れて憧れていた先輩にきいた電話番号。忘れないように、くりかえし唱えた。吸い寄せられて受話器に手を伸ばす。ひやりとした数字盤に触れかけて、やめた。戯れに電話をかけるには古い関係すぎたし、綺麗な思い出に過ぎる。眺めると痛いアルバムの一ページくらいがちょうど良い、と思ってぎゅっと目を瞑った。

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