第45話「約束を果たす者」

 忍は先生にいわれて口調を戻すが、一つ気になることがあった。

「表向きは女の子のままなのか?」

「まあ、整理が終わるまではね」

「それもそうか。だったら公の時はあの口調でやればいい」

 それを聞いた生徒は『こいつ切り替え早いな』と思ったらしい。

「まあ、そうなるわね」

「となると、温泉とかも一緒ってことですか?」

 かんなの突っ込みにかすみは答える。

「嫌なの?」

「いえ、別にこの子は初心だろうし見せても問題ないわ」

 理香子と頌子は『幼馴染だし別にいいや』と思っており、他の生徒はかんなと同意見のようだ。

「何で僕が初心だって思うんだ?」

 すると頌子が指摘する。

「あなたは理香子に告白されるまで、彼女の恋心に気づいてなかった」

「人聞きの悪いことをいわないでくれないか。僕の年齢ならありえることだろう?」

 まあ忍はまだ中学三年生だし、そういうのに疎かったとしても不思議ではない。

 周囲の生徒もそれには納得したが、頌子はそれにこんな指摘をする。

「そういうのを初心っていうのよ」

「何だって!?まさかの事実だな……」

「それ、ネタでいっているの?」

「いや、まあいわれて見れば分かることだが正直自覚してなかったというか」

「どこのラノベ主人公よ。ひょっとして巷で噂のあれなのかしら?」

「確かにライトノベルは異世界転生とか異世界召喚とかが多いし、こういう戦記物はやらないと思う」

 ライトノベルは未来において、中学生でも知っているようであった。

「そうかしら。その手の小説って元は架空戦記が走りらしいし」

「頌子はなんでそのへんに詳しいんだ?」

「その辺は成り立ちを調べて知ったのよ。私も詳しくは知らないわ」

「じゃあ具体的にどんな作品が蔓延っていたかは知らないのか?」

「どうも第三次世界大戦がテーマの作品が多いらしいわ」

 それを聞いた忍は頌子に問いかける。

「何かクローン大戦もそれの亜種に思えるな」

「あれは一応テロリストによって起こされた戦争だから、『第三次世界大戦』にはならないの」

「死者の数は一次大戦や二次大戦より遥かに多いが、どちらかというと関連死扱いだしな」

「まあ『クローン大戦』で受けた痛手はある意味『第三次世界大戦が起きた場合』に匹敵するというわ」

「かのアインシュタインは『第四次世界大戦は石と斧』ってたらしいからそれよりましじゃないか?」

「人類の文明荒廃よりまし、とかはいっちゃいけないわよ」

「それもそうなんだが、日本では特に困ったこともない」

 一応、と忍は続ける。

「姉さんが戦いに赴いたのは見たし、姉さんは満身創痍だ。それ以外の実感はあまり感じないんだ」

 実感がないと語る忍に頌子は反論できず、頷くしかなかった。

「まあ、日本ではあまり被害が出なかったのは事実だしね」

「姉さんが満身創痍になったことは、身近だったからそれこそ骨身に染みてる」

「それが今に繋がっているんだってことも理解しているけど、それ以上のことはないんだ」

 そんな忍にかんなはいう。

「そうね。私達は奇跡的に守られたんだし、そのことはきちんと感謝しないといけないかもね」

「奇跡、か……そういえば私も戦ったわけじゃないし」

 理香子もかんなに同意する。

 すると、頌子がそんな彼女達に返す。

「私だって私達の生活を守りたかっただけで、要は無我夢中だっただけなの」

「そういう無我夢中の戦いでクローン大戦を勝ち取ったんだからそれはそれで凄いと思うわ」

 かんなは頌子にすかさずそう返した。

「リアルロボット系の作品で良くあるだろ。無我夢中で戦っていたらエースパイロットになったとか」

 忍は冷静に突っ込んだが、かんなにこう返された。

「アニメの話と実際の話は違うわ」

「まあ、そうなんだけど。現実にもありえるんだな、と思っただけだな」

「周りが凄まじいとそれが当然に見えるパターンね。分からなくはないわ」

 かんなは忍に同意したようだ。

