そろばん、コインパーキング、帽子

 深夜の住宅街はひどく静かだ。待ち合わせにと指定したそろばん教室は、コインパーキングになっていた。駐車スペースが六つに、自販機が二つ。買い手のつかない土地は大体こんなふうになる。更地のままでは税金がかかるし、家を建てても住む人がいない。

 だから、俺たちが育った住宅地は年々駐車場に侵食されていく。コンクリートの塀に背を預けて、リョウが缶コーヒーを開ける。

「変わったよな、色々」

 呟く横顔は『空車』の緑色のランプに照らされて大人びて見える。

「そうだな。俺らも変わったし」

「なぁ、駅前の帽子屋、店畳んだんだって」

「じいちゃんが一人でやってたとこ?」

「そう。けっこうな年だっただろうし、後継ぎいないのも知ってたけどさ。なんか寂しいっていうか」

 通りに人の姿はない。夜気だけがのっぺりと漂っていた。

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