第43話「休日の遊び」
「そうなると、民主主義って何なんだろうね」
そんな疑問を投げかけた忍に対し、理香子は答える。
「様々な意見がある中で、多数派の意見を採用すればいい結果が出るんじゃないかって仕組みよ」
「民主主義がヒトラーやトランプといった弊害も生んだのは事実」
そんな頌子に忍は返す。
「民主主義も理想的な主義とはいえないんだな」
「まあ、それも一理あるわ。こんなことをいっていた人も居るし」
「こんなことって?」
「『民主主義は最悪だがベター』だって、ウィンストン・チャーチルの言葉よ」
「より良い政治システムがあるかもしれない、ってことね」
「少なくともそういった人はいっていた」
「まあ少数派の意見はどうなるんだとか、そういう問題は確かにある」
けど、といったのは理香子だった。
「ただ一人の意見で全てが決まってしまうのはましだって、そういうことよ」
「無論、もしも大衆がヒトラーのような存在を望めばその通りになる」
現に、と忍は続ける。
「ナチスの影響は未だに残っているし、彼に率いられた人間はみな積極的だった」
「彼らの政策でインフラは整備され国が豊かになった。故に民衆はナチスを受け入れた」
そんな忍に理香子は頷く。
「そうね。彼らは様々な方法で民衆の指示を集めて来た。民衆の心を掴めなければ」
「『民主主義』において独裁は成り立たないか。でなければ恐怖で縛るしかなくなる」
「昔の北朝鮮なんかがその典型ね」
「理香子のいう通りだが、やはりそういう国家はプロパガンダも欠かせない」
もっとも、と忍は続ける。
「今の民主主義国家はどこもプロパガンダをやっていたがな」
「どこもっていうのはさすがに穿ちすぎよ」
「復興でそれどころじゃなくなったが、日本だけは別だよ。何しろ、子供に戦わせているんだから」
「確かに、いわれてみればそうだけど……」
そんな理香子に頌子が喝を入れた。
「私達はそれでも戦わないといけないの。大人たちの都合はともかく、向こうから災厄が来るんだから」
「そうね。だから私は迷っちゃいられないわ」
「ボクもその点は同意だよ。性別を隠してでもここに居るのは、決して無駄なことじゃない」
端っこの会話など、誰も気に留めない。
誰もかれもが遊びのように見えていて、聞き流したからだ。
端っこに居ることが幸いしたのかもしれないが、それがどうなのかは分からない。
一ついえることがあるとしたならば、
だからこそ忍はこうして気兼ねなく話ができ気晴らしができるということだけなのだろう。
「僕はクローン大戦の時守られた、なら今度はボクが戦わなきゃいけない」
そんな忍に頌子は問う。
「それを戦う理由にしていいの?」
「日常を守るためっていうのももちろんあるよ」
けど、と忍はいう。
「これは使命感とかじゃなくて、ボクの心の問題なんだから」
「心の問題、か。それは分かるような気もするわ」
そんな理香子だったが、こういいつつ忍の顔を覗き込む。
「でも、お姉さんから託されたというのは結局のところ『自分』がどうしたいか分からなくなる」
「それを忘れるな、っていいたいんだよね?分かってるよ」
「本当に分かっているのかしら。あなたって結構無鉄砲なところがあるから」
「無鉄砲で悪かったね」
こうして昼食時間は過ぎていき、その日は何事もなく過ぎていった。
ゴールデンウイークまではそれなりに平穏な日々が過ぎ。
忍は理香子や頌子と共に名古屋へ帰省するべく新幹線に乗っていた。
無論、男姿であった。
「もしお姉さんに会ったらどうするの?」
理香子の問いに忍は返す。
「とりあえず、ターナー症候群だったことでショックを受けてないか見てみないとね」
神奈は排卵を確かに行えていたのだが、不妊は別の要因もあるので一概にいえない。
この時代になると不妊治療の技術も大分発達してきたのだが、
いかんせんまだ完全ではなかったのだ。
「まあ、幸せはそういう物じゃないだろうしね。姉さんにはきっといい人が見つかると思うよ」
「世界を救ったから?」
「それは一人の女性として見るには関係ないかな。むしろ明るいところとか」
「親ばか、ならぬ弟ばかね」
そんな理香子に忍は返す。
「家族なんだからこのくらいはいいだろう?」
