塩、勝負、洞窟

 コートを着たままの田川の指が、青い結晶の入った小瓶を机に置いた。神経質に切り揃えられた爪は、それでもマニキュアか何かで淡紅色につやめいている。


「件の洞窟で調査を行いました。あなたの予想通りでしたよ」

「するとこれは胆礬たんばんだね。美しい結晶だ」

「ええ、成分で言えば硫酸銅五水和物。硫酸銅は現在でも媒染剤として用いられていますね」

「そうそう。劇物指定とはいえ染色材料店でも買える。天然染料の発色と定着に利用される金属塩の中でもかなり優秀なものだよ。個人では普通、酢酸銅を使うんだけど発色はこちらが上じゃないかと思う。色味としては、まぁ染料にもよるんだが青みを帯びることが多いかな。僕は金属質な冷たい色に感じるね」

「講釈は以前も聞きましたよ」


 田川は紙束を取り出して、机上の瓶のかたわらに置く。


「資料です。不明点があればご連絡ください。のんびりしていないで仕事を進めてくださいよ? 論文はスピード勝負なんですから」

「あんなごく狭い地域に限定された染色法の研究なんて、僕たちしかやってないと思うけどね」

「そういう問題じゃありません。では、私もう行きますので」


 それきり田川は背を向けた。こつり、と足音を立てて部屋を出て行く。


「君は本当に実地調査が好きだね」


 それに答える声はなく、飾り気のないドアは数分前と同じ沈黙を守るばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る