猫、旅券、富士山
離陸待ちの機内で、隣の席にしなやかな動作の女性が座った。綺麗に揃ったおかっぱ(いや、ショートボブというのか)は黒くつるりとしていて、やや吊り目のくっきりとした美人さんである。一瞬目が冴えるが、すぐさま積み重なった眠気が戻ってきた。
わたしは客室乗務員のアナウンスを聞きながら窓側の肘掛に体を預ける。外は嫌になるほどの晴天だ。
やがて旅客機は地上を離れ、ふわりと空中に落ち着く。わたしの意識は静かに落ちていった。
ふ、と目を覚ます。しゃんと背筋を伸ばして座っている女性が視界の隅に映る。その姿に違和感を覚えて横目で眺めた。
頭に猫の耳がついている。なめらかな毛に血色の良い地肌、おまけにゆっくりと動いている。
呆気にとられていると、気付かれてしまった。彼女はすらりとした手で頭部に触れて、それだけでもう耳は見えなくなった。長い睫毛の植わった瞼がすうっと細められる。人差し指がふっくらとした唇にあてがわれ、わたしは何も言えなくなった。
猫も旅券を持つのだろうか、とトンチンカンな疑問がよぎる。窓に視線をやると、眼下に真っ青な富士山がミニチュアのように立っていた。
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