第41話「守るべき『日常』」
アマーリアが頌子に重鎮の力を見せつけんばかりに立ちふさがろうとしていた。
しかし頌子はこういい返す。
「私がいつまでも風使いだと思っていたなら、それは大間違いよ」
「今の私は『魔法少女ウィンドネス☆しょうこ』、よ」
そんな頌子が持っていたのはアーチェリーだった。
ただし弓矢はないが。
「馬鹿にしているの?矢なんて風で流せるに決まっているよね?」
アマーリアは頌子に指摘する。
「私の矢は魔法の矢。だから風では流せないわよ」
そういいつつ、頌子は弓を構える。
「この距離で構えるなんて、血迷ったかしら」
「ウィンドネスクルセイド!」
そういって放たれた矢は、曲がる。
「矢が曲がるなんて!魔法とはいえ、随分とやってくれるじゃない」
「舐め腐っているからそうなるのよ」
「なら、ホールインウインド!」
すると下に向かう突風が頌子に吹いて来る。
「これは山から降りる突風。この状態で弓を構えよう物なら、間違えなく地面にたたきつけられるわよ」
「確かに強い風ね。でも!」
頌子はアマーリアの発した突風から逃れようとする。
「それが単に下に吹くとは思わないで。この風は穴。つまり、複雑な気流となっているのよ」
「私が風使いだというのをいったのはあなたよね。確かに昔はこれほどのスケールにできなかった」
けど、と頌子は続ける。
「風っていうのは気圧の高いところから低いところに吹き、そこに重力とかの要素が加わる」
「だから下に吹く風はいつか上に戻ろうとする。魔法でもこの性質は覆せないわ」
「そこまで分かっていながら、お前は一つ読み違えをしている」
そんなアマーリアに頌子は返す。
「風の吹く方向は把握しているっていうのよね?『風使い』を自負する以上、それくらいはあるはず」
「まさか!」
「私の狙いは風の一番安定したところに行くことよ。強烈な台風だって、目になる部分は風が吹かない」
つまり、と頌子は続ける。
「そこに行けば、あなただって風は飛ばせないはず」
「確かに、魔法で風は発生できても風同士を干渉させることは不可能」
だから、とアマーリアは続ける。
「お前が風の『目』にいってしまえば、もはや手は付けられない」
「そこは『目』の付け所が良かったんだが、私は」
頌子がアマーリアの言葉を遮る。
「風を操作できるっていうのよね。確かに、気圧配分を調整すれば発生させた風の向きは変わる」
「例えるなら台風が高気圧沿いに動くような物ね」
でも、と頌子は続ける。
「私も元は風使い。目にさえ入ってしまえば私の勝ちよ」
「いいや、それは違う。お前が目に入る前に、お前を渦に巻き込むからだ!」
そしてアマーリアは杖を構えていう。
「ボルッテックススロウス(穴の渦)!」
「風が急に強くなって、襲いかかってくる!?」
「お前が穴に入った時点で、それはお前の負けだったんだ」
「そうかしら。あなたは今、致命的なミスを犯したのよ」
すると、頌子は横方向に動いていく。
「馬鹿な、その風速で動けるはずが!」
「風を渦にしたことで、渦の一番端が相対的に弱くなったのよ」
「ちいっ、弱点を見破るとは!」
ついでに、と頌子は続ける。
「さっきからあなたは気圧を変えていたけど、魔法はあくまで局地的な気圧変化」
「だけどそれは自然の気圧配分を刺激してしまう」
「何!?」
「それによる被害は少ないわ。せいぜい雨の時間帯がずれたりするくらいね」
「だからどうしたというのだ?」
「あなたが二度も強大な風魔法を使ったから、気圧に影響があるのよ」
そして、と頌子は続ける。
「強大な風使いなら天気予報は見ておくことね」
「何のことだ?そういうお前は見なか……」
風がアマーリアに向かって吹いて来る。
「馬鹿な、渦が!ふごあっ!?」
地上に落ちていくアマーリアを見やり、頌子はいう。
「私の時代は見なきゃいけないほどスケールが大きくなかったから、必要なかったんだけどね」
地上で軟着陸したアマーリアは、頌子を見やる。
「天気予報といったね。ということは今日は雨ってこと?」
「そうよ。もし雨の日じゃなかったら私はもっと苦戦したわね」
「まあいい、私は杖に守られ死ぬことすらできなかった軟弱者よ」
「あのレジストールのように死ねばよかったと?」
「私は戦士よ。死ぬか生きるかの戦いにこんな情けなど不要」
「そんなにいうなら舌を噛んで死ねばいいのに」
辛辣な頌子にアマーリアは返す。
「そうもいかない。あくまで戦士は戦って死ぬ物だ。舌を噛んで死ぬなどいつでもできる」
「なるほど、それも一理あるわね」
頌子は馬鹿にするでもなく率直にそう思ったようだ。
「辱めを受けるくらいなら死ぬが、この国の拘置所はそう辱めを受けないと聞くわ」
「まあ、テロリストとはいえ下手なことをすると汚職案件になるからね」
「だろう?だから私は負けに免じて、素直にお縄を頂戴させて貰おうかしら」
「そんな古めかしい日本語、どこで覚えたのかしら」
「お前らが日本人であることはすぐに分かることよ」
「だから日本語を勉強したのね。イントネーションは微妙に違うけど、饒舌ね」
「お褒めいただき光栄ね」
それをきいた頌子は突っ込む。
