チャンピオン、絆、ストッキング

「ボクシングの世界チャンピオンでさえ、すぐに絆って口走る世の中になっちゃったのね」


 ナオは旅館の浴衣をまとったままストッキングを履きはじめる。妖艶な足首が薄い繊維に覆われる。


「それ、昨日やってた番組のこと?」

「うん。勝てたのはだれそれのおかげ、とか、わかるけど。絆ってそんな生易しい言葉だっけ?」

「ん? まぁ確かに違和感はあるかな。ここのところ妙に多用されてるし」


 私は口紅を引きながら、鏡台ごしにナオを見る。もうワンピースをぴしりと着こんでいる。ちなみにブラジャーが黒なのは昨日の温泉で目にしたので既知である。


「もっとこう、絆ってさ、切っても切れないみたいな。どろっとした情念がこもっていそうじゃない?」


 ナオが足音も立てずに近づいてくる。優雅な脚運びだ。すっと身をかがめて、私が使っていた口紅を手に取る。それを自分の唇にもっていく。あかく色づくふっくらとした唇。


 私は息もつけずに、彼女のしぐさに見とれていた。

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