休日、ライター (火)、本屋

 火曜日の三限は授業を入れないと決めていた。時間割を組めるのは大学生の特権ってやつだ。午後の商店街にくりだせば、化石めいた昔ながらの店々が私を迎えてくれる。刈谷書店かりやしょてんもそのひとつだった。


 古びた本屋の軒下、シャッターに書かれた「火曜定休」の前あたり。おじさんに片足を突っ込んだくらいのお兄さんが紫煙をくゆらせている。浮世離れした雰囲気を店名入りのエプロンが台無しにしていた。休日のはずなのにそんなものをつけているなんて変な人だ。私はその隣にさりげなく立つ。お兄さんはまだ長い煙草を消して、私の存在を許してくれる。


「嬢ちゃん、学校はいいのかい」

「前も申しましたが、この時間は授業がないんです」

「そうか。ならいいんだが」


 お兄さんは火のついていない煙草をくわえる。いつだったか、若い嬢ちゃんの前では吸わないと言っていた。一線を引かれたようでさみしかった思い出。私はお兄さんに手を差し出す。


「一本くださいますか」

「こんなもん吸うのか」

「私、はたちになったんですよ」


 怪訝そうな顔のお兄さんが煙草の箱を差し出してくれる。エプロンのポケットに入っていた百円ライターを借りて、火をつけた。はじめての喫煙に思い切りむせてしまって心配されたのは、別の話ってことにしておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る