戒仏薬師

 殿町からわざわざ宗門橋を渡る。

 郡上踊り「かわさき」の一節にあるのはここだ。


「心中したげな 宗門橋で 小駄良才平と酒樽と」


 小駄良街道近くにあるラジウム温泉ゆかりの「初音薬師」堂を通過して、小駄良川にかかる小さな石橋を渡る。

 左右に山が迫る狭い土地の間に、農家の蔵と稲田と、ソーラーパネルを据えた畑が混在するのが見えてきた。

 パネルの表面に散らばる柿の葉から目をそらすと、旧友が耳元で囁いた。

「兄貴に会ってけ」

 答えずにペダルを全力で漕ぐと、大きく蛇行する川筋が街道端の眼下に戻ってくる。これはさっき通った道辺りをまっすぐ流れていたのが、大昔の洪水で蛇行したものらしい。

 その街道が尽きる頃、俺は戒仏薬師に着いた。

 白く朽ちかけた扉を開けて中に入ると、薄暗い薬師堂の中には無数の絵馬札が奉納されているが、そこには馬の絵などない。

 代わりに古銭で貼り付けられている字は、「め」「め」「め」……。

 昔、この周辺で眼を患った者は、こうやって薬師如来に治癒を祈願したのだというが、その一方で「かわさき」にはこう歌われている。


 「嫁をおくれよ戒仏薬師 小駄良三里にない嫁を」

 

 旧友が笑った。

「こんなとこまで来んと飛び込めんのんか」

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