第2話 反省会



 休日に子供達と運動していた棗は、不穏な気配を感じ、子供達を帰すと一人気配の元を探してみた。


 すると小日向達が黒ずくめの不審な男達に銃撃されていた。

 体つきや仕草が妙に見覚えのある男達はすぐに立ち去ったので、棗は立花に連絡を取り迎えを待っている。




「小日向様手を出してください」

 紫雲英は自分の怪我はそのままに小日向に傷薬をかけると患部を布で縛る。


「紫雲英さんも治療して下さい」

 あちこちから出血している紫雲英に向かって棗が言うが、治療を始める前に雲母が姿を見せるなり倒れた。


「雲母さん! 大丈夫ですか?」

 怪我は見当たらないがうずくまった雲母は呼吸が激しく汗もかいているし、かなり苦しそうだ。


「少し休めは大丈夫ですから」

 状態を診ていた紫雲英が言うが棗は心配だ。



 そうしていると移動機が静かに降りてきて立花が現れる。


「大丈夫か?」

「雲母さんが苦しそうです!」

 立花の問いかけに棗が焦って答えると、立花は棗にも手伝わせて雲母を移動機に乗せる。小日向は自分から乗り込んできたのでいいのだが、血だらけの紫雲英を乗せるのが嫌らしい。


「なんでお前は何もしてないんだ……」

 立花は溜息混じりに紫雲英に毛布をかけて傷口を止血用のテープでグルグル巻きにした。


 全員が乗ると立花は病院へと向かう。既に連絡してあったのだろう。案内された部屋には芹と医者をしている鬱金の妻が揃っていた。


「雲母は大丈夫なんで、薬とかいいです」

「でも脱水症状起こしてるし、点滴はするわよ?」

 紫雲英に言われた芹は少し驚いた様子だった。棗は心配になって雲母を励ます。


「紫雲英君は貧血ね、まだ止血の仕方覚えてないの?」

 立花にグルグル巻きにされた紫雲英を呆れた様に診ながら鬱金の妻はテキパキと治療する。


「君は輸血出来ないから、薬で我慢してね?」

「はい」

 紫雲英が震えながら答える。

「寒いのはどうにもならないから」

「はい……」



 そんな二人の治療の様子を診ていると小日向が立花を見上げてくる。

「小日向ちゃんは痛くないか?」

「ちょっと痛い」

「薬もらうか?」

「大丈夫。でも抱っこして……」

 両手を広げて抱っこをねだる小日向を立花はしぶしぶ抱き上げる。

 立花からは表情が見えないが、それはそれは嬉しそうな顔だ。



「雲母さんは本当に大丈夫なのか?」

 立花は治療が終わりストーブの前で震えている紫雲英に尋ねる。


「んー、大丈夫じゃないって言えば大丈夫じゃないし、大丈夫って言えば大丈夫なんですよ」

「なんだそれ?」

「まー仕様なんで、治療されると困ると言うか……」

「…………」

 立花は眉を寄せて紫雲英を見る。


「あー、まぁ体がボロボロになるの分かった上でドーピングしてる様なものなんで、俺らって最後の方が強いんですよ」

「なんか余計な事したみたいでゴメン」

 立花は少しだけ申し訳なさそうにいう。


「立花様、前に俺の治療したの後悔しちゃってます?」

「いや……でも、お前一人なのか?」

「まぁそうですね。他の倍ぐらい生きてますから、長老ですね。

 やっぱり気になります?」


「別に……、後悔してるとするならお前らみたいな文化の違う奴らに関わった事だ」

 それを聞いた小日向がビクッと反応するので、立花は背中を軽く叩いてなだめる。


「まぁ別に俺も気にしてないんで、これはこれでする事あるんですよ」

「雲母さんは……」

「あいつはいいんです。あのままで」

 雲母を見る紫雲英の顔が羨ましそうに見えたのは立花の罪悪感の所為なのかも知れない。




 立花は八年前に紫雲英に助けて貰った際に、紫雲英が意識がない間に普通の治療をした。確か外傷以外に内臓も酷く危ない状態だったと聞いたが、もしかしたら今の雲母の様な状態だったのかもしれない。