「長らく会ってなきゃなおさらね」
頌子は忍に同調したようだ。
「会ってないということはもしかして成長した姿を見てないの?」
理香子の不安に忍は答える。
「お互い写真は送っていたし、前居た育成所は東京だったから盆と正月であれば普通に帰れた」
「その時も会っていたの?」
「さすがにゴールデンウイークは遊びに専念していたけど、今回はやっぱりあの結果もあるし」
「帰ろう、と思ったの?」
「そうだな。あのアイスを食べたいから一日泊まってから広島に戻るが」
「それは聞いたわよ」
理香子は予定を忍からしっかり聞かされていたのだ。
「念のためだって」
忍もさすがに流れがあったためかいい返した。
「それにしても、ここまでネオナチスは何で動かなかったのかしら」
「そうだね……一応学校にはかんなが居るから安心はしている」
何より芹田拓夢を名乗る少女である、芹田美夢もあそこには居る。
だから忍は安心して学園を離れることができたのだ。
「だけど不穏だな。一週間に一度ペースだと思っていたのが、二週間ほどは来ていなかった」
「世間は今でも彼らの動きを注視しているわね」
そんな理香子に頌子は突っ込む。
「そりゃ昔だってイスラム国の動きは注目されていたわけだしさ」
「国家の存亡がかかっていると知っていれば、尚更動くわけだ」
忍も理香子に続いた。
「日本は能天気な国民性だけど、最近はそうでもなくなってきたからね」
「まあ理香子のいうようにクローン大戦での戦いも見たから、戦争が他人事じゃなくなったんだろう」
「忍のいうことには一理あるわ。あれでかなり国民の意識は変わったと思う」
「良くも悪くも、な。昔よりはピリピリしてきた感じがする」
そんな忍に頌子は返す。
「でも今では世界の中心。アメリカみたいに色々注目されることとなった」
「だから滅多なことはできないわけだが、核は持たなくても今は問題ないわけだしね」
「そればっかりは憲法九条の恩恵かしら。平和ぼけの象徴でもあったけど」
そんな頌子に忍は呆れたような口ぶりで行った。
「時折こういう皮肉をするのは頌子らしいというか、何なんだろうな」
「ともかく、駅弁を食べましょう。今回は岡山の駅弁ね」
そんな理香子の発案もあり、忍達は一斉に手を合わせた。
「いただきます」
駅弁を食べ終えた忍達が名古屋に着くと、そこから在来線に乗り替える。
「これから神奈に会いに行くのね」
そんな頌子に忍は返す。
「正直少し心配なんだよな。ちゃんと話ができるのか、とか」
「一卵性双生児の男女なんて珍しすぎるしね」
理香子がそう応じると忍はそれに頷く。
「結構イレギュラーなんだそうだ。医者からも『生まれてきたことが奇跡』といわれた」
忍はそれを揶揄したかのような発言をした。
「それならそれで支援とかしてくれればよさそうなんだけどな」
「まあ遺伝的に珍しいってだけだしね」
「いってみただけさ、理香子。それより、そろそろ着くぞ」
「次の駅に着いたらしばらく歩いてから病院なんだっけ」
頌子は忍に問いかけた。そして忍は答えた。
「といっても徒歩五分くらいかな」
そして歩くと病院があり、神奈の病室。
「神奈さん、面会ですよ」
看護師がそういって室内に語りかける。
すると開口一番、神奈はいった。
「ふう。私としては、もう退院したいんだけどね。ここの病院食味は悪くないんだけどね」
「そうもいかないんだよ。まだリハビリが終わったわけじゃないんだよね?」
「そうね。でも二学期が終わるころには退院できそうよ」
そこに看護師の突っ込みが入る。
「もう入院というよりは、リハビリのためにここに居る状態ですからね」
「じゃあ何で病室に入っているのかな?」
忍の突っ込みに看護師は切り返す。
「一応足の検査とかがありますから」
「要するに検査入院ってことか?」
「ゴールデンウイークだからね。あなたが来るのに合わせたわけじゃないけど、休みの日の方がいいし」
そんな神奈に忍は率直な疑問をぶつける。
「学校には行けているの?」
「ええ。一年もすれば学校へは通えるようになったわ。体育の授業は見学だったけど……」
「それまではさすがに病院で勉強していたのか」
そんな忍に神奈は返す。
