終わる世界でまた明日

(……きた)


ゲーム内のチャット画面がピコン、と動く。そこにはシンプルに『こんにちは』という一言が表示されている。


「毎日毎日、律儀だなぁ……」


もぐもぐと菓子パンを食べつつ、思わずひとりごちた。


サービス終了も目前となったソーシャルパズルRPG。俺はこのゲームにかなりハマっていた。小遣いの範囲内で必死にやり繰りして、ささやかながら課金する程度には。

サービス開始当初にはそれなりにいたはずのゲーム人口も時が経つにつれて少しずつ減っていき、気がつけば賑やかだった世界チャットが動くことはほぼなくなってきていた。過疎ったゲームでも細々と続いていけばいいと半ば祈るようにゲームをしていたが、三ヶ月前遂にサービス終了のお知らせが掲示され、あぁ来るべき時が来たのだとは思いつつも現実となってしまった今にかなりショックを受けている自分にびっくりしていた。


基本的になんにでも執着しない質だと思ってたんだけど、そんなことなかった。


何はともあれ、終わる日までは楽しもうと毎日ログインしていて、気がついた。いつからかずっとほぼ動きのなかった世界チャットが、一定のペースで進んでいることに。


朝早くには『おはよう』。昼休みの時間には『こんにちは』。夜九時くらいには『おやすみ』、五分ほどあけて『また明日』。

最初は機械的に流しているメッセージなのかと思ったけど、しばらく眺めていたら時折夜寝落ちしたのか『おやすみ』『また明日』のメッセージがないときもあって、まだ遊んでるユーザが普通に発言しているのだと確信した。


そう。まだいるのだ。俺以外にも、ユーザが。


勿論、こうやって目に見える動きをしてないだけで他にも最後の最後まで遊んでいようとしているユーザは絶対いるはずだ。

でもこうやって動きがあることで、自分一人がこの世界に取り残されたんじゃないんだと、そう安心できるのが、嬉しかった。



気がつけば早いもので、明日の14時が告知されたサービス終了の瞬間だった。

俺が授業を受けてる間に、ゲームが終わる。

そう思うとひどく名残惜しくて、起動したゲームのチャット画面をぼんやりと眺める。

昼休みに見た『こんにちは』の文言以降、やっぱり動きはない。そこに俺は、初めて文字を打ち込んでいく。


『さよなら』


「……あっ!」


背後から声がして、びくっとしつつ振り返る。そこには、あまり話したことのないクラスメイトがスマホ画面を凝視している姿があった。

不思議に思って近寄ってその画面をそっと覗き込むと、俺が見ているのと同じゲーム画面が表示されていた。


「……え、もしかして……」

「う、あ、なんかごめん……」


彼はオドオドしながら、たまたま俺が遊んでいるのを後ろから見たこと、面白そうだったから調べてゲームをダウンロードしてみたこと、折角だからこのゲームについて語り合いたいと思っていたけどうまく話しかけられなかったこと、遂にゲームが終わってしまうからどうにかならないかと最後の悪足掻きをしていたこと、を、訥々と語った。


「ほんとは、もっと早く話しかければよかったんだけど」

「いいって、別に」


終始挙動不審な彼に苦笑いしながらその画面をのぞき込んでみれば、俺と同じくらいのレベルだった。


「ゲーム、好きなの?」

「う、うん。色々やる、よ」

「そっか」


ぽつぽつと会話が進む今の状況が、なんだか可笑しかった。入れ込んでいたゲームが終わってしまうというのに、淋しい感情が薄れていることが。


あぁ、そうか。

同じゲームを、あるいはやったことないゲームでも。

こうやってああでもないこうでもないこれが難しかったあれが楽しみだ、そういうことをただ時間も忘れて話せる友人が欲しかったんだ。


今更になって欲しがっていたものの正体に気付いてしまったら、もう後には引けなかった。


「……なぁ」

「えと、何?」

「やってたゲームは終わっちゃうけどさ、世の中にはまだまだたくさんゲームがあるわけじゃん? そういうのの話も、もっと出来たらいいなって思ってんだけど、どう?」

「!!」


我ながら下手くそ過ぎる誘い文句だとは思うが、どうやら彼は気にしなかったらしい。


「僕も、他のゲームの話、君としてみたかったんだ!」

「……そっか」


昼休みの終わるチャイムが鳴る。俺は、うまく笑えただろうか?


「じゃあ、また放課後に」

「うん!」


取り敢えず午後の授業は、放課後別れ際に口に出して言うことになるであろう『また明日』という短い台詞の練習をしようと決めていた。

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なまえのないものたちの、なんでもないみじかいはなし。 行木しずく @ykszk

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