アイスクリーム、化粧品、民家

 築百年の民家は、一年前と変わらない姿に見えた。けれど周囲の水田はずいぶん荒れたものが増えて、ひたひたと迫る過疎化の足音を感じた。大学進学を機に東京に出た私と対照的に、高校を卒業した妹は在宅で仕事をしながら、この家を一人で守っている。


 玄関を開けた時の匂いは変わらない。懐かしさで肩の力が抜ける。ストラップ付きのサンダルをもどかしく思いながら脱いだ。鞄の中には東京で買ってきたお土産が入っている。妹がアイスクリームよりも化粧品を喜ぶようになったのは、寂しいような心強いような複雑な気分。ドライアイスも保冷バッグもいらないから楽ではあるけれど。


「おかえり、お姉ちゃん」


 ノースリーブの白いブラウスに包まれたかたち良い胸、七分丈のパンツから覗く華奢な足首。妹はきっと美人に成長したのだと思う。私にはその詳細を感じることがかなわないとしても、同じ血を引く者としては誇らしい。唇がすい、と弓なりになる。笑顔か。


 次の瞬間、妹が胸に飛び込んできた。清らかな百合の香りが鼻に届く。妹の匂いだった。人の顔が認識できない私のために、彼女が中学生のころから使い始めた香水の匂い。


「ただいま」


 ほかに何と言っていいのかはわからなかった。だけど確かにここが私の家なのだという実感が、じわりと胸の内に広がっていった。

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