音、カフェ、後悔

「私、後悔してる」


 わたしがカフェオレの紙パックにストローを突き刺したとき、九条あまねはピアノの黒鍵を人差し指でたたいてそう言った。


「なにを? それより、あんまり大きい音を出したら人が来ちゃうよ」


 無許可でピアノを触っているあまねが黒なら飲食禁止の音楽室でこんなものを飲んでいるわたしも黒だ。ここに人がいることを知られてはいけない。放課後のささやかな自由時間を奪われたくはなかった。


「どうせ地下には先生も来ないって。いつも廊下はひと気がないでしょ」


 あまねはそっと鍵盤上に指を這わせる。ゆっくりとまばたいて、恍惚とした表情でなおも言葉を吐く。


「後悔はね、うまれてきたこと。まだ死んでないこと」

「わたし、そういうの嫌いだ」


 わたしはため息をついてストローをくわえる。あまねの潔癖なまでに白い指が、きらきら星をピアニッシモで奏で始めた。秘密めかしたその調べだけが、わたしと彼女をつなぎとめている。

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