 その治療のせいで知らなかったとはいえ紫雲英の人生を狂わせてしまっていた様だ。後悔はしていないが立花でも申し訳ないとは思う。


 雲母の容態が落ち着いたので棗は立花の元に戻ってくる。


「小日向ちゃんはどうするの? 二人と一緒に病院に泊まる?」

「えっ? 俺も入院なんですか?」

 棗の言葉に紫雲英が答える。


「当たり前だろ、そんな顔色で帰れる訳ないだろ」

 立花は呆れた様子だ。


「でも怪我は治ってるんですよね?」

「あの薬はとりあえず傷口を塞ぐ為のもので中の組織は治りきってないんだ。体力だってなくなるし、小日向ちゃんも怪我した所はしばらく包帯しておいてね?」

「うん……でも大丈夫」


「じゃあ、うちに泊まる? 紫雲英さん達はいつ退院するの?」

「それよりこれからどうするかですね、こんなんじゃ色々不安だし、一旦帰った方がいいと思うんですが?」

 紫雲英は小日向に尋ねる。


「うん。帰る……」

 小日向は雲母を見つめていう。

「今迎え頼めば明日には来るので、一日だけお願いします」

 紫雲英は棗にいう。

「もちろんです!」

「あの、俺は今日帰れないと思うから……」

 立花のその言葉を聞いて棗は思わず立花を睨む。


「立花様?」

「うん、あの、後で聞くよ……」

 立花のピンチはまだ終わらないようだ。




  ▽▲▽




 見事に失敗した作戦司令室では今後の対応が話し合われていた。

 そんな中に歩く音すら荒々しく入ってきたのは隊長の田平だ。見るからに機嫌の悪い様子に武官のメンバーはさりげなく距離をとったが、逃げ遅れた文官の男が襟首を掴まれる。


「おい、あれは一体なんだ? なんで体の中に鉄板入れてんだよ!」

「分かりません!」

「まあまあ、隊長。もしかしたら骨かも知れませんよ?」

 後から追いついてきた鏑木がいう。


「はぁ? お前ぇ骨にナイフ当てたらあんな音すると思ってんのか?」

「さあ? 知らないんで試してみません?」

「ふざけんじゃねぇ!!」

 なだめるどころか鏑木のせいで田平が余計に怒り出すと、今度は賑やかな声と共に蓬郷が入ってくるなり部屋の片隅で膝を抱える。


「副隊〜大丈夫ですって、相手バケモンですから、ほら! 隊長も失敗して八つ当たりしてるんですから、しょうがないですって」

 一緒だった男に慰められているが蓬郷は自分より遥かに華奢な女の子に力で押し負けたのがショックらしい。


「おい! 誰が八つ当たりしてるって?」

「隊長ですよ。隊長も手も足も出なかったんですよね?」

 凄んでみたが、妙に圧力のある部下の様子に田平は引き下がる。

「えっ? おぉ」




 そして遅れて鬱金も戻ってきた。とても暗い顔で。


「情報が漏れてたらしい」

「はぁ? テメェ俺らを疑ってんのか!!」

 本気で喧嘩できる相手が現れた田平は嬉々として鬱金に突っかかる。


「本当の事だ。パイロットも準備していたと言ってる」

「何処から漏れたんですか?」

 鏑木が言う。

「まだわからん。だが機内では連絡が来てないのは間違いないそうだ」


「決まったのは相手が飛んでからだし……予定にしても知ってるのはここにいる人間だけですし……」

 鏑木は部屋の人を見回す。どの顔も何年も前からよく知ったものだ。


「だからスパイなんていねぇって! なんか変な機械だろ?」

 田平は仲間には情が厚い男なので隊員は疑いたくないらしい。




 結局立花が戻って来るまではただの愚痴の応酬になっていた。




  ▽▲▽




「調べた感じ盗聴はなさそうだけど?」

「テメェ立花! 俺らの事疑ってんのか!!」

 話を聞いた立花がさらっと何かを見て言った言葉に田平は今迄で一番大声を出す。


「でも二十人もいないんだから、人から調べた方が早いだろ? 大体普段から時々調べられてるのになんで怒るんだよ?」

 立花は慣れているのか淡々とした様子だ。


「疑われてんのが気にいらねぇってのが分からねぇのか、テメェは!!」

「そんな事言われても別に信頼し合ってる訳でもないだろ……」

 立花は淡々と酷いことを言う。


「調べて何もなければ安心だし、それでいいだろう?」

 鬱金はさりげなく口を挟む。


「でも何をどうやって調べるんですか?」

 鏑木はどうでもよさそうだ。

「そういえば芹さんどうしたんです?」

「なんか、いいサンプルが手に入ったってラボに……」

 鏑木に言われて立花が答えているとハイヒールの音が聞こえてくる。




「ちょっとみんな見て〜!!」

「ウルセェ! 芹!! 今それどころじゃねぇんだよ!!」

「え〜何怒ってるの? 注射する?」

「なんでだよ! 馬鹿か!!」


 白衣をなびかせて、とても嬉しそうに入って来た芹に田平が突っかかっるが、相手が悪い。怯えるどころかついて来た部下からアンプルを受け取り注射の準備をする。


「出来立てホヤホヤよ〜」

「ただの実験台だろ! テメェがやれ!!」

「えー、じゃあ、私の次に打つのよ? あっ、ちゃんとみんなの分まであるから、人体には悪影響のないドーピングみたいなのだがら安心して?」

 芹は自分にとっては可愛いらしく言うと、部下に指示して自分に注射を打たせる。