「どことなくあなたは前に来たマルギットって人に比べて格式ばってるわね」
「マルギットを退けたのはお前だったのか?」
「違うけど」
「そうか。あなたがマルギットを倒したのかと思った。あなたはクローン大戦で戦った戦士だから」
「あの時は流されるまま戦った、という側面があった。向こうが攻めてくるから、闇雲に戦った」
けど、と頌子は続ける。
「今は私と共に戦った、神奈に恥ずかしくないよう彼女の思いも背負って戦っている」
「戦線離脱していてもなお、影響を残すのね。さすがは『放課後のメイザード』ということね」
「彼女は別に選ばれた人間でもない、ただ魔法で誰かを喜ばせたい女の子だった」
だから、と頌子は思うことを口走った。
「彼女が英雄と呼ばれるようになったのは、いってしまえば偶然が重なったことで生まれた巡り合わせ」
「英雄といわれる少女が、普通の少女だって?おかしなことをいうわね」
「あの子は魔法を知らしめただけで、英雄になろうとしていたわけじゃない」
「英雄はなろうとした時点で失格だとはいうけど、ただ日常を守りたかっただけ」
「英雄というのは、周囲の誇長だということ?」
「周りから見ればそう思えたのも事実かもしれない。実際、弟の忍もそう思っていたからね」
アマーリアは頌子のいった言葉を受け考え込んでいたようだ。
「日常、か……私達は守るべき『日常』はない」
「だが、それはそこにいる『二代目』も同じなんじゃないか?」
そんなアマーリアに忍が返す。
「君たちにとってはボクが『二代目』なんだね。まあ、無理はないけど」
「北海道に現れた少年はお前たちとは無関係の奴だろう?」
しかも、とアマーリアは続ける。
「想像力を無理にブーストしたせいでぶっ倒れて、杖が粉々になっていた」
「リミッターをかけていたせいで、逆に杖が負荷を受けすぎるとは皮肉だな」
「そうでもないよ。杖が主を守ったのだとすれば、それは素敵なことじゃないかな」
「そこは男女の感性の違いか、あるいは育った世界の違いか」
そんなアマーリアに忍は突っ込む。
「少なくとも男女の違いじゃないと思うよ。僕のお姉ちゃんもこんな感じだし」
「いずれにしろアイヌと戦った少年は私達と戦うことができないのだろう?」
「身も蓋もないというか、結果だけを見る癖でもあるのかな?」
「ドイツは負けた。それはまあ陰謀とか無関係に無能だったのだろう」
ナチスのシンパであるにしては辛辣なことをいうアマーリア。
「たとえ総統が有能でも付いて来る人間が無能なら、陰謀以前に負けは決まったも同然だ」
「ネオナチスのメンバーの癖に、現実的だね」
「私達は悪いことすべてを『ユダヤ人のせい』とまでいわない」
「では、何だっていうの?」
「だがここまでの腐敗、そして貧富の格差。それは全てユダヤの陰謀!それは変わらない」
だから、と忍は返す。
「あなた達の根本的な部分は変わってないのね」
「でなければネオナチスとは呼べまい?」
「そこはまあ同意するよ。あなた達のやってることの是非は棚上げしてね」
元の思想の欠片が残って居なければ、それを分派と呼ぶことはできない。
イスラム国がイスラムの聖戦を掲げたのもそれを掲げれば略奪も許される、
という一文がコーランに含まれたていたからだ。
さすがに今の時代『聖戦』を掲げた侵略行為は、
宗教的に良くても周囲の国が許さないだろう。
今現在日本以外はどんな国も周囲を侵略する力が持っていない、ということはこのさい置いておく。
イスラムは寛容な宗教だというものの戒律は厳しく、
日本的な多神教とも相性がいいとはいえない。
イスラムの戒律を考えれば異性装は駄目だし断食はしないといけないし、で結構大変だ。
まあ、イスラム教については本題でもないしここまでとさせて貰おう。
本題は、つまりネオナチスはやはり『ユダヤ人の抹消』を目的の一つとしているということだ。
「日本は我々と共に戦った。しかし結果はどうだ?お前らはリンチのような裁判をかけられた」
「ユダヤ人を一方的に虐殺したあなた達にいわれたくはないよ。吐き気がする」
「東京裁判という一方的なリンチを受けたから、やはりそういうのには敏感なのか?」
「確かにあれは正しかったといえる裁判だといえない」
けど、と忍は続ける。
「それを理由に怨念返しするのも間違っている」
「それが答えなのか」
「そうだよ。もうボク達はマルギットを打ち倒している。後には引けない」
そんな忍に頌子が続く。
「そうよ。ナチスの亡霊は、亡霊らしく消え去りなさい!」
「ふっ、いいだろう。もうじき警察もくる。これより、お前たちは私達の敵となった!」
「こんな思想を持って居る国と昔の日本は同盟関係だったの……」
今のドイツは昔と違うし国民性が似てるといえそこは安心していい、と忍は考えていたが。
しかし昔の……といっても80年と昔というに微妙な頃の同盟関係を考えるのは、
正直どうなのだろうかとも忍は思い悩んでしまっていた。
「まあ、未だに怨念は残っているかもしれない。でも、私達は進むしかないのよ」
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