第36話「いろりを囲って」
そして神奈達が水族館に着くと、やはりというか相応の反応があった。
「さすがに広いわね。結構な数の海洋生物が居るし」
「スナメリにタチウオ……さすがは広島の威信をかけて作られただけはある」
神奈に続き忍がそういうものの、ちひろはさすがにそれはないだろうといわんばかりだ。
「世知辛いわね、忍」
「世界遺産だし気合が入るのも事実だろ?原爆ドームみたいに負の遺産でもないわけだし」
頌子はそんな忍に突っ込みを入れる。
「負の遺産なら違う意味で見て貰いたいはずよ」
「見て楽しい物じゃないだろ。あれは一度見るだけで充分だ」
もっとも、と忍は補足する。
「地元に住んでいるなら、中心街にある以上嫌でも見る機会は多いだろうがな」
「まあ、中心街だから被害も尋常じゃなかったわけだしね」
しんみりする頌子の肩を理香子が叩く。
「今は気持ちを切り替えて水族館を楽しもう」
「そうね。沈んでばっかりもいられないわ」
宮島水族館。そこは様々な海洋生物が集まる場所だった。
カキいかだやカタクチイワシといった瀬戸内海ではポピュラーな生物から、
テッポウウオという噂に聞いても実際見たことはないような生物もそこに居た。
自然ではなく人工管理下で動物を飼育することは賛否が分かれるだろうが、
希少動物の保護という意味では有用だと思う。
家畜は殺すために飼育するが、動物園や水族館は保護も兼ねて飼育している。
そういう意味ではむしろ有情なのではないかと思う。
動物だって本当に嫌なら脱走を企てるわけだし、
実際何度かそういうニュースもある。
そしてトドやペンギン、カワウソといった生物も宮島水族館に生息していた。
「凄い迫力ね」
そんな理香子に忍は返す。
「まるで水中に居るみたいだな」
「科学で水中適応を疑似再現した、みたいな物?」
そんなちひろに忍は突っ込む。
「悪いが、それとは違うと思う」
「それもそうね。だけどさすがの規模だし、お土産何にしよう」
すると忍が調べた情報を口走る。
「スナメリのぬいぐるみがあるとかいってたぞ」
「お菓子もあるのかしら」
「ちひろはお菓子の方が気になるのか。頌子と理香子は?」
「花より団子よね、理香子」
「私は形に残る物がいいな」
それは忍と一緒だから、という意味合いだが当然そんなことは分からない。
それだけを聞くと忍が朴念仁に思えるかもしれないが、
彼の年齢を考えればむしろ自然だと思う。
それどころかようやく中学生になろうかという男の子が恋愛ごとに初心でないとなると、
末恐ろしい物すら感じるのではないかと思う。
まあ、女心が分かってないといわれればそれまでだが。
ともかく神奈達がお土産やに行くと、やはりお菓子が売られていた。
「これだけあると目移りするな」
お菓子には女子のような反応をする忍に、理香子は呆れ気味だった。
しかしまあスイーツ男子なんて言葉もあるくらいだし、
そういうのは千差万別なのだろう。
強面のプロレスラーですら甘い物好きとして売れたこともある時代なので、
世の中どうなるかは分からない物である。
一ついえることがあるとすれば、忍はお菓子を見てテンションがあがっているということだ。
むろん、他の女子と混ざってである。
それは現在の理香子も言及した。
「あの時の盛り上がりっぷりは忘れられないわ」
「だろう?神奈が元気だったころだし、鮮明に覚えているんだ」
「神奈は今リハビリ中なだけで、元気よ」
そんな理香子に忍は返す。
「だがまだ戦える状態じゃない。リハビリが万全じゃないし、長いこと戦線離脱してたからな」
「お飾りとして使われないのは、反対意見が多いからかしら」
「さすがに未成年者をお飾りに使ったら批判も多いからな。当然の処置だろう」
忍はそういいつつ、神奈達と過ごしたゴールデンウイークに思いを馳せるのだった。
ゴールデンウイークに話を戻し、三日目へと場面を移す。
「で、岩国に向かうわけね」
そんな神奈に忍は続く。
「そうなるな。だが、こっから二川まで広鉄か」
彼らは今質屋町の電停に居た。
そこから二川まで広鉄に乗り、そこからNRで岩国に向かうのだ。
「美味しい店があるなら、この移動時間も無駄にはならないけどね」
そんなちひろに頌子は突っ込む。
「今日はえらく食い意地が張ってない?」
「まあ、わざわざ観光地ってほどでもない場所に行くならね」
それを聞いた忍は補足する。
「しかも近くの飯屋も山中にあるから、そう思っても無理はないだろ。さすがにタクシーは呼べないし」
