ピーターパン、地下鉄、大晦日

 大晦日の地下鉄は微妙な混み具合だった。スマートフォンの画面を確認すると、集合時間にはまだ余裕がある。冷めた色の蛍光灯だけが通り過ぎる窓の外に目をやると、手の中で端末が震えた。


 表示されたメッセージに視線を落とす。高校のクラスメイトだった慶太けいたの軽い文面が浮かび上がっていた。


『今から鶴屋で飲むぞー! 太一も来い!』


 指を滑らせて、すぐさま返信を打つ。


『これからバイトなんで無理』

『もう夜じゃん。どうせオールだから終わってから来いよ』

『朝までだよ』

『えー? 何のバイト?』


 数瞬のためらいの後、正直な返答を送った。


『神社だよ』

『マジで? 巫女さんのカッコすんの?』


 その反応は嫌になるほど予想通りだ。にやけてしまうけれど、これは多分苦笑いってやつ。


『するわけあるかバカ。裏方の力仕事だよ』

『じゃあさー、巫女さん拝み放題? 可愛い子いる? 来年は俺もやろっかなー』

『下心くらい隠せ。バチ当たんぞ』

『はいはいーじゃーバイト頑張ってなー』

『どうも。飲みすぎんなよ』


 画面を切った瞬間、車内に着信メロディが響いた。持ち主は眠ってでもいるのか、何度もサビが繰り返される。この曲は聞いたことがあるが、何だったか。


 しばらく記憶をひっくり返して、やっと思い出した。ピーターパンのオープニングテーマだ。ふと、モラトリアムの終わりを意識してしまう。いつまでも子供でなんていられない。とはいえ慶太がスーツ着て働いているところなんて想像がつかないが。


 電車が目的駅のホームに滑り込んだ。思考を中断して、ゆるやかな人の波に乗る。とりあえず今は、バイトに行かなくては。

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