靴、マシュマロ、国立公園

 私が父について覚えている事柄は、さして多くありません。一番新しい記憶というなら、小学校の低学年の頃でしょうか。二人きりでドライブに行ったことがあります。顔はもうおぼろげになってしまって、写真を見せられてもわからないと思いますけれど、その時父が履いていた靴は覚えています。普段は革靴ばかり履いていたので、スニーカーが珍しかったのだと思います。茶色い、スポーツブランドのスニーカーでした。


 小さい頃、マシュマロが好きだったんですよ。幼稚園の遠足のおやつにいつもねだっていました。小学校に上がってからはそれほどでもなくなったはずですが、父は私を黙らせるのに最適だと思っていたんでしょうか、マシュマロの大袋を持たされていました。けれど長いドライブは退屈でした。


 目的地は山でした。見渡す限りの森と山でした。壮大ではありましたが、夕暮れに沈むその景色には何とも言えない不安感がありました。具体的な地名は不明ですが、どこかの国立公園だったと思います。「国立公園って何?」と聞いた覚えがありますから。


 その後しばらくして父を見かけなくなり、母からは死んだと聞かされました。葬儀の記憶も仏壇も、また墓参りに行ったこともありません。あるいはどこかで生きているのでしょうか。今になって母に訊ねようとも、近頃アルコールに溺れるようになり、まともな返答は期待できません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る