「頭が冴えたり、動きが良くなったりするはずなんだけど……」

 言いながら芹は何かを確認している。

「即効性でもあるのか?」

 いくらなんでも気が早いと思った立花が言う。


「ハイブリッドの女を参考に、ギリギリまで頑張ったの!」

 芹はドヤ顔だ。

「あぁ……」

 またいらない頑張りをしたんだなと立花はマッドサイエンティストの芹を生暖かい目でみる。


 そして部屋の中の全員に注射が終わった頃、芹の連れて来た部下の女が突然フラつくと、胸を押さえて息が荒くなる。


「大丈夫か?」

 騒然とする中、立花が女に声をかける。


「おい芹!!」

 田平が怒鳴り、芹は狼狽える。

「そんな、なんで?」

「芹、この症状雲母と同じじゃないか?」


 部下を診た芹は驚いた様だ。

「そう……ね。

 と言うか、この薬はハイブリッドのドーピング作用を過剰にしてやっつけようと思って作ったの……人なら問題ないけど、元々数値の高いハイブリッドは耐えられない様に……」

 芹は愕然としながらいう。


「彼女も元々数値が高かったってことか?」

「それは……考え難いわ……ずっと高かったらハイブリッドでもない限り血管がおかしくなってる……」


「じゃあ、こいつがスパイって事ですか?」

 鏑木が軽く言う。

「それは……分からないけど……ハイブリッドの可能性はあるかも」

 苦しそうに話を聞いていた本人が誰よりもショックを受けた顔をしている。


「自覚はないんだよな?」

 立花は相変わらず淡々としている。

 女はなんとか頷く。


「んー……自覚があったら芹の変な薬なんて断ればいいもんな、本人が知らない間にハイブリッドって成れるのか?」

 誰もが混乱する中、全く動じていない立花が頼もしい。


「薬がいらない様な手術をすれば……」

「彼女はなんかの手術受けてるのか?」

「ええ、戦争に巻き込まれたからここに来たんだし……」

「なるほど、とりあえずそれで調べてみよう。本人は自覚がないままハイブリッド化の手術をされていた。情報が漏れたのもそこに原因があるのかも知れない。

 だからスパイなんて居なかった。それでいいな、田平?」

「おっ? おお」

 全く話につい来ていない田平もとりあえず返事だけはする。

 他のメンバーも大体は同じ様な状態だ。


 唯一の例外、鏑木が伺う様な視線を向けているが立花は無視した。




  ▽▲▽




 数日間の調査の結果、立花隊からは十人ほどのハイブリッドが見つかった。

 皆自覚がないままに脳内にハイブリッド特有の器官を埋め込まれており、母星時代の伝説からキャトルミューティレーションと言われる様になった。


 そして被害者を共通して手術していたのが数年前に病気で退職した芹の部下で、街の病院で死亡が確認されている事が分かった。



「問題は、そいつに手術されてないのにハイブリッドになってるやつがいるって事だな……」

 立花は実にメンドくさそうだ。


「それより立花様、被害者が不安がってるのを先になんとかして下さい」

 鬱金は頭が痛そうだ。


「……何が不安なんだ?」

「知らない間にハイブリッドにされてて、情報が抜かれてたら不安でしょう?」

「そうなのか? でも俺が何か出来るのか?」

「話を聞いてやるとか、説明するとか……」

「説明かぁ……」




 立花は渋々被害者が自主的に隔離されているエリアに向かう。そこには何故か鏑木が居て、ご機嫌な様子だ。



「あれ? 立花様何しに来たんですか?」

「ごめん帰る……」

「やめてー!! 立花様帰らないでー!」

 入るなり鏑木に邪魔にされて帰ろうとした立花を被害者その一が引き留める。


「立花様ぁ〜鏑木様が酷いんです。帰って貰って下さい〜」

「何されたんだ?」

「酷い事言うんですよ〜」


 立花は困った様な顔で鏑木を見る。


「だってみんな可哀想でおもしろくて」

「うん……だからって会いに来るなよ……」

「立花様は何しにしたんですか?」

「さぁ……? なんか説明しろって言われたんだけど……何を説明すればいい?」


「こいつらはプライベートが覗かれてたんじゃないかって思ってるんですよ。そんな大した事してる訳でもないのに、こんな奴らの日常見せられる方が苦痛ですよねぇ?」

 鏑木はいい顔をしている。


「う〜ん。そんなさ、重い情報やり取りしてないと思うんだよな、桐生様も多分必要な情報だけを取ってるはずって言ってたし」

「でも重いか軽いか判断してる奴がいるんでしょ?」

「…………でも映像とかは見てないはず! 短期記憶を読んでるんだろうって言ってたし!」

 立花は少しムキになっている。


「短期記憶ってなんですか?」

「その日の買い物とかすぐ忘れる様な事だろ?」

「へぇ……買い物……」

 被害者達は相変わらず暗い顔だ。


「何? そんな面白い物持ってるの?」

 鏑木が嬉しそうにいう。


「……立花さま、助け下さい〜」

 立花に出来たのは鏑木を出禁にして桐生様に丸投げする事だけだった。

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