針、劇場、左利き

 深夜の劇場に秒針の規則的な音が響く。大きな鏡の前の机で書類仕事をしていた支配人が、ふと隣で落書きをしている少女に声をかけた。


「君は左利きなんだね」

「鏡の精なんだから当然」


 支配人は可愛らしい作り話だというように微笑する。その生温い気配に不満を覚えたのか、少女が頬を膨らませる。いままでは何か絵を描きつけていたが、急に文字を書きはじめた。支配人には、うまく読み取ることのできない文字であった。


「ほら、文字も鏡なのよ」


 顔を上げた支配人が顔をわずかに蒼くした。左利きの子が鏡文字を書くことは珍しくないという。だが鏡に映ったその文字は、年端もいかぬ子どもにはありえないほど整っていたのだ。

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