ホットケーキ、求婚、飛行船

 フライパンから飛び上がったホットケーキが、半回転して着地する。つかのま宙に浮かぶ柔らかな曲線は、何故か飛行船を思わせる。


 風が立って甘ったるい香水が匂う。振り向くと案の定、彼が私に手を伸ばすところだった。バニラエッセンスは入れなくて正解。


「いくらなんでも香水つけすぎ」

「君にも同じ匂いがつけばいいと思って」

「マーキング? きみの行動は動物的だな。やたら着飾るところも含めて。さながら私は地味なメスか」

「君は女の子として十分に魅力的だと思うけど。少なくとも一生を共にしたいと思ったのは君が初めてだ」

「なんて芝居掛かったセリフ。いい加減に……」


 流れで口を開きかけて、手が止まった。


「もしかしてそれ、求婚?」

「そう。それより焦げるよ」


 彼の手が私からフライパンを奪う。少しばかり焼き過ぎの飛行船が、陽気に半回転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る