「しかし、忍もそう考えると凄まじい人生を歩んできたんじゃない?」

 かんなにそういわれ、忍は返す。

「歴史上の偉人だって血縁が関わっているケースもある。戦国時代だとそれが顕著だな」

「あとは平安末期の武家とかも大体血縁関係だしね」

 理香子は同意するように頷くが、こう続ける。

「まあそれは昔、こと日本では血脈が重んじられる時代だったということもあるんじゃないかしら」

「まあ、それは大いにありえるだろうな。戦国時代より前の庶民がどうしていたかなんて残ってないし」

「逆に縄文時代なら、庶民の暮らしぶりにもスポットライトが当たったりするけどね」

「それは昔過ぎて資料すら残ってないからな」

 忍は冷静に返す。

「ともかく、ここまでのネオナチスとの戦いはまだ序章って感じね。気を引き締めないと」

 そんな理香子に忍は続く。

「そういうのは先生にいわせた方がいいんじゃないか?」

 するとかすみがそれをフォローする。

「まあ、理香子さんのいう通りね。これからネオナチスは本腰を入れて攻めてくるわ」

 だけど、とかすみは続ける。

「無茶はしないで。みんな笑顔で帰ってくること、これを守れないなら戦わないで」

 それを聞いた忍は思った。

(みんな笑顔で帰ってくる、か。だが、それを守れる自信はないな)

 約束を守れそうにないと心の中で思う忍の心を見透かすように、理香子が指摘する。

「姉さんのことで、あなたが笑顔で帰ってくる約束を守れそうにないと思うのは分かるわ」

「それもある。でももしもの時身を捨てるべきなのは、今までみんなに嘘を付いていた僕なんだ」

「そんなのあなたの勝手よ。あなたは嘘を付いていたかもしれないけどみんな別に何とも思ってないわ」

「だからといってそれだけで性別の詐称が許される物なのか分からない」

「そうだとしてもそれはあなたの責任じゃないわ」

「まあ、政府が関わっているからな。でも、引き受けたのは僕だ」

「そのおかげであなたを切り札にできた。あなたが神奈と一卵性双生児というのは偶然だったけど」

「そんな偶然は普通あり得ないんだけどな。まあ起こってしまった物はしょうがないというか」

「確率がどれだけ小さくてもゼロでなければ起こり得る。『悪魔の証明』とでもいうべきね」

「たとえ今見れなくてもどこかに『居る』という可能性がある以上『居ない』という保証はない、か」

「一卵性双生児の男女はあなたより前に例はあるけど、それでもきわめて稀なのは散々いった通りね」

 自分のような『一卵性双生児の男女』が稀なケースであることは、

忍は散々聞いていた。

 しかし、流れ的にはここで補足しないといけない状況だったのでお互いいいっこなしだった。

「創作には良くあるけど、設定ミスだとばかり思っていたわ」

 生徒の一人は誰もが感じる感想をいった。

「人の肉体的な性別は性染色体で決まるから。稀にXY女性なんてのも生まれるらしいけど……」

 かすみはそれに答える。

「アンドロゲン不応症って奴ね。何かは分からないと思うけど、その該当者はもう女性といえる状況よ」

 実際、アンドロゲン不応症の患者はその多くが女性として過ごしていくらしい。

 精巣は停滞して摘出の必要があるし、まあ妥当なんじゃないかと思う。

「人体の神秘ってことですね」

 生徒の一人が感心したようにいった。

「物理的にはあり得ないけど、実際YYだけの人って生まれてこれるのかな?」

「Y染色体って案外致死遺伝子なのかもね。むろんアルビノみたいな感じで両方揃わないと起こらない」

 そういった後、まあとばかりにかすみは続ける。

「倫理的にヤバいから実験していないし、実際どうなのかは神のみぞ知るってことね」

 それに忍が突っ込む。

「もしも同性同士の生殖があったとしたら、男性同士だとYYになる可能性があるな」

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