温泉、十五夜、対価

 キッチンの窓にすすきが飾ってあった。渋い自然釉の一輪挿しは間違いなく妻の趣味だ。その妻はというと、ステンレスの箱に向かって何やらごそごそやっている。たしかあれは製菓用の型だ。水ようかんを作るときに使っていた。


 肩越しに手元を覗き込むと、青い液体の中に型抜きした寒天を並べている。白いうさぎに月に似せた黄色い丸、四角い台に乗った団子の山まで再現していた。


「何やってるんだ?」

「寒天のお菓子を作っているところ。今日は十五夜だからお団子にしようと思ったんです。だけど、お義父さんは食べられないでしょう? これなら安心してお出しできるから」


 老いた父は嚥下機能に難があり、喉に引っかかりやすいものは食べられない。当たり前のように出てきた妻の言葉に、かけている苦労を思って心苦しくなる。


「つらくはないか? 無償で介護をするなんて並大抵のことじゃないだろう」

「平気。わたしから言い出したことなんですから。できるって思えるうちはやらせてください」

「すまない」

「謝らないで。すこし悲しくなってしまうから。それにね、対価ならもう貰っているんですよ」


 妻は初めて手を止めて、こちらに目を向ける。


「お義父さん、わたしの料理を美味しい美味しいって言って食べてくれるんです。優しい顔でありがとうって言ってくれるんです。だからわたしは大丈夫。どうしても気になるなら、温泉にでも連れて行ってください。それで十分ですから、ね?」

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