「クラスメイトが教科書とかは持ってきてくれたから、内容は理解できているわ」
「ふうん」
ちなみに神奈のいる場所は個室だ。
これは単に神奈が有名人だからで、容体が悪いわけではない。
まあ、個室なので看護師を含めた話もできるわけだが。
「で、忍はどうなの?」
「まあ一応性別は隠せているかな。バレている人も居るけど」
「そっちなのね。授業に追いつけていないとかじゃなく」
「ボクも要領はそんな悪くないしさ」
「悪くないってだけでいいわけじゃないんだから」
「気を付けるって」
そんな会話をしていると、理香子は頌子にいう。
「さすがに仲のいい姉弟ね」
「まあ、姉弟の仲がいいことは悪いことじゃないから」
平然としている頌子に理香子は突っ込む。
「でもさすがに普通の姉弟って感じはしないわ」
「そりゃお互い性別が違うとはいえ片割れだし」
「それだけじゃないと思うんだけどな……」
その会話は忍に聞かれていたらしく、忍は突っ込んだ。
「僕がシスコンだっていいたいの?」
「そういうわけじゃないけど」
理香子は普通に否定した。
「ならいいけど」
「でもあなたってちょっと疎いところあるからさ」
「それってどういう?」
「この際だからはっきりいうわ。私は、あなたのことが好きなの」
「それは分かっている。幼馴染だからだろ?」
中学生だからこのくらいトロイのはまあ許容範囲だろう。
なので理香子はすかさず次の手を打つ。
「私は幼馴染だからとかじゃなく、一人の女としてあなたの好きだと思っている」
「つまり『Iloveyou』ってこと?」
さすがにこれで気づかなければ正真正銘の朴念仁だが、
忍はそこまで鈍くないので普通に気づいた。
「そうよ」
「ごめん。そういうのは簡単に決めない方がいいと思うんだ。だから、考えさせて貰えるか?」
「別にいいわよ。一時の気の迷いで恋人同士になったっていいことはないんだから」
理香子の告白を受けても忍はあまり動じなかった。
まあ今はそれどころじゃあないからだろうか。
そして忍は本題に入る。
「ところでさ、神奈は僕と一卵性双生児だったことについてどう思っているの?」
「別に?一卵性双生児でも性別は違うわけだし」
「一卵性双生児でも違う点は多い。僕達は性別も違う、っていうわけだね」
そうよ、といわんばかりに神奈は持論を述べた。
「性別が違うと性差による差異がかなり影響するはずよ」
「性差がなくても、いくら似ていても好みまで同じになるなんてことは滅多にないし」
「芸能界に出ている双子がそういう面も似ているのは、タレントだからっていう面が大きいのかも」
むしろ、と忍は返す。
「似ているからこそ売りにできるっていう側面もあるんだと思うよ」
「まあ、それも実際にそういう面が似ている双子は世間を見れば稀だから売りだせるのもあるかしら」
「僕は芸能界とかにそこまで興味ないかな」
「そこは私も同意よ。でも何年か入院していたし、誘われたら行くかも」
「仕事が見つかるか不安ってことか?」
「そりゃ、周りに比べて勉強はどうしてもできてないし」
「いい高校に行けるか、っていう問題なんだな」
そんな忍に神奈は返す。
「世界を救ったからって別に褒賞を貰えるわけじゃないし、貰えると考えてもいけない」
「ノーベル平和賞くらいなら貰えそうだけどな」
「仮にそうだとしても結果論よ」
謙虚な口ぶりの神奈に、忍は返す。
「まあ、こういうのは謙虚になった方がいいかもな」
「世界を救ったからって踏ん反りかえっちゃ悪いものね」
その辺の考えは割と似ている二人だった。
一方、頌子は理香子を茶化す。
「保留ってことは、私にもチャンスはあるってこと」
「え?もしかしてあなたも忍が好きなのかしら」
「彼とは長い付き合いだし、そこは自分でしっかり整理したいと思っている」
「頌子らしいといえばらしいかしら」
「まあ、もし彼の取り合いになったとしたなら負けはしない」
「私だってあなたに負けはしないわよ」
女同士の戦いが勃発するかと思ったが、そうでもなかった。
何故なら、その話題はそこで切れたからだ。
「さて。姉さんには会ったし、ホテルに行こうかな」
「もう時間なの?」
そんな神奈に忍は返す。
「僕の気は済んだ。これからも僕は戦うさ」