いくらなんでも寄り道に等しいことでタクシーは呼べない。
神奈達の家はそこまで家計がいいわけではないからだ。
「ともかく、行くべき場所が決まっているなら!」
そういって神奈は広鉄を待ち、そして全員で乗り込む。
そして岩国に着くと、まず洞窟へと入る。
「この洞窟は人工の物だっけ?」
そう聞いたのは理香子だった。忍がそれにこう答える。
「さすがにそこまでは調べてないが、多分そうだろう」
「多分って、随分大ざっぱね」
そういった頌子に忍は返す。
「こういうのは大抵人工物だからな。イベントで使ってるなら尚更な気がする」
「砂金が取れるって話だけど?」
そう突っ込んだちひろに忍はいいあぐねた。
「元が金山か何かだったんだろうか?まあそこまでは調べられなかったからな」
「岩国が金山だったなんて話は聞いたことがないけど」
さらにちひろは追い詰めるが、さすがに忍は逆襲した。
「元は金山だってのはあくまで可能性の話だ」
「うっ、それをいわれたらそこにはいい返せないわ」
ともかく神奈達は洞窟の謎を解き、御食事処へと向かう。
「随分と古めかしいわね」
店を見た感想を述べた神奈に、忍は反応する。
「まあ、昔ながらをイメージした店だからな」
「トイレも和式かしら」
変な心配をする理香子に忍は突っ込む。
「さすがに今ごろそれはないだろ。和式トイレを使える人自体少ないんだからさ」
「なんだか世知辛いわね」
そんな頌子に忍は返す。
「まあ、時代の流れさ。清潔を意識するのは日本人気質なのかもしれない」
「昔はくみ取り式だったのに?」
そんなちひろに忍は答える。
「西洋化の影響だと思う。詳しくは知らん」
ともかく、彼らはお食事所までひたすら歩いていくしかなかった。
経費を削減するためとはいえ、バスが出てなかったかなと思う神奈達だった。
むろん、バスはないのだが。
忍は神奈達とともにひたすら歩いていた。
「しかし、さすがに距離があるわね」
そんな頌子に忍は答えた。
「そりゃ、歩きだもんな」
「一応水は飲んでおこう。食事しにいって脱水で死んだら洒落にならないわ」
「神奈は物騒だな」
するとちひろが神奈をフォローする。
「まあ、脱水は気づかないとヤバいことになるから当然ね」
「熱中症っていうのは馬鹿にならない。その時水を飲む力すらなくなる」
忍も理解したのか、そういった。
「だが、そろそろ着きそうだ。ほら、あそこに看板が見える」
「本当ね。ここまで来れば何とかなるわね」
理香子も安堵したようだ。
そして神奈達は食事所に入る。
「いらっしゃいませ」
「あ、鳥の特大焼きで」
そんな神奈に、忍達も続いた。
むろん、それは保護者もだった。
「鳥の特大焼き11個ね。せいが出るわ」
そして時間が経ち、鳥の特大焼きが出される。
「うわあ、美味そうだな……」
「これを豪快に頂くってわけ?ここまで歩いたからできるかもしれないけど」
神奈がそういうと、頌子が突っ込む。
「バイキングであれだけ食べたなら、このくらいは余裕だと思うわ」
「まあ、私達も人のことはいえないけどね」
「ちひろのいう通りね。食べ過ぎはあまり良くないけど、運動すれば大丈夫よ」
理香子がそういうのを合図に、神奈達は手を合わせる。
「いただきます」
そして鳥を食べる。
「中々の味ね。ここまで歩いた甲斐はあるわ」
そんな神奈にちひろも賛同する。
「わざわざあの洞窟から歩いた意味は確かにあったわ」
「私も同じ気持ちよ」
「理香子がそう思ってるみたいだが、頌子はどうなんだ?」
鈍い発言だが、頌子は冷静だった。
「まあ、美味しいわ」
ともかく、彼女達はいろりを囲って舌鼓を打っていた。
それを見た保護者は安堵したようだ。
「やっぱり、こういうのをみていると安心するわ」
「国の命運を子供に背負わせてしまったのは悪いかもしれないけど、笑顔でいられるなら」
「それを願うことが、私達のできることね」
それに忍も同意する。
「僕もそう思う。戦えるから違うのかもしれないけど、僕も姉さんの無事を祈る」
「それだけで充分よ。私は、あなたを巻き込みたくはない」
「けど、もしもの時があったなら。その時は君の思いを背負うだけだ」
「何回も聞いたけど、その日が来なければいいと思う。そんなのは悲しすぎるから」
しかしその日は来てしまった。それは何度も述べた通りだ。
ただ、それが悲しいだけなのかは誰にも分からない。
分かることは、今忍が神奈の思いも背負っていることだ。
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