第2話 ワードナになりたい 2
「ワードナって、あのワードナですか??」
企画会議の進行役を勤めていた大隅ゆかりが聞き返した。
彼女は第二新卒で入社してきた25歳。前職はシステム会社で金融のシステムを担当していたらしい。
元々、IT業に興味があってシステム会社に就職したのだが、その会社は開発をオフショアに出していて、プログラムに触れることは無くひたすら設計書やテスト仕様書のレビューをする日々だったらしい。
レビューというのは、設計書に瑕疵がないか?テスト仕様書に記載されたテストケースのテスト観点に漏れがないか?記載のミスはないか?をひたすらチェックする仕事だ。
設計書というのはシステムをどのように作るのかが書かれたドキュメントで、位置づけとしては建築業界でいうところの設計書と同じと思ってもらっていい。
テスト仕様書というのは、プログラムを作ったあとに、ちゃんと作られているかを確認するためにどういうテストをするか?という取り決めみたいなものが書かれている。
設計書に間違いがあるとちゃんとプログラムは作れないし、テスト仕様書がちゃんとしてないとバグを見落としたりと、あとで大問題になることもある。
だから責任は重いし、それなりの業務知識やスキルが必要なくせに、ドキュメントとにらめっこするだけの仕事だからやたらと退屈で…出来ることなら僕もレビューという仕事はやりたくない。
いろんなプログラムやシステムを作れると希望を胸に就職した新卒にとって、レビューの日々は苦痛だったらしく、せっかく、誰もが知っているようなかなりの大企業に就職というのに、その会社を後にしてなぜかうちの会社に来たらしい。
彼女曰く、「なにかを作ることに飢えていた。」らしい。
この企画会議には社長以外の全社員が参加していて、他には元SEで的確に問題点を指摘する吉田さん、突飛なアイデアを提案する村田さん、堅実にバランスを取ろうとする藤原さん、寡黙な丸井さん、丸井さんはこういう会議ではほとんど発言しないけど、プログラミングやテストなどはすごく堅実にこなす。
デザイナーの染谷さん、そしてプロジェクトマネージャーの朝倉さん。朝倉さんの役目は、全体の進捗管理とプロジェクトの問題点を拾い上げ、解決に導くのが仕事だ。
そして僕を含めた8名でこの一年ちょっとの間、数々の困難を乗り越えてきた。
仕事としてはかなり過酷だったと思うけど、一人の脱落者も出さずにここまで乗り切ってこれたのは僥倖だと思う。
僕は、大隅さんの質問に応えて
「そう、あのワードナだよ。不朽の名作、ダンジョンRPGのラスボスのワードナ。自分のダンジョンを作って、その一番奥で冒険者を待ち構えて、罠を仕掛けて、手下に見張らせて、冒険者が来たら強大な魔力で追い返したい!!」
と自分の想いを伝えてみた。すると
「ワードナの逆襲でもうプレイヤーはワードナになってるけどね。」と藤原さん。
「けど、あれは上から下に下りてたのが、下から上に上がるようになって、冒険者がワードナになっただけで実のところ、従来のゲームシステムとなにも変わってないと思うんですよね。僕は…。あれはあれで楽しかったですけど。」
「僕がやりたいのは、あくまでもダンジョンで待ち構えるワードナで…。」すると
「けど、あれほどの名作だとライセンスの取得とかうちの会社じゃ難しいんじゃないかな?」
吉田さんが冷静に問題点を切り出した。
彼は、この一年ちょっとの間でメンバーからの信頼を集め、リーダー的な立ち位置になっていた。常に問題点を正確に見抜き、対策案をまとめることに関しては彼の右に出るものはいなかった。
彼の発言に対して僕は
「あ、別にライセンスは取らなくてもいいと思うんです。ワードナと言ったのは判りやすいようにで、いわゆるダンジョンを好きな風に作って、そこで自分のキャラが闘うってイメージで。それに厳密にはワードナは待ち構えていたわけじゃなくてダンジョンの奥で研究をしていただけで、邪魔しにきた冒険者をやっつけてただけですしね。」
「なるほど。」一同頷いて、そして僕は続けた
「僕がやりたいのは、さっきも言いましたけどダンジョンで待ち構えるワードナで、そのダンジョンを自分の好きなように作れたら楽しいかな?と。」
数秒間が空いた後進行役の大隅ゆかりが
「ちょっと漠然としすぎてるけど、面白いかもしれないですね。わたしもあのゲームは大好きですし。」
そこでみんな「えっ?」という顔になった。理由は世代が違いすぎるから…。
あのゲームがリリースされた時はもちろん、日本で一般の家庭ゲーム機に移植された時でさえ大隅ゆかりは生まれていないからだが、
もちろん、その後も続編はリリースされているけどワードナが出てくるのは1作目と4作目で4作目は2000年代に入ってからPC版でリリースはされてはいるけれども…。
「みなさんはどう思われますか?」と進行役らしくみんなに確認を求める大隅ゆかり。
「ちょっと確認なんだけど…。」といったん間をおいて藤原さんが
「ダンジョンを作って待ち構えるということはシミュレーションゲームになるのかな?マップを作ってそこに配置をするってことだから。」
その質問に僕が答えようとすると、村田さんが突然
「せっかくだからそのダンジョン攻略したいね~。ティルトウェイトーーーーー!!!!とかやりたいね~。」
村田さんの突然の発言に、みんなが笑い出す。
僕も思わず一緒に笑い出す。家庭用ゲーム機にそのゲームが移植されたのが中学生の頃でまさしくその頃、仲間内で「ティルトウェイトーーー!!!」とかやっていたからだ。今思えばなんておこちゃまな中学生だったのだろう。けど、みんな笑っているということはきっとみんな同じようなものだったのだろう。
ちなみにティルトウェイトというのは、件のゲームに登場する最強の攻撃魔法で『原子融合による核爆発を起こし、敵すべてにダメージを与える。』という物騒な魔法だ。初めてワードナに遭遇した時、その強力な魔法をくらって一撃で全滅したという冒険者は多かっただろう。
中学生の頃、家庭用ゲーム機に移植されてクラスでこのゲームが流行っていた時、「この魔法を使った時にダンジョンが壊れないのはおかしい。」と声を大にして主張する同級生がいた。それに対して僕は、「ゲームなんだから…」と思っていたけど、もちろん口に出して言ったことはない。
村田さんの発言を受けて、大隅ゆかりが
「シミュレーションとRPGの要素を両方取り入れれたら、ちょっと面白いかもしれないですね。今ではそんなゲームもありますけど、作りによっては斬新な感じになる気がします。」
と発言した後、プロジェクトマネージャーの朝倉さんが
「ちょっと今聞いた印象だと、凝ったゲームになりそうだね?であれば、一ヶ月に一本のリリースというペースが維持できなくなるのでそれでもいいか、社長に確認しておくよ。期間がOKであれば、予算的には○×(まるぺけ)ウォーズの売り上げがあるから何とかなるだろう。」
と言った。さすがプロジェクトマネージャだ。予算とかリリースペースとか全く考えて無かった僕は朝倉さんを頼もしく感じた。さらに朝倉さんは
「もしダメであれば、このチームを二手に分けて、助っ人を集めるしかないね。どの道、期間がOKでも助っ人は必要だろうからそこは同じだけど。ひとまず、今の話を踏まえて各自イメージを膨らませて明日また話し合おう。着手するかどうかの判断はそうだな…今週の末に決めよう。」
といい、みんなに持ち場に戻ってそれぞれの作業をするように指示を出した。
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