「本当なら、あなたじゃなく私が戦うのが一番いいんだけどね」
「あまり気負いすぎるのも良くないさ。今は僕や理香子が居るんだから」
「その通りね。私は私の戦いをする。だから、忍も負けちゃ駄目よ」
「分かっているさ。それじゃあな、姉さん」
「いってらっしゃい、忍」
会話が終わると、忍は理香子たちに声を掛ける。
「それじゃあ、行くぞ」
「分かってるわ」
「頌子は切り替えが早いけど、まあ私もじっとしていたら置いていかれるしね」
そうして忍達はホテルに戻り、一泊してから広島へと戻る。
トランクは既に寮まで宅配で送っているのでそのまま花の祭典へと向かい、
忍はそこで目当てのアイスを食べる。
それを食べ終わるころ、忍は理香子に問われる。
「あなたのお姉さん、どんな感じだった?」
「ターナー症候群だからかは分からないけど、そんなに成長してなかったかな」
「見た目はそうかもしれない。私は彼女と共に戦っていたから」
「内面は成長したと思うけど、いまいちよく分からないかな」
そんな忍に理香子はこう返す。
「私は彼女とそんなに話さなかったから分からないけど、きっとそれなりに成長したんじゃないかしら」
「それなり、って……まあ理香子らしいかな」
こうして忍達は祭典を過ごし、寮に戻る。
寮に戻った彼らは元の部屋に戻り、そして一日が過ぎる。
彼らの寮にはゲームも持ち込めるため、自分の部屋に友達を連れ込むこともある。
まあその性質上、中保台学園には遠方から入学してくる学生が結構居るわけだし。
ゴールデンウイークの最終日。
忍は理香子を部屋に誘っていた。
といっても別にやましいことを考えてはいない。
彼らは友人の間柄なので一緒にゲームをするわけだ。
「まずは、これね」
そういって理香子がゲームのパッケージからカセットを取りだし、
二人はSTRの協力プレイをし始めていた。
それはあるアニメのキャラが無双していくゲームであり、
二人は協力してミッションに挑むのである。
大変な時期だからこそ、息抜きも時には必要となる。
日本が太平洋戦争で負けたのも、あるいはそれができなかったからかもしれない。
あの戦争で日本が勝てた可能性はないといい切れないものの、
無謀な挑戦であったのは火を見るより明らかだ。
勝てたとしてもワシントンに旗を立てることなく講和することを日本は選んだだろうし、
そもそも選べないだろう。
それに勝ったとしてもアメリカで製作された映画みたいにアメリカを占領することはなく、
権益の確保に徹したかっただろうし。
その場合は枢軸国勝利、となるかは実のところ別の話である。
日本がアメリカと講和してもアメリカがドイツと講和を結ばず、
かつ日本がアメリカの軍事力を得た場合日本はドイツを援護しなかったと思われる。
約束事を重んじる日本人の気質ではあるものの、体面もある以上援護できないというのが正しいか。
だから日本が仮に太平洋戦争で勝ったとしても、
ドイツやイタリアが連合国に勝っていたとは断定できないのだ。
日本が勝っていれば、その可能性があったというくらいだ。
本筋からは大分逸れたが、ともかく息抜きは大切なのである。
「ねえ、忍?」
「どうしたんだ?」
昼食時、彼らはゲームを終えて料理に取り掛かっていた。
二人で肉やニンジンを切り刻み、玉ねぎはみじん切りにして飴色になるまで焦がす。
どうやらカレーを作っているようだ。
そんな最中、忍は理香子に問い返した。
「今まであなたは魔法少女としてネオナチスと戦っていないけど、自信はあるの?」
「僕は彼らと戦うために訓練を受けている。訓練と実戦は違うかもしれないけど」
「全く訓練してないよりはマシに戦える、とでもいいたいの?」
「少なくとも『メイザード』の看板に恥じない戦いはできるし、クラス最強と呼ばれた少女にも勝った」
「まあ、あれは私も聞いたけど。それでもあれもあくまで訓練の一環だし」
「理香子、そんなことをいったらあれだがちひろだって戦ってないぞ?」
「それもそうね」
二人が料理を食べたらトランプを始め、そしてゴールデンウイークは過ぎていく。
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